ノルマ未達成

うるえ

或る夜、少年は其処に

 寒い夜、それは午後八時頃だった様な気がする。

 確か私は会社から出て、寄り道でもしようかしまいかそんな事を思っていた。


 少年は其処に、震えを噛み締める様に座っていた。バニーと呼ばれるのであろう、或る一定の界隈で好かれている服を着て。

 少年は暫くして私の姿を認め、それからすぐに俯いた。

 一瞬だけ見た彼の瞳は、絶望で黒く塗られていた。


「どうしたの」

 私は少年に話し掛けた。そうしようと思って意図的にそうしたというよりは、声が意思を持ち勝手にそうしたと言うのが適切な気がした。

 少年は少し驚いた様に顔をあげ、私を見た。

「…今日のノルマ、達成出来なかったので」

 一日中誰とも話さなかった時の様な掠れた声が彼の喉から漏れた。

 その声を聞いて、私は不思議な懐かしさを味わった。

 いつか、何処かでこの声を聞いたことがある様な。


「店?」

 そう聞くと、彼はもう答えずに、諦めた様にこくりと頷いた。

「一人で。お願いします」

「…良いんですか」

 私は黙って彼に紙幣を数枚差し出した。

 彼は戸惑った様にこちらを見、青白い手でそれを掴んだ。

「有難う」

 泣き出しそうな声だった。


 彼は立ち上がるとすぐ後ろの扉を開け、私を中へと誘った。


 本当に寒い夜だった。

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ノルマ未達成 うるえ @Fumino319

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