第三章 ラキ 5

          * 5 *



 叫んだ瞬間、キラーアーマーの身体から光が発せられた。

 同時に、俺の視界も、思考も、光に包まれる。

 ――俺の、女になれ!

 そんな思いを込め、ほぼ無意識の間に使っていたトールのときと違い、意識的に、触れた手の先からキラーアーマーにあるはずのソウルコアを探り、それに触れて力を使う。

『女になれ、とは?』

『え?』

 真っ白な空間。何も見えない場所。

 手ではない意識で感じられたソウルコアに触れ、心の叫びをぶつけた瞬間、そんな声が響いてきた。

 微かに意識の中に見えるようになってきた、金色の、しかし黒い靄を纏う宝石。

『女とは、生物で言う雌になれ、ということ?』

『あ、うん。そんな感じ』

『それはどんな感じの?』

『どんな感じのって言われると……。えぇっと、できれば、可愛い女の子、かな?』

『可愛い女の子……。難しい。少し、貴方に触れる』

 そんな反応が返ってきたと思ったら、金色の宝石から見えない何かが伸びてきた感触があった。

 心の中を探られるような、記憶をほじくり返されるような、身体とは違う何処かに触れられている感触は気色が悪いのに、優しく触れられているために不愉快ではない。

『概ね理解できた、はず……。それで、あのオルグだった人のように、肉の身体が得られるの?』

『そうなると思う』

『それならば、構わない。ワタシの望むことと合致する』

『そっか、よかった……』

 あまり抑揚を感じない、棒読みに近い声で言うキラーアーマーは、どうやら女体化してくれるようだ。

 そのことに安堵した瞬間、別の問題を提示された。

『それじゃあワタシに、名前を付けてほしい』

『名前を?』

『そう。ワタシはキラーアーマー。けれどそれは個体名ではない。他にもキラーアーマーは生まれることがある。肉の身体を得るからには、個体名が必要』

『うぅーん……』

 どうも微妙に口調が人間っぽくないキラーアーマーの要求に、俺は考え込んでしまう。

 トールのときもそうだったけど、名付けがヘタなことは、自分でも自覚がある。しかしいま要求されているのだから、いま名付けてやらないといけない。

 ――キラーアーマーの女の子。キラーアーマー……。キラーアーマー……。

 その場で名前を思いつくなんて難しい俺は、ない要素を思い浮かべ、とにかく名前になりそうな言葉を生み出そうとする。

『――ラキ』

『ラキ?』

『あ、いや……。何か、気に入らなかったら他のを考えるし……』

 キラーを逆にして、ラキ。

 安易すぎて自分でも頭を抱えそうな名前だ。

 もう少し可愛らしいのとか、ふさわしいのを付けてやりたいが、いますぐ思いつくのなんて俺にはその程度だ。

『ラキ……。ラキ……。うん。ワタシは、ラキ』

 でも意外に、キラーアーマーには気に入ってもらえたらしい。

『ワタシはラキ。キラーアーマーであり、貴方の女である可愛らしい女の子。そして、タクト様、貴方の眷属です。これから、よろしくお願いします』

『……うん、よろしく、ラキ』

『はい』

 その返答を聞いた瞬間、金色の宝石が砕けた。

 纏っていた黒い靄が帯のように放出され、俺の方に向かってくる。

 さらに強く、強く光り輝き、大量の黒い靄のすべてが俺に向かってきて、見えていたような、見えていなかったような白い空間が、輝きながら意識から離れていった。

 その瞬間、目が見えるようになった。

 普通に周りが見えるようになり、倒れているキラーアーマーと、それに折り重なるようになってるトールや、兵士が見える。

 ラキと名付けて上げたキラーアーマーは、妖魔だったときと少し違っていた。

 四本あったはずの腕は人間と同じ二本になり、身体はたぶん百七十くらいとあまり変化がないけど、トゲトゲしかったデザインはずいぶんとシンプルな物になっている。

 肩幅も腰回りもかなり大きかったのも、女の子が着るような細さになり、全体のデザインも女の子らしいものに変化していた。

 金色の金属地に、青と白で彩られているのは、同じだったけれど。

