第五章 スイミー 3
* 3 *
突撃したトールにより戦端が開かれ、決戦が始まった。
屋敷の玄関ホールの何倍かのサイズ、それこそ体育館ほどあるのではないかという、本来は会議を行うためにつくられたと姫が話していた、謁見の間。
総床面積は体育館に近くても、さすがに左右には太い柱が並んでいて、高い天井を支えている。
上手いこと採光が考えられているらしく、屋内でランプも灯していないのに充分に明るいここで、いま魔王との最終決戦が繰り広げられている。
横目で観ると、リディさんもガルドっていう側近と、短剣対長い爪での戦いを始めている。
俺と言えば、震えながらも必死に戦いの様子を見ているアーシャと手をつなぎ、唇を噛んでゴローのことを睨みつけている姫と肩を並べ、邪魔にならないよう入り口の扉近くに立っているだけだ。
戦いの役には、俺は立たない。
――やっぱり、ゴローはかなり強いんだな。
一本だけでもトールのウォーハンマーに匹敵するかも知れない、長くて巨大な剣を両手に一本ずつ持ち振っているゴロー。
鍛えていても人間では振るうことが難しいはずのその剣を使えているのは、ゴローが魔族や妖魔を取り込み、自分の力にしているからだろう。
口元に笑みを浮かべて、まだ全力を出していないらしいゴローの底力は、計り知れない。
「なかなかやるじゃねぇか、女! トールとか言ったか?」
「はい。そういう貴方こそ、マシに戦えるのですね」
「タクトの奴とは違ぇんだよっ。俺様は強ぇんだ!!」
「その貴方の強さは、キマイラという権能で手に入れた、歪魔の力なのでは? 力を使いこなしているならば己が力と誇るのも良いでしょう。しかし、貴方の力の使い方は、まだまだ甘い」
「うっせぇな! これはもう俺様の力なんだよっ」
「ならばその力、見せてもらいましょう。――ゴロー」
「俺様をゴローと呼ぶんじゃねぇ! 俺様はな、魔王なんだよ!!」
舌戦はトールの圧勝のようだ。
怒りに顔を歪めたゴローは、二本の剣を構えてトールに突撃してくる。
上から振り下ろされた剣を、トールはわずかに足の位置をズラし、ウォーハンマーの柄頭で弾いて逸らす。
横から襲いかかってきたもう一本を、長い黒髪をなびかせながら倒れ込むほどに身体を傾けてかいくぐった。
そのままトールは、左手を石の床に着いた体勢で右手のウォーハンマーを振るう。
「く、そっ!」
どうにか対応したゴローは、二本の剣をクロスさせて防ぐが、軽いその身体は大きく後ろに飛ばされた。
トールのウォーハンマーにも劣らない重量だろう大剣を片手で、それも日本も軽々と振ってるゴローの筋力は、人間ではあり得ないほどのものだと思う。
でも、まるで自分の腕の延長のようにハンマーを扱ってるトールに比べれば、その扱いは甘いとしか言いようがない。
見た目でトールよりもひと回り小さいゴローの体重が軽いというのはあるだろう。でも持ち上げて振ることができるといっても、大剣に身体が振り回されていて、見ているこっちが危なっかしさを感じるほどだった。
「クソッ! なんで一発も当たらねぇんだよ!!」
「武器に振り回されている限りは攻撃など当たりません。大きな武器を扱うならばその武器の扱い方と、身体捌きを覚えなくてはなりません。ゴロー、貴方は弱い」
「てめぇ……。だったらこれはどうだ!」
飛び退いてトールから大きく距離を取り、胸が膨らむほど息を吸ったゴロー。
次の瞬間、吐息の代わりに吐き出したのは、炎。
「トール!」
「わたしは、大丈夫ですっ」
心配で声をかけた俺だったけど、後ろに下がったトールには大量に吐き出される炎の一片すら届いていない。
ラキ。
魔王とトールの間に立ち塞がっているのは、激しい息吹に金色の髪を赤く染めて揺らしている美少女。
「ラキーーーーッ!!」
一度炎を止めて息を吸い、ゴローはラキに向けて再び炎を吹き出す。
ラキは、身動きひとつせず、その身に真っ赤な炎を浴びていた。
でも――。
「な、なんで燃え尽きねぇ……。この炎は、燃えるどころか人間なら身体が溶けてあっという間に燃え尽きる熱さだぞ……」
炎を全身にくまなく浴びながら、それでも涼しい顔で立っているラキ。
熱が凄まじいのは、吹き出すたびに室温が上がっていくのと、ラキが立っている床の石が小さく沸騰してきているのからもわかる。
それでもラキは感情を映さない表情を変えず、一歩ゴローに近づいていった。
