ZomBie×ZomBieXZomBie 知ってるゾンビ世界に転生した俺（27・魔法使い）が隠棲するために頑張る話

第137話

「私に？」

「ああ、報酬も出るらしいぜ」

　最近少しは打ち解けてきた判（わかつ）と彩で話をしていたら、思わぬところから依頼が舞い込んだ。

　依頼人は軍、というか康史郎。ゾンビの中でも強い個体を討伐するのに協力してほしいとのことだ。

「二人はどうするの？」

「ぽぽは警戒くらいならできるけど」

「俺もお前もたんぽぽもお留守番か水海（みずうみ）さんの足代わりだよ」

「……そっか」

　康史郎が言いたいことも分かるが、それはちょっとどうなのと思う。

　確かに私は単発火力が高いかもしれないが、それは判の下調べにたんぽぽの警戒、彩ちゃんのバックアップがあってのことだ。私という火力を万全に運用する体制が出来ている。つまりは私達３人と１匹でパッケージされており、そこから私だけ抽出したところで印象が良くなることはあり得ない。

「まあ、言いたいことは分かるぜ？　どっちもな」

「まあねえ。でもでも、康史郎くんの言いたいこともなんとなくわかるじゃん？」

「わからんでもないけど、装備の質を考えりゃあ軍が上なのは当然、こっちにゃぽぽの索敵くらいしか上回るもんは無いしな」

　傍らで尻尾を振っている犬を撫でるその手は丁寧で柔らかい。この兄妹に付き従う犬の絆は私が想像する以上に深いものなのだろう。話に聞いた限りではどうもしっかりと鍛えられたようだし。

「結局どうなってるの？」

「康史郎を中心とした大物を討伐する班にミミをいれたいんだってさ。周辺警戒や威力偵察は他の部隊がやって邪魔が入らないようにするってさ」

「私達はゾンビの活動範囲を縫うようにして動いてるけど、あっちは戦わないといけないからねえ」

「報酬は、まあ、うん、ちょっと考える必要があるのかも知んねーけど」

「何その言い方。いいものじゃないの？」

「防壁県内の生存権、らしい」

「……」

　判の言葉に彩が口を閉じた。この意図は私でも何となくわかる。

「それ康史郎が言ったの？」

「さて。お眼鏡に適ったら内側で安全に生活させてやるぞ、なのか、３人で安全な場所で過ごしてね、なのかその両方なのか」

　戦力の取り込み。もしくは危険因子の分解。

「受けられないね」

「どうして？　壁内にいること自体は問題ないんじゃない？」

「トウキョウの壁内っていうのは権力者の縄張りなんだよ。ななを預かっている康史郎の親戚の家だって製薬会社の影響圏内だし、その製薬会社も軍との繋がりが強い」

「あ、もしかしてその辺も見られてた？」

「康史郎が善意で言っただけかもしれないけどな」

　彼の性質を知っている以上言いたくはないが、どう考えても余計なお世話になっている。

　いまでもななちゃんが平穏に暮らせているなら問題ない。そのあたりの便宜を図ろうとした康史郎が不自由しないように気を利かせた可能性もある。

「わざわざ報酬にするってことはスカベンジャーがいる区画じゃないんだよね？」

　トウキョウである程度の時間を過ごしているが、内も外も壁際の治安が悪い。壁内外での取引がしやすい壁際は荒くれ者が多いのだ。

　それこそ判が言うには、食料を外から運び込み壁内で売って、残ったものが壁外に出される。壁際ではくず肉くず野菜が目を疑うような値段で取引されているらしいのだ。

　時折定期的にポーターの運んでくる荷物を襲撃するスカベンジャーやメトロの住人がいるらしいが流石に軍や委任されたスカベンジャーが護衛を請け負っているらしい。

　そんなことをするほど人々が追い詰められていることを嘆けばいいのか、勝ち目の薄い勝負に挑む同業者や底辺を笑えばいいのか。

　田舎にあった追い詰められた者たちによる結束は心地よかったが、余裕が生まれればこういう事態にも繋がるのか。人が多いというのも考え物だ。

「多分な」

「多分かー」

「とはいえ参加した方がいいんでしょ？」

「ああ。断るっていうのも考え物だが、一応対処は出来るぞ？」

「あ、そうなんだ。どうするの？」

「チチブだな」

　チチブと言えば彼らのお父さんがいるであろう場所だ。

　ゾンビに感染しているらしいが、それらしい反応は見られなかったように思う。とはいえチチブの手前を拠点にして狩りをすると言っていたし、そちらに向かうという事か。

「取引しにチチブに行くってことでしょ？　え、大丈夫なの？」

「違う違う、危険作業の貸しは危険作業で返してもらうってことだよ」

「ああ、なるほどね」

　多分彼らはただ取引をするのではなく、いろいろと話すことがあるというのは分かってる。お父さんを連れてセンダイに戻りたいんだっけ。私にはあんまり理解できないけど、彼らがそれが最善だと思い込んでいる根拠があるのだろう。話を聞くだけだと相当厳しく躾けられたみたいだけど。