「タクト!」

 倒れて動かなかったキラーアーマーが地面に手を着いたのを見て、様子を窺って動かなかったトールや兵士が動き出した。

 兵士たちは大きく離れて距離を取り、俺もトールに手を引かれて離れる。

「成功したのか?」

「たぶん、大丈夫だと、思うけど……」

 近づいてきた姫の問いに、俺は自信なく答えていた。

 ゆっくりと立ち上がっていくラキ。

 その顔は兜に覆われていて、見ることができない。

 もう妖魔に感じるような禍々しさは纏っていないが、それでもついさっきまで死を覚悟しながら戦っていたキラーアーマーなんだ。この場にいる全員が緊張し、その一挙一動に注目していた。

「とりあえず、顔を見せろ」

 戦いの構えを解かないトールがそう言い放つと、立ち上がったままその場を動かず、首を傾げていたラキは大きく頷いて、兜を両手で脱いだ。

 金色。

 外された兜の中から零れ落ちたのは、たわわな金色の髪。

 頭の高い位置に二本のツインテールが結われ、さらに背中にも流れている、まるでオリハルコンをそのまま細く繊細な糸にしたような、金色の髪。

 綺麗に整った、どこか人形を思わせる可愛らしい顔立ち。

 開かれた瞳は、青く輝いていた。

 けれど決定的に、表情がない。

 顔立ちは「これこそ俺が求めていたものだ!」と叫びたくなるほど可愛らしいのに、まるで表情筋がひとつもないのではないかと思うほど、感情の見えないラキ。

「ふむ。なるほど。これが女の、眷属の身体というものなのですね」

 兜を左腕に抱え、胸の前で右手を握ったり開いたりしているラキは、そう独りごちる。

「成功のようだな、タクト。よくやった」

「うん、そうみたいだね……」

「キラーアーマーをこのような方法で対処するとは……。驚きました、タクト様」

「いや、思いついたのはトールだよ」

「いえいえっ。タクトがいたからこそ、できたことですっ」

 褒めてくれる姫とリディさんだけど、思いついたのはトールだ。

 そのことを言うのに、トールは首をぶんぶんと振って否定する。

 俺じゃ思いつけなかったことだったんだ、一番の功績はトールだと思うのに。

「肉の身体というのは良いですね。少々重いように感じますが、これまでわからなかったことが、いろいろとわかるようになりました。ありがとうございます、タクト様」

 そう言って相変わらず無表情のまま、抑揚の少ない声で言ってくるラキ。

 近づこうとした俺だけど、トールがそれを制する。

 兵士たちも、そして姫やリディさんも、まだ警戒を解いていない。

 中身こそ女の子になったラキだけど、やはりあの金色の、オリハルコンの鎧は恐ろしい存在だと感じているようだった。

「ふむ……。けれどわからないことがありますね、タクト様。お願いがあります」

「お願い?」

「はい」

 警戒されていることに気づいているのか、それとも気にもしていないのか、ラキはその場で俺に声をかけてくる。

「ワタシは殺戮の衝動、破壊の欲求を持って生まれました。けれども、ワタシは鎧が妖魔になったものです。思考をする頭を持ちませんでした。故に、殺戮や破壊は行動としては反映できても、その感情を理解することができていません」

「やることはわかっていても、気持ちはわからなかった、ということ?」

「はい。ですがいまは、貴方の権能により、ワタシは瘴気を貴方に吸い取っていただき、ソウルコアは解放され、肉の身体を得ました。それによりほんの一部ではありますが、感情を理解できるようになったと思います」

「なるほど」

 いまひとつ言いたいことがわからないけれど、表情もなく、抑揚も少ないラキの言葉を続けさせる。

「ワタシはキラーアーマーであったとき、行動することしかできず、理解することもできない感情の意味を知りたいと望んでいました。それを知ることができる身体を得ること、それがワタシの望みでした。理解可能な身体は得ましたが、生物の感情というのは非常に多様です。ワタシは破壊や殺戮といった、いま知っているもの以外の様々な感情を、理解したいと考えています」

