第115話



『諸君らには西トウキョウに向かってもらう。そこに強力な特異個体の一体がいるとの情報が入った』

『偵察部隊の情報では現在小康状態を保っているが覚醒状態では周囲のゾンビを広範囲にわたって操るらしい』

『偵察部隊が周囲の誘引を行い逐次処理、君たちに特異個体を叩いてもらうという段取りになっている』

『場所はタナシ駅北側にあるショッピングモール内になる。君たちは駅を挟んで南側にある偵察隊の拠点に向かってくれ』


 復帰早々に中佐の命を受けた僕と霧瀬、そして前線の防衛部隊員から水元さんと井東さんが何故か僕たちと一緒にタナシへ向かっている。

 お二人は輸送兼護衛らしくタナシまでは一緒だがそれ以降の指揮は現場にいる偵察部隊の隊員が執るらしい。ここで違和感を覚えた僕は水元さんに確認する。


「お二人は特異個体討伐に参加されないんですよね?」

「中佐はそう言ってたな」

「指揮は偵察部隊の方が執るんですよね?」

「一応知ってる顔だ。三波って言って元々は東にいたやつだな」

「派閥は違うけど対立まではしていないからそんなに不安にならなくても大丈夫よ?」

「あ、いえ。はい、それはそうなんですが」

「どうした?」

「偵察部隊による誘引に対して特異個体の討伐が僕たちだけ、というのは?」

「ああ、それか。偵察部隊が報告してないのは周辺に潜んでいるスカベンジャーどもだな」

「偵察部隊はゾンビよりそいつらに対して警戒しているのよね」


 こちらに報告が入るくらいのゾンビなのに、その上で気にするのがスカベンジャー?


「あんまり数が多いと本命の邪魔になりそうなんで偵察部隊はスカベンジャーからの横やりを出させないように立ち回る、ってこった」

「スカベンジャーがゾンビを狙っているのなら協力できるのでは?」

「それが出来るならやってるだろうなあ。まだ噂程度だが最近スカベンジャーの動きが変化してるらしくてな? どうも界隈でヤマが動いたらしい。で、それに噛めなかった連中が都内で活発に動いてるんだが、どうも土地を売ろうとしてるらしいんだよ」

「土地、ですか?」

「おう。解放した土地を壁内の組織に売却して壁内の権利を買うとかな」


 そういったことがあるというのは知っている。とはいえ本来は壁外の土地を所有していたとしても防衛隊の生存域拡張作戦に合わせて接収されるため、事前に手を打って解放したという土地を有力者などに明け渡すことだ。

 当然合法ではない。しかし拡張後の土地の割譲や配置に影響することは事実だ。そういう暗黙の了解が存在する、という事までだが。


「ゾンビ狩りはその一環だと」

「駅前のショッピングモールだからな。土地も箱もそのまま利用できるってんなら高値がつくと思ってるんじゃねえか?」

「証明として頭部にある変異結晶を回収するっていうのは、研究所が過去に出した依頼を知っていればできる証明の仕方ね」

「それを報告しなかった理由は何でしょう?」

「ヒント、偵察部隊は参謀部の息がかかっている部隊が隊員レベルで動いてる」

「そっちの横やりが嫌なんですね? 作戦の邪魔をされたりするのが」

「三波がな。東の二転三転する戦況の敵陣真っただ中で生き抜いた男だからな。上に足を引っ張られるのがよっぽど嫌らしい」

「だからまあ指揮に関しては安心していいと思うわ。多分大人しいゾンビだから暗殺しようって意味合いでこちらに声をかけたんでしょうね」

「なぜ僕たちなんでしょう?」

「戦力を借りるのなら車両や兵器を運用してる部隊じゃなく白兵戦に特化した部隊か連携の取りやすい戦い慣れた部隊の方がいいってことなんだろうな」


 一先ず話は理解した。僕がすべきは奇襲による特異ゾンビの討伐。

 西トウキョウの中心に近いタナシの駅前、西への安全圏拡張の足掛かりとなるであろう土地を確保するという手柄の奪い合いを避け、確実にミッションを達成するための少数精鋭。

 東側は防衛隊内部の派閥争いやスカベンジャーや反政府組織との争いで戦闘痕が色濃く残っている。それほどまでに激しい戦場にいた偵察部隊である三波さんが部隊の消耗を嫌ったから、ということだろう。