　私自身もそれで構わない。先輩狩人から得られるものもあるだろうし、これも私のことを思ってのことだろうし。

　軍に所属するのが嫌だとは言わないが、狩人でいられるのなら狩人でいたいと思うのだ。

「こう言っちゃなんだが、親父を説得するなら俺たちが親父を殺せるくらいに力を持つ必要があると思う」

「……殺すって、穏やかじゃないよ。連れて行けばいいんだから、拘束具とかでいいじゃん」

「それでいいならな。結局納得しなきゃならねえのは俺達じゃなくて親父だ。親父が納得しなきゃ拘束具だろうが実力だろうが意味ないんだよ」

「そうかも知れないけど……」

　せっかくあった父親を殺す羽目になったらここまで来た意味が無いじゃない。

　それを決めるのは俺達じゃなくて親父だ。

　二人とも求めるものは同じなのに、向いてる方向が正反対になっているというか。

「どうあれ説得が必要で、拘束具を施すにしても実力を認めさせるにしても話さなきゃ始まらないよ」

　少しヒートアップしてきた兄妹を窘める。

　言い争いをする兄妹の間でおろおろとしていたたんぽぽがこちらをちらりと見る。耳がぴくぴく、しっぽをゆらゆら。え、今会釈した？　本当に賢いなこの子。それでも私に撫でられるのはあんまり好きじゃないらしい。

「おーけい。水海さんがいいなら受けるってことでいいか？」

「うん、私は大丈夫」

「基本的に康史郎と組むらしいんで他の誰かに害されることは無い、らしいです」

「それホント？」

「素直に聞くスカベンジャーはいないですよ」

「それはそっか」

「で、報酬は戦力を借りるってことで」

「それも大丈夫」

「ありがとうございます。代わりにボルトやクロスボウのメンテ用品、他にも必要なものがあればこっちで全部揃えときますんで」

「うん、よろしくね」

「気を付けてね、水海（ミミ）さん」

　そう言ってこちらを心配そうに見る彩ちゃんにニヤリと微笑む。

　トウキョウで結構慣れたはずの狩りだが、今回のそれはどこかチリチリと身を焦がすようなものになる、そんな予感があった。

　センダイのスカベンジャーが集まる何でも屋には見慣れない顔が増えていた。まあ流石にそこまであからさまなやつに意識を裂く必要は無い。こちらを監視するつもりならまずは周囲を納得させなくちゃいけない。口で言ったところでそれを信用する数男かは別なのだから。

「やっほー」

　三々五々に反応を返す周囲に手を上げ声をかけながらいつもの席に陣取る。今回は私にお姉ちゃんにつるちゃんといつもの面々だ。

　私たちが席に着くと早速顔なじみのスカベンジャーが私たちの元へ来る。

「よう、姐さん方。調子はどうだい？」

「いつも通りって言えればよかったんだけど、久々に空ぶったよ、最悪」

「しくじるなんて珍しいな」

「見てるだけの方が損が大きいって思ったからだけど、やっぱり情報は精査するものだよ」

「あはは、まあ確かにいきなしだったからなあ」

　まあこの辺にいるならそれくらいは分かっていただろう。私達が追跡を開始した直後に大物研究者がお忍びでセンダイに来たっていう程度の情報は入っているだろうし。

　こいつは多分周囲に聞こえるようにこの話をするためにここに来た。私達からの信用を買って今後も利益分配を受けられるように。私達を知っていて敵対を選ばなかった奴らの雰囲気は目に見えるほどに弛緩した。多分知らない顔の連中が醸し出す雰囲気の原因が私たちにあると思っていたのだろう。

「こっちは良かれと思って出て行ったのに。ほら、最近物騒でしょ？」

「そうそう、それなんだよ。どうやら結構な数やられたらしいぜ」

「ふーん。結構って言ってもどうせいつもの小競り合いでしょ？」

「いや、少なくとも十数、下手すりゃ20を超えてたらしいぜ？」

「……なにそれ。もう抗争じゃない」

「ああ、ここだけの話なんだがよ、相手は極少数らしいぜ？　殺し方がほぼ同一だったとか」

「……なんでそんなのが少数で動いてんのよ。勘弁してよー」

「姐さん方も気をつけな。別嬪さんしかいねえんだからな」

「はあ、もう。上手い口ね。はい」

「へへっ、毎度どうも」

　小銭を稼ぐのが上手いやつめ。普段そんなことしないじゃない。完全に保身に走ったわね。わざわざ小物っぽく見せて扱いやすいやつと思わせて情報を抜いてくる、までが作戦かしら。