 青色の瞳が、俺のことを見つめてきていた。

 感情が、心が表現できないらしいラキの、精一杯の視線を、俺は受け止める。

「心を持たなかったワタシに、心を教えて下さい」

「……わかった。それが、ラキの望みなんだな」

「はい。よろしくお願いします、タクト様」

「うん、よろしく」

 答えた俺に、ラキは右手を出して近づいてくる。

 しかし前に出ようとした俺をトールが手で制し、兵士たちも弩を構え、リディさんも姫を下がらせる。

「どうかされたのですか?」

「……ついさっきまでラキは、キラーアーマーだったからね。顔は女の子になっても、その金色の、オリハルコンの鎧は、やっぱり怖いんだよ」

 デザインは女の子が着る華麗な鎧になっていても、俺でもまだ怖さがある。

 ラキの姿は、やっぱりキラーアーマーを思わせる、金色であったから。

「なるほど。ワタシは大魔王の物だった、オリハルコンの鎧であり、同時にいまはタクト様の眷属です。眷属であり鎧でもあるワタシにとって、この外装もまた身体の一部なのですが……。警戒されるのは本意ではありません。心を学ぶのに邪魔になるのであれば、いまは見えぬよう、消しておきましょう」

「うん。その方がいいね」

 頷いてくれたラキは、右手を胸の前で水平に構える。

 それを横に払った瞬間、鎧が金色の光を発した。

 そして、鎧が消えてなくなる。

「……凄く、綺麗だ」

 残されたラキの身体を見て、俺はそうつぶやいてしまっていた。

 裸。

 トールの大きく、肉感のある身体とは違う、細すぎず引き締まっていて、でも胸は大きく、腰はキュッとくびれがある、とてもメリハリのある身体。

 かくあるべきと言う美少女の要素すべてを、頭の天辺からつま先まで備えたラキに、俺は見惚れてしまっていた。

「ダメです!! 見てはいけません!」

 しかし見惚れていられたのもほんの一瞬。

 険しい顔をして俺が前に出ないようにしていたはずのトールが、風となった。

 ラキの身体を抱え上げ、そのまま転身して屋敷の方へと向かう。一緒にリディさんもトールの後を追って屋敷に入っていった。

 呆気に取られている俺と兵士たちをよそに、近づいてきた姫がニヤニヤした笑みを向けてきた。

「なかなか、面白いことになりそうだな」

「……何がだよ」

「くっくっくっくっ」

 姫の謎の笑みに呆れながらも、いまやっと、オリハルコン製のキラーアーマーを対処できたのだと、俺は実感できていた。



            *



 心地よい午後の昼下がり。

 ラキが俺の眷属になってから五日が経過した。

 本隊はまだ到着せず、ここのところ魔王軍の襲撃もなければ、ゴローがまた現れることもない。

 この前行ったのとは違い、もう少し小規模の小市だった今日、午前中は姫やリディさんたちとリーリフに行き、用事があるという彼女たちと別れて、トールと一緒に先に屋敷に帰ってきていた。

「どうぞ、タクト」

「ありがとう、トール」

 テラスに出て来たトールが持ってきたのは、ティポット。

 彼女がティポットを砕くことなく、上手い具合にカップにお茶を注いでくれた。

 最初のうちに力加減が上手くいかず、食器を握り潰していたこともあったトールだけど、リディさんの集中した訓練により、給仕の腕も、調理の技術も最低限のものになってきている。

 ――なんか、メイドが板についてきたなぁ。

 別にそう言うことをしてほしいわけじゃないけど、メイド服を身に纏うトールは、服装通りメイドっぽい技術を上げてきていた。

 今日リーリフで買ってきた本をテーブルに積んでる俺は、カップを口元に寄せながら読んでいる本のページをめくった。

 ――こんな生活が、ずっと続くといいなぁ。

 林から吹き込んでくる緩やかな風は、少し青臭くもあったけど、穏やかで清々しく、秋を感じさせる匂いを微かに含んでいた。

 傍に控えるトールはニコニコと笑っていて、本を読んでばかりいる俺は少々飽きてきてはいるが、この世界のことも少しずつわかってきていた。

 穏やかに続く日々。

 トールという信じられる人を得て、色々裏があったり弄ばれたりしているけど姫にも信頼されていて、まだ初対面の人と話すのは苦手だけど、ちょっとは人が怖いのもマシになってきた。