「ワタシの身体はオリハルコン。タクト様の眷属となり、人間とほとんど変わらぬ身体を得ていたとしても、この鎧だけでなく、肌も、髪も、ワタシの身体のすべてにオリハルコンの特性があります。ワタシに熱さを感じさせたいというのならば、最低でも石を蒸発させられるくらいの炎を吐いてください」
「あ……、ありえねぇ……」
歯を食いしばり、怒りの表情を見せるゴローに対し、ラキは炎で乱れた髪を手で直し、涼しい顔をしているだけだ。
白い肌にはもちろん、オリハルコン色をした髪にも、焦げ跡ひとつない。
ゴローの炎は、ラキには通じない。
「お覚悟」
そう言ったラキは、鎧を装着した際に一緒に現れた、腰と背中に佩いた四本の剣のうち二本を抜いて、ゴローに駆け寄った。
舌打ちしながら大剣を捨てたゴローは、素手になりラキの振った剣を無造作につかみ取る。
そしてそのまま、折った。
「剣ごときで魔王である俺様を倒せると思ってるのかよ!」
「そこそこの品とは言え、ただの剣では脆弱ですね」
反撃にラキの顔に拳を叩き込もうとしているゴローだったけど、姿勢を低くしてラキの後ろに隠れていたトールが飛び出し、逆に顔面にウォーハンマーを叩き込まれた。
もんどり打って飛んでいき、木製の玉座を粉々にして倒れ込んだゴロー。
「ふむ。中々の品」
戦いの最中だというのにあまり気にしている様子のないラキは、ゴローの捨てた大剣を拾い上げ、構えを取った。
その隣に並びウォーハンマーを肩に担いだトールは、ゴローのことを睨みつけた。
「いてててっ。クソッ!」
どうやら人間離れしているのは筋力だけじゃなく、身体の強度の方ものようだった。
痛がりながらも、とくに傷を負ってる様子もなく立ち上がってくるゴロー。
魔王を名乗ってるだけあって、そう簡単にダメージを受けてくれはしないらしい。
――マズいな。
痛がってるくらいだから多少なりともダメージはあったはずだけど、トールの攻撃でもゴローにたいした傷を負わせることはできなかった。
ということは、魔王退治は可能だとしても、長期戦になることは確実ということ。
「行きますよ、ゴロー」
「俺様を、ゴローと呼ぶんじゃねぇ」
握りしめた拳を石にようなゴツい肌に変えた魔王は、苦々しげな表情を浮かべる。
戦いはまだ始まったばかり。
俺たちはどうにかして、この魔王を討伐しなければならなかった。
*
――どうしてこんなことになってんだよっ。
踏み込んできたトールのウォーハンマーを、硬質化した腕で受け流す。
けれど女の身体のくせにオルグよりも強烈な打撃は、ゴローの骨まで響いて上手く流しきれない。
反撃の拳を大女に放とうとしたとき、床すれすれの位置からラキの大剣が突き上げられてきた。
腕で止めるのは間に合わず、胴体を硬質化して受け止めるが、ぶつかるようにして突き込んできたラキの攻撃に身体が浮き上がり、後退させられる。
――俺は、魔王だぞ?
魔群を納める歪魔の中でも、とくに強力な力を持つ者が自分を魔王と号すると知ったとき、ゴローは一も二もなく自分をそう呼ぶことにした。
魔群に属する魔族からはそう名乗ることを嘱望され、実際名乗るに充分な力を持っていたスイミーは、なぜか魔王と名乗っていなかった。
だからゴローは、スイミーを取り込んだ直後から魔王を名乗るようになった。
スイミーを取り込んだ後、使えそうな魔法を持った魔族や妖魔をついでに取り込み、さらに力を高めた。
魔王として充分な力を持っているはずなのに、いまゴローはたったふたりの女に苦戦を強いられている。
――どうしてこんなことになった?
自分に問うてみても、答えは出てこない。
タクトと姫のいるところに向かおうとしたのに、立ち塞がったラキ。
至近距離で炎を吹きつけてやっても、やはり彼女は業火の中で涼しい表情を浮かべているだけだ。
今後はもっと激しい炎を、と思って息を吸ったとき、脳天にトールのハンマーが打ち下ろされてきた。
気づいたときにはすでに遅い。
頭皮を硬質化してハンマーを受け止めるが、衝撃で目から火花が散った。
――痛ぇ……。
キマイラで最初の魔族を取り込んだ後は、オークが振ってくる武器程度では傷つかなくなった身体。
スイミーを取り込んだことでさらに強くなり、他の魔族や妖魔とも合体して無敵とも言える身体を手に入れたと思っていた。
それなのに、トールとラキによってほんの少しずつではあったが、追い詰められていると感じていた。
――俺様に、何が足りない?
