すべてが燃え尽きる時

 ──光が集まってきました。

 ノイエは周囲の触手を蹴散らすと、怪物の身体から離れました。

 遺物の力を解き、人の形を取り戻します。

 二本の脚で立ち上がり、周囲を見回しました。

 さきほどから、ぽつぽつと沸き出していた光の粒が、ここにきて一気に数を増しました。紅く、暗い、しかし確かに輝き、辺りを照らす光の粒。それが怪物にまとわりついていきます。

 景色はもう、真っ赤です。

 赤色の染料で染めたような。

 紅色の塗料だけで描いたような。

 真っ赤な景色。

 怪物が身をくねらせます。

 まとわりつく光を、払いのけようとしているように見えました。

 もしかしたら、この後に起こることを予期していたのかもしれません。

 まとわりついた光が、炎に変わりました。

 怪物の身体が、あっという間に紅の炎に包まれました。

 ぼおおおおおおおおお──!

 絶叫。

 紅蓮の炎に灼かれた怪物が、転げ回りました。

 巻き込まれてはたまりません。

 ノイエは慌てて、さらに怪物から離れました。

 怪物も、触手も、轟々と音を立てて燃えています。

 けれど不思議と、周囲の建物は燃えていません。

 不審に思って、ノイエは近くで悶えていた触手に手を伸ばしました。

 めらめらと燃える火に、そっと手を差し込みます。

 ──燃えない?

 熱は感じます。少し熱い湯に手を入れたときのようです。けれどそれだけでした。ノイエの手が焼けることも、火が燃え移ることもありません。

 尋常のものではないのは、明らかでした。

 ノイエの知るものとはまるで違う、超常の炎でした。

 これが、神の力。

 神聖魔法と呼ばれる、神の力の一片。

 ノイエは辺りを見回し──そこでようやく、メーラの状況に気がつきました。

 ざあっと血の気が引きました。

 地面に倒れ伏したメーラ。

 その周辺の血だまり。

 この赤い景色の中でも見間違いようのない、その量──命に関わることが明らかな、出血。

「メーラ!」

 駆け寄って、名前を呼んでも、反応はありません。

 微かに、本当に微かに、まだ息をしています。

 けれどもう、次の一息が続くかは危ういです。

 ふっと吐いて、もう次はないかもしれません。

 それくらい、微かで、弱々しい呼吸でした。

「……っ」

 一目見て、手の施しようがないのがわかりました。

 一番の原因は、腹の傷です。大きく抉られた腹。肉だけでなくその中──内臓までもが滅茶苦茶になっているのは明らかです。

 そのほかにも、脚──とりわけ太ももの傷からの出血が酷いのが見て取れます。

 顔を見れば、左目とその周辺が抉られています。

 目立つ傷以外にも、全身、傷だらけでした。

 どうしようもありません。

 咄嗟に傷口を手で押さえましたが、意味がないのはわかりきっていました。

 それでも、その手を離すことは出来ませんでした。

 なにかできないか。

 どうにかできないか。

 なにも思いつきません。

 そもそも、なにかを考えることすら出来ていません。

 頭の中では、なんとかなれ、どうにかなれ、という願いだけが虚しく繰り返されていました。

 意味もなく視線を巡らせます。

 怪物は、いつの間にか燃え尽きていました。

 白い灰の塊になって、そこに残っています。

 ぼろぼろと、端の方が崩れて、風に流されていました。

 赤い光はいつの間にか消え去り、辺りは夜の景色が戻ってきています。

 それまでの全てが嘘だったかのように、辺りは静かでした。

 残った灰と、壊れた町並みがなければ、戦いなどなかったと思うほどに。

 ──どさり、と。

 音がしました。

 はっとそちらを振り返ります。

「エスト!」

「……っは! はあ……っ、は……っ! は……!」

 エストレアは、立てた杖にすがりつくようにして、そこにへたり込んでいました。

 顔は青を通り越して白く、汗でびっしょりでした。伝い落ちる汗が、ぱたぱたと膝に落ちていきます。見開かれた目はぶるぶると不安定に彷徨い、身体はがたがたと震えています。

 そんな状態でも、エストレアは這うようにしてこちらにやってきました。

 途中、何度か膝をつきながらも、手と足を動かして、もがいて、そしてメーラの前に来て、その手を掴みました。

「メーラ……」

 エストレアは肩で息をしながら、視線をメーラの傷に向けました。

 ノイエはなにも言わず、僅かに身を引きます。

 わざわざ説明するまでもありません。

 メーラは間もなく死にます。

 その瞬間に、余計な口を挟むつもりはありません。

 エストレアとメーラの関係について、ノイエはよく知りません。

 ずっと一緒に旅をしている事は知っていますが、それがいつからで、どんなきっかけで始まったのかは知りません。

 これまでどのような経験をしてきたのかも、どのようにして関係を築いてきたのかも知りません。

 けれど、旅の仲間として長く共にあった二人の関係が、特別なものであることは想像がつきます。

 その別れが、特別悲しいものになることは、簡単に想像ができます。

 エストレアはしばらく、なにも言いませんでした。

「──ノイエ」

 ようやく口を開いて、呼んだのはノイエの名前でした。

 身体が震えました。

 何故だか、寒気がしました。

 その声が、奇妙なほどに落ち着いていて──なにか、ただならぬ気配を孕んでいたからでしょうか。

「……なんだ」

 エストレアはこちらを見ません。

 だから、どんな顔をしているかはわかりません。

 ただ──

「今から俺がすること、一切合切、見なかったことにしてくれ」

 その声は、なにか悲壮な決意のようなものを感じさせました。

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