 ここのところ、こんな生活がずっと続けばいい、なんてことを考えるようになっていた。

 ――まぁ、無理だけどな。

 あと数日で、討伐軍本隊が到着する。

 キラーアーマーをどうにかした俺たちを、ゴローもおそらくそう長くは放っておかないだろう。

 いつかは崩れる日々。

 せめていまは、この穏やかな時間を堪能しようと、俺の前の椅子に座り、練習がてらだろう針仕事を始めたトールのことを眺めていた。

「ここにいたか、タクト。それにトール」

「ん? 姫?」

 そう声をかけながらやってきたのは、姫とリディさん。それに加えて、兵士の人がふたり付き従ってきていた。

「市から帰ってきたのか」

「あぁ、何事もなくな。少々時間のかかった用事も無事済んだしな」

「用事というと?」

「トール、受け取れ」

「まずはこれを。トール様」

 そう言って前に出たリディさんは、トールに手に持っていた物を差し出した。

 椅子から立ち上がってトールが受け取ったのは、ひと組の手甲。

 右手用の手甲は手から手首の少し先までを、左手用のものは肘までを覆う長さとなっていた。

「リーリフには若いが腕の良いドヴェルグがいてな。本当は農具や調理器具を造っている鍛冶屋で、いまは魔王軍との戦いに備えて武具の製造に忙しいのだが、少々こちらの作業を優先してもらった」

「なかなか、具合が良いですね」

「うむ。それはよかった」

 填めてみた手甲は、トールにぴったりのサイズのようだった。

 手を握ったり開いたりしてるどうさにもぎこちないところはなく、ジャストサイズでつくっているためにズレたりすることもなさそうだ。

「お前の激しい動きには鎧は似合わなそうだし、鎧をつくるとなるとどうしても時間がかかる。皮膚を硬くして刃を通さぬようにできると言っても限界はあるだろう。その手甲ならば、お前には扱いやすいはずだ」

「ありがとうございます」

「それからもうひとつ」

 今度は兵士たちが並んで前に出てきて、ふたり一緒に持っているものを見せてきた。

 金槌。

 いや、片方を平面に、片方をツルハシのように尖らせているそれは、ゲームで見たことがあるウォーハンマーと言うべきものだ。

 それもサイズが違う。

 柄の長さは一メートルを超え、持ち手の部分に巻いた革以外は全部金属製。その太さは建材かと思うほどに太く、槌とピックになっている先端部分は人間の持つ武器というより、攻城戦武器のようにも見えるほどだった。

 もしかしたら総重量一〇キロを超えてるかも知れない、兵士ふたりが抱えてやっと持ってきたそれを、トールは右手一本で軽々と持ち上げた。

「これも……、良いですね」

 少し離れてテラスの開けた場所で数回振り、トールはつぶやくようにそう評価する。

 彼女が思いっきり振っても危なげなさのないウォーハンマーは、最初に持っていた丸太の棍棒よりも攻撃力が高そうだ。

「急いで造らせた割には、かなりの出来だ。さすがにオリハルコンほどの強度はないが、そう簡単に壊れたりはせぬだろう。キラーアーマーを対処してくれた礼だ。取っておけ」

「ありがとうございます、カエデ」

「それとタクトにも、たいしたものではないが革製の鎧を買ってきてやったぞ。お前の体力では金属製の鎧など着たらすぐにバテるだろうからな、革にしてやった。今後どうするかはともかく、戦うにも旅をするにも防具は必要であろう」

