わたしにできること

 まず、わたしについて思い出せることを把握した。


「名前はアリア。歳は八歳。長いボサボサの銀髪に、痩せた身体……うーん、孤児だよね」


 家は、王都から離れた小さな農村。両親は貧しい農家で、兄弟は七人。わたしは末っ子で、口減らしのために捨てられた。そして王都までの馬車に隠れて乗り、御者に見つかってスラム街に捨てられる。

 で、ボロ小屋を見つけて、毛布にくるまって寝ていたら、前世のことを思い出し今に至る……だね。

 八歳の子供には耐えきれないわ。アラサー間近の『私』の精神を思い出してよかったかもね。

 

「ここはスラム街……だよね」


 小屋から出ると、それはもう悲惨だった。

 痩せ細った人たちが路上に座り込んでる。物乞い、病人がいっぱいいるし、わたしがいる小屋と似たような建物が多くある。ゴミとか瓦礫とかも散乱してるし、不衛生にもほどがあった。

 よく見ると、病人っぽい人が水たまりの水を啜っている……ここではあれが普通なのかな。

 というか、私も何とかしないとああなる。今は他人に構ってる状況ではない。

 

「鍋とかないかな。川とか……煮沸消毒すれば水はなんとかなるかも。あと食料は……ああ、考えること多すぎて大変」


 私は小屋を出てさまよう。

 私と似たような子供が多くいる。でも、誰も私を気にしていない。みんな、生きるために精一杯なんだ。

 スラム街を彷徨うと、大量のごみが捨てられているゴミ捨て場を見つけた。


「あ!! 鍋、あと服……靴もある!!」


 ボロボロだが、今着ているボロよりましな服があった。

 あと鍋、カップ……くつもある。


「靴、まだ綺麗なのにもったいない。スラム街の人たち、なんでこのゴミ捨て場の物、漁らないんだろ?」


 私は使えそうなものを集め、ボロ布で包んで持ち帰る。

 あ、ナイフ見っけ。これも持って帰ろ。

 そして、見た。


「あ!!」


 小さな水路を発見。

 田んぼの脇にある用水路みたいな川だ。なんとそこに魚が泳いでいた。

 私は飛び込み、素手で魚を捕まえた……ら、ラッキーすぎる!!

 魚を拾った鍋に入れて持ち帰り、ボロ小屋の中へ。


「ごはん、なんとかなりそう……飢え死にとか絶対ゴメンだしね」


 さぁて、さっそく火を熾そう!! 

 火の熾し方は、古来の原始人たちが考えた『摩擦熱』の力を借りるとしますか!!


「えーと、枯れ木はいっぱいある、これにちょっとだけ穴あけて、あとは木屑を詰めて……」

『…………』


 と───妙な気配に気づいた。

 小屋の入口に、誰かがいる。


「……だ、だれ?」


 この小屋にもドアはある。でも、ボロボロで隙間だらけのドアだ。隙間から見えたのは、こちらをジーっと見る小さな眼。

 私は、ナイフを手に立ち上がる。


「だ、誰? ど、泥棒なら、何もないし!!」

『…………お前』


 声は子供、しかも男の子だ。

 警戒していると、ドアが開き……入ってきたのは、黒髪の少年だった。

 ボロを着た男の子で、私を……ううん、私の鍋に入っている魚を見ている。


「お前、死ぬ気か?」

「……は?」

「馬鹿か。その『死魚』をそのまま食うと死ぬ。それにその道具、食えもしないのにかき集めてどうするつもりだ? そもそも、ここはおれの小屋だ」

「…………えーと」


 なに、この子供。

 黒髪、赤眼、身長は私と同じくらいで、殴られたのか顔が腫れている。

 敵意を向け、私に言う。


「死ぬのは勝手だけど、ここで死んだら死体が腐る。死ぬなら外で死ね」

「…………」


 なにこいつ。

 私が死ぬ? いや死なないし。

 というか、しぎょ……死魚? このアユみたいな魚のこと?


「ね、死魚ってなに?」

「……知らないのか? その魚、あっちの川を泳いでた魚だろ。それ食って死んだやつがこのスラム街には大勢いる。だからみんな喰わない」

「そうなんだ。みんなどうやって食べたの?」

「生に決まってるだろ。スラム街の人は魔法なんて使えない。火なんて熾せない」

「魔法!? ね、ね、魔法あるの!?」

「な、なんだお前は……!? ち、近づくな!!」


 私は興奮して、男の子に近づいていた。

 男の子はガバッと離れる。やばいやばい、警戒させちゃった。

 この子、いろいろ詳しそうだし、話を聞きたいな。

 その前に……まずは夕飯。


「ね、一緒にご飯たべない? このお魚、おいしく食べられるようにするからさ。あと、この世界のこといろいろ教えてよ」

「……はあ? 死魚を食うのか? それと、この世界?」

「お願い!! ね、いいでしょ?」

「…………まあ、いいけど。それ食えるって本当だろうな?」

「もちろん!! ───……たぶん」

「どっちだよ……」


 とりあえず、私はアユっぽい魚を捌くことにした。

 寄生虫が恐いから内臓をしっかり取って、頭を落とす。

 その間、少年にお願いした。


「ね、この棒をぐりぐりして」

「……は?」

「こうやって、グリグリするの。そうすれば火が付くから……たぶん」

「おまえ、何言ってるんだ?」

「いいから!!」

「わ、わかったよ……まったく、なんだこいつは」


 私は少年に火起こしをしてもらう。少年はひたすら棒をぐりぐりする。


「ん!? お、おい!! 煙が出て来たぞ!?」

「おっけおっけ。それでいい。ふーっ、ふーっ……よぉし!!」

「ば、馬鹿な……!?」

 

 火が付いた。

 木屑を増やしてしっかりもやし、枯れ木材をくべて強火にする。

 お湯を沸かして、魚を洗って焼いてみる……うんうん、いいにおい!!

 焼けた魚を少年に渡し、わたしはさっそくかぶりついた。


「ん~おいしい!! お塩欲しいけど、これはこれで最高!!」

「…………馬鹿な」

「ほら、食べなよ」

「あ、ああ……───……っ、ううまい!!」

「でしょ?」


 魚を完食。

 わたしは少年と白湯を飲む。


「あ、そういえば自己紹介まだだったね。私はアリア」

「……クロードだ」

「クロードね。ねぇねぇ、この小屋はクロードの? 今みたいに、お魚とか料理してあげるからさ、一緒に暮らしていい?」

「い、一緒に? まぁその……い、いいけど」

「うん!! よぉし、じゃあ今日からよろしくね、クロード!!」

「あ、ああ……」


 こうして、私とクロードの共同スラム生活が始まったのだった。

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