　立ち回りが小物の癖に当の本人は古株も古株。知っている奴は決して油断ならないやつだと知ってるけど、初見なら深読みしないとまず気付かない。いやらしいやつだなあ。

「なんか一部浮ついてるね？」

「んー？　なんだろ、ああ、いや、アレは多分」

　いくつか新顔がいる中にどうにも素人臭い人間がいた。身なりはそれなり、決して悪くは無いが荒事に慣れているような印象ではない。

　ああいう手合いは依頼を持ってきた人間の持つ雰囲気だ。研究所からフリーの依頼を持って来た人間のようにも見える。

　私を挟んでお姉ちゃんとつるちゃんが左右にいる。こういうときは二人が聞き耳を立てていてくれる。

　受付に出向いたその男の声は聞こえないが、私以外の二人はばっちり聞こえていたようだ。

「人探し……武闘派……東部……」

「研究職っぽいけど研究所じゃなくて軍の研究員のフィールドワークかも？」

　この何でも屋という名の店の連中は基本的には仲介業者だと思っていい。

　欲しいものがある場合はモノ自体かそれを入手する手段、どちらもない場合は一連の全てを任せるに足る人員を紹介、もしくは募集するという場所だ。

　もちろん品物を売りたい場合に買い手を探して仲介してくれるということも出来る。私達は専ら売る側だ。

　人員を紹介するには依頼に対して成果＋αが必要になる。例えば強さ、例えば専門知識、例えば依頼の受諾達成履歴。

　依頼の失敗はここにいるスカベンジャーの信用以外に、この店の信用問題に関わる。そういう意味ではこの店に勤める連中も本気ではあるのだ。

　本気でスカベンジャーや依頼人、軍や研究所などを繋ぐという目的をもって励んでいるのだ。

　だからまあ、ここにいる見慣れない男たちも何かしらの繋がりを持っているのだろう。

　軍の医者によるフィールドワークなんて本来こっちに来るような仕事じゃない。部隊を動かして勝手にやればいいのだ。

「何でそんなアホほど怪しいもん持ってきたのかしら」

「言われてる。こっちに持ってきた理由。……東部のスカベンジャーが河岸を変えたからだって」

「元々武闘派少なかったしね、東部」

「そりゃ軍がいるんだから必要無いもの」

「……それが戦力を必要としてる？　あ」

　というか、リーダーと千聖ちゃんが張り切った結果が出てるじゃん。子飼いのスカベンジャーが減って回らなくなったからこっちに来たってことでしょ？

「もしかしてマツシマのとこの人？」

「分隊あるんだっけ。どうする？　伝手持っておく？」

「んーん、今回は大人しくしておこう。これまで通りで良いよ」

　これまで通りというのは物資の回収をしつつ、この辺りに常駐しておくことで私たちの関心をドクターに置いておくことだ。

　ドクターの周りを嗅ぎまわっていて抜け駆けしようとしたやつから狩られてる（ということになっている）のだからここでぼんやりと時間を潰していても問題ない。

　後はそれを変に気取られない程度の動きを見せればいいだろう。今回は情報の確度が低いままに動き出した結果、無駄に騒いでしまったと評価を下げたのだから。

「とりあえずここで情報収集しよっか。行方不明らしい研究者もいることだろうし」

「記者は良いの？」

「この時代の記者って仕事してるの？」

「さあ」

　くすくすと笑うこちらにいくつもの視線が刺さる。まあ私もこれくらいは分かるよ。

　何ならこれからしばらくは私達は引きつけておけばいいだけな分楽な仕事だ。

　手を出して来てもいいけど、当然その手が腕ごと潰される覚悟くらいはあるだろう。特につるちゃんは最近結構テンション高いからどうなるか分からない。やりすぎないように注意はするけど、別にいいかなとも思う。

「秋冬ものでも探しに行く？」

「いいね。どこ行こっか」

「んー、そうだなあ」

　おもむろに立ち上がり、周囲にいる顔見知りに聞こえるように声を上げる。

「ねー！　秋冬物探してるんだけど、何処かいいとこ知らなーい？」

　数名がこちらに近寄ってくる。どれも見知った顔だ。こちらから手を差し伸べたのに乗り遅れた連中が面食らったような表情を浮かべているのが見えた。

　スカベンジャーっていうのをあんまり知らない感じだ。いや、流石に服を漁りに行くっていうのは匂わせが過ぎるかな？　まあいっか。場所を選べばいいだけだしね。

　最終的には、相手は私たちの拠点を調べるかどうかの話になるんだと思う。で侵入やつにさえ気をつければこちらの負けは無いわけだし。

　下手に出てくれればこちらもほどほどの物をもらうし、その程度で抑えて馴れ合いを拒否すれば心理的な拒否感という防衛線に早変わりする。

　強行してくるなら巷で噂の殺人鬼が後始末してくれるだろうから、変に追い込まれないように、追い込まないようにすればいいというだけの話だろう。

　どこまでがリーダーの描いた絵図なんだろうね。こちらが心配するのは弾薬の残りくらいかな？

　いろいろと状況が変化していくけど、今回はどうなるんだろう。

　トウキョウの先生を招いて、ドクターを引き入れて、何をするつもりなんだろう。

　まあでも。きっと何とかなるんだろう。何とかしてきたし。

　こちらに近寄ってきた連中から集まった情報にその場で対価を示していく。

　金銭、情報、スカベンジ先の探索代行。条件は様々だ。それで通用するくらいの信用を築いてきた。

　さ、あの新顔さんたちはどういう手段で距離を詰めてくるのかな。少しだけ楽しみにしながら、私たちのテーブルでは大々的な作戦会議が行われていた。