靴磨きの聖女アリア

さとう

第一章

プロローグ

 きっかけは何だったかな? 

 わたしは、捨てられた。捨てられてはじめて、わたしは『前の私』を思い出した。

 ある日、ボロっちい空き家の片隅で、拾った毛布に身を包んで寝ていると……わたしは、わたしの知らない世界の『夢』をみて、そこに『私』がいることを知った。


「・・さん! この書類明日まで。じゃ、よろしく」


 そう言って帰るクソ上司。

 同僚は「まーた仕事押し付けられてる」とか「かわいそ~」とか言っている。

 その仕事も必死に終わらせた。でも、なぜかクソ上司の名前で提出され、私の評価に繋がらない。

 ムカついたので、別の上司にチクったけど……その上司も「嘘をつくな」とか言われた。

 ああ、私の価値ってこんなモンね。と思い……ヤケ酒したっけ。

 で、歩道橋を渡って、階段で足を滑らせて───目を覚ましたら。


「ここ、どこ」


 ボロい小屋。

 くさい毛布。寒い。なにこれ?

 身体を起こすと妙に軽い。え、なにこれ……手、小さい。


「は? は? え、は?」


 顔をぺたぺた触る。

 長い髪。ボサボサで臭いけど、すんごいサラサラの銀髪。

 顔も小さい。胸、ない……え、ある。小さいだけ。というか幼い。

 わたしは、小屋の隅に水たまりがあるのを見つけ、近づいた。

 そこにいたのは───幼い少女。


「わ、わたし? うぇぇぇ? だだ、だれ? 私は───……」


 あれ? 

 私、誰? わたしは……アリア。

 前の私は、わたし? え?

 わたしは頭を押さえ、妙な記憶を思いだした。


『───……もう、うちにはあんたを育てる余裕がないの』

『じゃあね』『戻ってくるなよ』


 思い出したのは、両親の声。

 ああ、思い出した。


「わたし……捨てられたんだ」


 ◇◇◇◇◇◇


 わたしの名前はアリア。

 小さな農村で生まれた農民の七女で、今年八歳になりました。

 でも……貧しい農民暮らしで、わたしを育てるのが難しくなり『口減らし』をするために捨てたそうだ。

 わたしは乗合馬車を見つけて忍び込み、ゆらり揺られてここ、プロビデンス王国王都ビアルドまでやって来た。

 そこで、御者に見つかって、王都のスラム街で捨てられた。

 で……空き家を見つけて、今に至るってわけ。


「ハードモードすぎ……」


 わたしには、前世の記憶がある。

 名前は思い出せない。でも……社畜で、クソ上司にコキ使われ、飲んだくれて階段で滑って死んだことは思い出せた。

 で、この少女……アリアに転生して、たった今記憶を思い出したってわけ。


「あー……なにこれ、どうすればいいの?」


 まぁ、転生したからって何かできるわけじゃない。

 ってか、これ流行の異世界転生だよね。

 でもでも、捨て子のわたしに何ができる? チートなんてないし、貴族の生まれで現代知識領地改革とかできるわけもないし、なまじ知識あるだけに大変だよ……スマホのない生活とかクソ厳しい!!


「あぁぁぁぁ!! もう、どうすりゃ……」


 と、お腹が鳴った。

 お腹空いた……水とか、コーヒーなんてないよね。


「コンビニとかないかな? ───……あはは、あるわけないし」


 わたしは立ち上がる。

 とりあえず、空き家を散策する……うん、なにもない。

 空き家というか、今にも崩れ落ちそうな小屋だ。

 椅子もテーブルも何もない。ベッドの残骸があり、そこに臭い毛布だけがあった。

 うええ……マジでどうしよう。


「水……水たまりならあるけど」


 うーん、どうしよ。

 というか、この世界のこと何も知らない。アリアの記憶はあるけど、子供の記憶なんてたかが知れてる。

 まず、食べる物。そして水を確保しなきゃ。

 なんで異世界に来てこんなサバイバルを……でも、死にたくないしやるしかない。


「……ごめんねアリア。わたしなのか私なのかわからないけど、ちゃんと生きるから」


 『私』は、『わたし』のために生きる。

 そのために、死なないために努力をしなきゃと思った。

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