「俺にも? あ、ありがとう」

「それと、ラキにもそれなりの剣を買ってきてやったのだが、あやつはどこに?」

「んー。書庫かな? また」

 見回してみても、さっきはそこら辺にいた気がしたラキの姿は見えない。

 そう思っていたとき、俺の部屋の掃き出し窓が開き、タイミングよくラキが現れた。

 けっこう丈の短い、黒いジャンパースカートのような服に白いブラウスを合わせた、彼女の可愛らしさを引き出して止まない格好のラキは、片手に数冊の本を抱え、片手で開いた本を持ち、目線を本に落としたまま俺の元までやってくる。

 目の前のテーブルに抱えていた本を置いた彼女は、何も言わないまま俺の膝の上にちょこんと座った。

「え? うっ……」

 ラキは俺の眷属となり、女の子の身体を得てからずっとこんな感じだ。

 書庫の本を読んで良いと言ったら、ひたすら本を読み耽っている。元々が破壊と殺戮の権化だったキラーアーマーと思えないほどの、俺以上の読書家だ。

 ただし、読んでいるのは物語の本に限定されていたが。

 そして何故か、俺の傍で本を読みたがる。

 姫はニヤけ、リディさんは呆れたため息を吐き、トールからは鋭い視線がラキに向けられている。

 そんな彼女たちの反応を意に介した様子もなく、ラキは相変わらず表情のない顔で、面白いのかつまらないのかもわからない本を、俺の膝に座ったまま読み続けていた。

「何をしているのですか? ラキ」

「本を読んでいる」

「それは見ればわかります。ですが、何故タクトの膝に座って読んでいるのです?」

「ここが一番本を読むのに適した場所。ワタシは人の心を知りたいという願いによりタクト様の眷属となった。物語の本を読み、人の心を知るための勉強をすることは、ワタシの願いを叶えるために必要なこと。適した場所で本を読むのは願いを叶えるために必要な行為」

「だからって、タクトの膝の上なんて――」

「トール。貴女は自らの誇りを守りたいという願いからタクト様の眷属になったと聞いた。そしていまも願いを叶えるためにタクト様と一緒にいる。願いを叶えたいというのはワタシも同じ。だからワタシはここで本を読む」

「くっ……」

 抑揚が少なく、棒読みに近い口調で、論が通っているのかどうか微妙な言葉によってトールを言い負かしたラキは、何を考えているのかやっぱりわからない無表情のまま俺の膝の上で本を読み続けていた。

 元々キラーアーマーだったときは、たぶんかなりの重量があったんだろうラキ。

 でもいまは、さすがに姫よりかは体格的に体重はあるが、見た目以上に軽い彼女は、膝の上にしばらく乗せていても苦にはならない。

 それよりも気になるのは、なんだか泣きそうにも見える目尻を下げたトールの視線。

「――トールも、座る?」

「え?! いえっ。さすがに、それは……」

 何となく羨ましそうにしてるように思えて、俺はそう声をかけてみた。

 自分の身体を見下ろした彼女はそう答えるが、考えてみれば当たり前だ。

 女の子として少し背は高くても細身のラキならともかく、トールは俺よりも背が高く、体格的には俺の比にならないほど。体重は俺の五割増しどころか、二倍くらいあってもおかしくない。

 さすがにトールの体重は、俺の膝には乗せられそうになかった。

「えっと、それでしたら、その……。わたしの膝に、座りますか?」

「いっ、いや、それはそれで、えぇっと……」

 少し顔をうつむかせて、恥ずかしそうに上目遣いに言ってくるトールに、俺は焦りながらも首を横にふった。

 身体は大きいのに、可愛らしい仕草でそんなことを言われたら、なんだか無性に恥ずかしい。

 ――ちょっと、座ってみたいけど……。

 どうにか口に出しそうになった言葉を飲み込むが、なんかそれが凄く恥ずかしくなって、俺は顔から火が出そうになっていた。

 トールもまた、両手で顔を隠してしまっている。

「ふふふふっ。タクト、これからいろいろと大変なことになりそうだな」

「……何がだよ」

「くくくくくっ」

 楽しそうに笑う姫にそう言いながらも、俺もまたそんな予感が脳裏を過ぎっていた。

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