 問題は僕たちだけでゾンビの討伐をしなければならないという事だが。


「三波の見立てなら俺は信用しておいいんじゃねえかと思うが」

「まあそうね。今の国内でもトップクラスの斥候だと思うわよ?」

「それが僕たちだと?」

「というか白兵戦で特異個体とやり合ったっていうのがデカいな」

「そういうのも知ってるんですね」

「腐っても参謀部の古株だからな。必要な情報を仕入れる努力は欠かさないんだとさ」

「トコロザワあたりでやり合ったんでしょ? トウキョウに近かったのも大きかったわね」

「ああ、あれは思い出したくもない……」


 霧瀬の本当に嫌そうな声に井東さんはあらあらと笑い声をあげる。笑い事では無いけど、これまでの経験があるからこそ僕たちは戦場を前にしてもある程度の余裕を保てているのかもしれない。本当に思い出したくもないが。


「とにかく、場合によっては俺達も協力するから頑張れよ」

「はい。特異個体は任せてください」




 そうしてタナシの南にある役所跡で合流した偵察部隊は思ったよりも話せる人が多かった。それも相手が参謀部の息がかかっている人員かと思えば世間話に終始するにとどまるが、それでも随分緊張がほぐれたように思う。

 そうして駅の脇から踏切沿いに見上げるショッピングモールはかなり大きいが、それでも頭の中では冷静に周囲や内部を説明して頂いている三波中尉に意識を裂いている。


「我らはここからモールの周囲、特異個体がいる3階までのゾンビを誘導する。ただし一部をスカベンジャー共の警戒に割くので少し時間がかかるだろう」

「僕たちが内部へ行くのは二階南口のゾンビを誘引し、潜入できるようになってから、ですね」

「ああ。こちらも周囲に気を配るが、万が一スカベンジャー共に突破された場合は……」

「俺達が止とくさ。こいつらなら倒しきるだろうさ」


 水元さんと伊藤さんもモール内まで護衛してくれるようだ。ただし連絡があればお二人は階下で攻め寄せるスカベンジャーたちを相手に時間を稼ぐ役割にまわるらしい。

 ちなみに三波少尉はある程度武器を用意してくれていたようで、僕は刀を新しいものにしてある。霧瀬は消音器付きのハンドガン2丁。井東さんはライフル銃、水元さんはナイフと拳銃だ。


「わかった。退路の確保を忘れないように。そして無理押しする必要は無い。特異ゾンビが規格外のパワーを持つとかでたらめに足が速いとか言ったことは観測されていない。今回に限らずきちんと備えれば必ず倒せるはずだ」




 駅の北側に陣取り連絡を待ってから潜入を開始する。二階の約半数のゾンビを誘引し終えたとの事で僕たちはショッピングモール内を静かに進み上階を目指していた。


「意外と残ってますね」

「多分スカベンジャー対策でしょうね。突破される可能性も考慮しているでしょうから」

「ゾンビで足止めするってことだ」

「……そこまでするんですね」

「そうね。こっちじゃ味方になるスカベンジャーなんてほとんどいないわよ」


 センダイという土地で協力できたことやここまで来た際に協力できたことは、実はとても奇跡的なことだった。今更ながらその事実に僕は感謝したくなる。


「よし、そろそろ階段だ。気を引き締めて……」


 その時歓声と破壊音が建物の内側から響き渡った。恐らく下の階。背後の警戒はしていたので駅側からではない。


「きやがった」

『すまん! 数名に突破された!』

「了解。急ぎます」

「よっしゃ、ここは任せて先に行け、ってな」


 水元さんと井東さんが立ち上がり腰にかけていたお手製の音爆弾を用意している。


「俺達は階段前にゾンビ集めて上に行かせないようにする」

「はい。僕たちは特異個体を暗殺してきます」

「ま、お前たちならやれるだろ、気張っていけよ!」

「はい!」


 停止したエスカレーターを静かに登り切り一旦身を隠す。少し待つと階下から感が破裂するような音が響き渡りぞろぞろとゾンビが行進を開始する気配を感じつつ、特異個体がいる場所を探る。