追撃を打ち下ろしてきたトールの攻撃を転がって避け、硬質化した両腕にさらに棘を生やしたゴローは、ひたすら考えていた。
――なんで普通の奴に過ぎないタクトの方が、いい目を見る?
高校に入学したとき、引っ込み思案ではっきりと話さないタクトだったのに、授業が始まる頃には話が合うのか、友達と言える存在が彼にはできはじめていた。
家柄は多少マシな方のタクトだが、代々その地域の地主家系であったゴローに比べれば、下々とも言えるたいしたことのない存在。
遊びに行く友達の数なら自分の方が多かったし、おごってやると言えば、遊びに連れて行ってやると言えば、たいていのみんな着いてきた。
それなのに彼だけは、せっかく声をかけてやったというのに、申し出を拒否した。
許せるはずもなかった。
ちっぽけな存在が、自分の声を拒絶などして良いはずがない。だから取り巻きを使って彼をイジメ、さらにクラス全員がイジメに参加するよう、ゴローは力と金を使って扇動した。
ちょうどその頃、彼の両親が事故で死に、財産の大半を親戚に奪われたと聞き、天罰が下ったのだと思った。
両親の死とイジメによって案の定引き籠もりになり、教室から姿を消したタクトのことを思うと、ゴローは何度でも清々しい気持ちになれた。
力も金も使わず、ゴローにできない方法で友達をつくりそうになっていた彼は、駆逐されたのだから。
そうこうしてるときにバイク事故でゴローは死に、この世界に転世して、魔王となった。
まずはエディサム王国を、これまでよりも強い魔族や妖魔を取り込んでもっと強くなり、大陸にいて、長く周辺地域を支配しているという話を聞いた大魔王を倒し、自分がその位置に成り代わって世界を支配するつもりだった。
力と金は裏切ることなどないのだから。
なのにいま、タクトの眷属にやり込められている。
彼の眷属となった女たちは、そんな身体にされたことを恩に感じているらしい。いまふたりが戦っているのは、タクトへの恩返しのようだった。
またタクトは、ゴローの知らないやり方で、力と金以外の方法で、仲間を増やしていた。
許せるはずが、なかった。
「ガルド! オルグかハウリングウルフを何匹か、ここに連れてこい!」
「オルグもハウリングウルフも、要塞都市の正門前に配置しています。彼らをここまで移動させるとなると時間がかかりますが」
「ウソじゃねぇだろうな?!」
「はい。ワタクシはスイミー様に身も心も捧げ、忠誠を誓った身。魔王様に嘘偽りなど申しません」
「クソッ、使えねぇ!」
無能な部下。
本人はそれなりに必死らしいが、メイド相手にお遊戯のような戦いを見せているガルドは、本当に役に立たない。
――だったら隙を見て、やっぱりタクトを直接燃やしてやれば……。
攻撃してくるトールとラキのハンマーや大剣をどうにか捌きながら、大扉のところにカエデや幼女と一緒にいたタクトに、一瞬目を向ける。
「いない?!」
ついさっきまでいたはずの場所に、タクトの姿がなかった。
カエデを焼き殺しても良かったが、それより先にやはりタクトを始末してやりたかった。
目の前にいるクソ面倒臭いふたりは、タクトを慕っている様子だ。だったらふたりの目の前で彼を始末すれば、涙を流して悔しがってくれるはずだ。
それなのに、タクトの姿がない。
臆病な彼はどこかに隠れたのかと思ったが、柱の壁にもいる気配がなかった。
――どこに行きやがったっ。
そんなことを考えて気が逸れていたとき、トールの強烈な膝蹴りが無防備な腹に入った。
両膝が床に着く。
腹の奥からこみ上げてくるものを我慢して口を押さえたとき、脳天にハンマーを食らい、ゴローはうつぶせに倒れ込んだ。
「クソッ……」
痛いだけでは済まなくなってきているその攻撃に、もう一発食らわぬよう身体を転がそうとすると、首根っ子の真横に交差させた大剣が突き立てられた。
逃がさないと言うように、顔を見下ろしてくるラキが左右に首を振る。
そして、奴が現れた。
「ソウル、アンリーシュ!!」
トールとラキの陰から飛び出してきたタクトが、ゴローの額に手を当て、そう叫んだ。
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