第57話



 昼過ぎに小屋妹から連絡があった。曰く、見たことないゾンビ植物なるものを見つけたらしく、その対処に悩んでいるとの事だった。

 これを聞いたときは驚いた。そして納得した。特徴を聞いた時にはまさかと思いつつ、詳しく聞いてみれば確信へといたるものがあった。

 シリーズ過去作に登場している、ゾンビというよりはフィールドに設置されていたトラップの一つとして存在する変異結晶を与えられた樹木。それが正体だ。この樹木は基本的に近づかなければ問題ない。小さいもの、人一人分の行く手を阻むようなサイズであれば離れた位置から攻撃すれば問題なく破壊できる。そこまで大変な相手だろうかと話を聞いてみれば、フロア半分を埋め尽くすようなサイズだという。

 なるほど、ボス固体か。ボスというか、過去作では次のエリアとの境界に設置されていたフィールドオブジェクト扱いだったはずだ。この個体に炎は利かない。そのうえマップを区切るという役割もあるからか戦略兵器でもないと破壊が難しいというとんでもない存在でもある。

 ちなみにこのボス個体自体は大きな破壊力や攻撃力を持たないが、徐々に根を伸ばし自己の生存圏を拡大するという性質がある。ただ実際に見たわけでは無いが、フレーバーテキストで捕食行為をするのでは、というものがある。内容はこうだ。


『僕と彼(野鳥)は共に黒い木の洞で雨をしのいでいた。都会に行くにはあのゾンビ共の地雷原を抜けなきゃならない。彼のように俺にも翼があればいいのに』

『木の洞は案外温かい。俺のサイズでもカンタンに出入りが出来る。火にも強いようで火をおこして温まっていたら動物たちの気配を感じた。彼らは遠巻きにこちらを見るだけだったので、持っていたパンを少しだけ与えた。お前たちも頑張って生き延びるんだぞ』

『毎日聞こえていた彼の声が聞こえなくなった。ある時彼の巣穴がある場所を見たが、きれいになくなっていた。俺の記憶が間違っているのか? それともこの木じゃなかったのか? こんな洞がある木は他になかったと思うが』

『この木はこんなに大きかっただろうか。周囲の木より倍以上大きい気がする。最近は夜に動物の鳴き声が聞こえることが多い。こんな場所で縄張り争いは勘弁してくれ』

『この木のある場所はおかしいかもしれない。この周囲では動物たちがよく木の根に引っ掛かっていたりするが、ついに動物の死体が転がる事態になった。噛み跡も無ければ争った痕跡も無い。どうしたらこんな強い力で絞殺すことが出来るんだ。ゴリラでもいるのか?』

『明日にはここを出る。最近はこの木の周りで動物が良く死んでいる。何か毒があるのかもしれない。俺も体調が悪くなる前にここを出て行こうと思う』


 日記形式で続くこれらは主人公以外にゾンビサバイバルから生還できるあと一歩のところまで行った男の足跡である。まあゲームではよくあるものだろう。

 とはいえ、俺は立場的には彼と変わらない。のだから。


 さて、フロアを埋め尽くすようなものであれば戦略兵器を用いての破壊が望ましいのだろうが、生憎そんなものも無ければ戦略兵器を調達してまで破壊すべきかと言われればその必要は無いと答えたいところだ。手間も時間も物資あるいは金銭面でも失うものが多すぎる。

 それに規模からいえばフロアを埋め尽くすほどであるはずが、実際はその半分程度。養分を補給できないからなのか、そもそもこれは本当に純粋なボス個体なのだろうか。それとも小さい小型のトラップタイプなのか。

 俺個人ではその中間の性質があるのではないかと思っている。小型のトラップタイプの樹木型ゾンビが成長過程にある状態。大きさから考えても本当に破壊できるかどうか怪しいし、かといって破壊しきるのに必要な火器を用意するのも手間がかかる。

 実は弱点ともいえる性質があるが、それを俺以外が用意し、実際に行動に移すのはリスクが高い。これは以前少しだけ触れた記憶がある。正解は凍結による活動停止後に物理で破壊するという手段になる。俺がするのであれば、魔法による凍結後に破壊して回るのが一番だ。