 階下で景気良くライフル弾をばら撒く音が響いてきたときにようやくその姿を見つけた。

 体のサイズがすらりと大きく、黒いややくたびれたスーツのような服を着てベンチに項垂れたように座り込むゾンビがいた。

 そのゾンビは俯きながらも片手がリズムをとるように揺れている。もしかしてゾンビの指揮をとっているのかもしれない。


 彼我の距離を埋め一気にせめてその首を落とそうとした際、強い衝動が僕の体を静止させた。

 背筋に氷柱をつっこまれたような悪寒、こめかみからこめかみに雷が突き抜けたかのような本能の警鐘に従って全力で体を伏せた。

 ひゅん、と頭上を通過する矢の音に反応しすぐさま距離をとる。


「ちっ! よく躱す」


 何かを呟いているクロスボウを構えた男がこちらを見ていた。

 撃ちきって装填は間に合わないはず。ゾンビとの距離は圧倒的に近く、こちらは見える範囲で数的有利。時間をかけずにゾンビを仕留め結晶を回収するのが最善と分かっていながら、スカベンジャーらしき男から油断のできない何かを感じて位置取りの調整に終始するにとどまる。

 居場所から考えれば霧瀬の位置は相手からも見えていたはず。そうして霧瀬が思いついたのはきっと自分が牽制に終始することだったのだろう。


「私が対応するわ! アンタはさっさと仕留めて!」


 大きくは無いが口調は強いもの。拳銃を構えて男に向けている霧瀬だったが、僕が動くより早く霧瀬が撃ち落すより早くこちらに投げ入れられたものを見て肝を冷やす。


「グレネード!」


 物陰に隠れた僕たちは相手が投げた音爆弾によって窮地に立たされることが決定した。


  


 投げ込まれたものは煙と音がでるもの。であるなら踏み込むことに遠慮はしない。音爆弾に反応して顔を上げていた特異個体と思われるゾンビの顎先に線を引きそこを綺麗になぞる。どこか茫然としたままのゾンビの首を蹴り飛ばしすぐに切り替える。

 男は柱に身を隠しながらこちらにクロスボウを向けている。霧瀬の銃がサイレンサー付きのもので良かった。

 これからただでさえここに集まってくるゾンビの対応に、遠距離火力のあるあの男の相手をしなければならないのだから。


「こちら風間! 特異個体は仕留めました! ただこちらに抜けてきていたスカベンジャーに音爆弾を使われて撤退困難です!」

『水元だ。こっちもスカベンジャーとゾンビと3つ巴だ。流石に数的不利が過ぎる』

『こちら1階班! スカベンジャーたちの被害が増えている! もう少し粘れば撤退せざるを得ないはずだ!』

『こちらHQ。外のスカベンジャーに敵首領と思われる男が見えない。オールバックでクロスボウを持った男だ』

「こちら風間! その男なら3階です! 今は牽制に留めていますが攻撃を止める様子はありません」

『こちらHQ。了解した、1階班から2名上階を援護せよ。外周班から1階班に2名、加藤、石崎両名は援護にまわれ! 実行部隊は生存優先、持っている武装を使い切るつもりで耐えろ。すぐに救援に向かう』

「風間了解!」

『1階班了解!』


 とにかくここはまずい。ショッピングモールという都合上テナント内であればゾンビの侵攻路を限定できるが敵のクロスボウに遠慮なく撃ち込まれる可能性がある。逃げながらクロスボウを警戒しつつゾンビを突破するのはリスクが高い。

 逆に歩みは遅くとも少しずつあのクロスボウの男から離れつつテナント内を経由して射線を切りながらゾンビに対応する方がいいだろう。

 あの男の最初の一矢を回避できたのは偶然だ。次も回避できる保証はない。


「霧瀬、あの男に安全な状態で撃たせないで」

「任せときなさい! 弾丸には結構余裕があるわ」


 ぷしゅ、という音と共にゾンビの足を撃ち抜く霧瀬。なるほど撤退する道中にゾンビを置いておきあの男が距離を詰めてくるのを遅らせるという事か。

 霧瀬に男を警戒させておきながら僕は後方に活路を開くために身を翻した。


 そして約五分後。霧瀬が何度目かのリロードをし、男がいるであろう方向を警戒しているときに通信機が鳴り響いた。


『こちら1階班、スカベンジャーが撤退開始!』

『こちら水元、こっちはまだ残ってるがこれは上のやつを待ってるのかねえ?』

『こちらHQ。スカベンジャー共は逃がせ。外周班はゾンビの掃討を継続。作戦は大詰めだ、各員最後まで気を抜くな』

「了解」


 ゾンビの処理をしながらショーウィンドウの破砕やショーケースの破壊でゾンビで壁をつくりながらスカベンジャーの男から時間を稼ぎつつ、時折隠れてはゾンビを倒す。わずか5分程度ではあるが随分と気を揉んだ。


 やがて通信からスカベンジャーが完全に撤退したとの報告を受け作戦は成功した。


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