 とはいえこれにもデメリットがある。俺の凍結の魔法は死ぬほど効率が悪い。つまり時間がかかる。となると最悪一人で一日中そこにいなければならないのだ。本当にどうしたものか。他の手が無いわけでは無いが、それも正確性に欠けるし、結局俺が出る必要がある。


「小銃乱射したんだろ? 破壊できたか?」

『ダメだったっぽい。千聖ちゃんが近づいたら木の根が動いたらしくて近づくのも危険っていう判断したから、どうしようかなって』

「……ドクターはなんて言ってる?」

『ん? んー、サンプル欲しいって』

「サンプル採って研究しないと何も言えないか……。部分的な伐採は出来そうか?」

『ちょっと待って……。……やってみるって言ってるけど』

「千聖か」

『んーん。本田さん』

「本田さん?」

『ドクターの護衛でついてきてる本田佐平さん。あれ、知ってるんじゃなかった?』

「知ってるけどいるとは思ってねえよ」


 は? え、まじ? 賢瑞いんの? じゃあ大丈夫、とはならない。対人型ならともかく、大型や非人型は総じて耐久力が高い傾向にあるため、火力で押し切れない場合は被弾が怖い。ましてや、ゲームのように感染を伴わない被弾は相当運が良くないとここではなかなか起こりえない。


『あ、そっか』

「銃打った時に破片とかでなかったか?」

『……多分? え、それがサンプルになるの?』


 正直に言えば枝や根の一部でも伐採すれば研究、培養は捗るだろう。しかしそれを許さない耐久力はあると予想される。

 さて、先ほど小型のトラップを破壊できると述べたが、それをするにはちょっとしたコツがある。大型に移行している状態だと見られないことからあるかどうかはわからないが、どう説明したものか。


「ならん、というか難しいだろうよ。うーん……なんか普通の木と違うところとかないか?」

『どうだろ、暗いのもあってあんまりわかんないんだけど』


 ゲーム内では近接武器で一定ダメージ、遠距離武器ではウィークポイントが表示される。倒すと変異結晶がドロップする。何かしらの起点となるポイントなのか、それかただのゲームシステムなのか。

 なにかしら理由があってのことなのか、俺が理由をつけているだけなのか。


「……近寄って大きな反応があるのなら退け。なさそうなところから採取するのは構わないが、無理はしないように。出来る範囲で構わん」


 もう全部任せることにした。怪我をするにしても大きな怪我にはならないだろう。少なくとも誰かが取り込まれても前衛3枚なら脱出するのも不可能ではないと予想した。


『相談してみるー』

「ああ。気を付けてな」

『はいはーい』


 通信が切れる。まあ後は任せよう。中谷里がいないとはいえ、小屋姉に近接戦闘の強い千聖と瑞賢が揃っているなら下手なことは起こらないだろう。

 こちらはある程度片付いたので手伝ってもいいのだが今はこちらも要観察対象がいる。


「あっちはどう?」


 強化薬注入後、約15時間後に目覚めた中谷里は見た目には多きな変化はない。全体的な肉体強化はなされたようだが、調整した強化薬を考えると強化具合は控えめといったところだ。

 まだ馴染んでいないのか、普通に生活しているだけでは測れない特徴を持ったのかはいまだに掴めていない。

 調整した強化薬はバランスタイプだ。群狼時代からちょろかました変異結晶を取り込んだスライムは、インターフェース上の数値を見る限りほぼ上限値をたたいている。

 この上限値とは変異結晶での上昇上限で、ここに特異結晶、特異覚醒結晶を追加することでさらに効果値を高めることが可能だ。

 少なくとも、現状で強化できる最大限の効果値をもった強化薬を投与した中谷里は間違いなく身体能力では千聖を凌駕する状態になっているはずだ。


「ゾンビツリー見つけたけどどうするかって」

「利用できそうなの?」

「研究次第。ニッカワ周囲に植えられたら面白い」

「誰も入れないね?」

「そこは考え方次第だな。コンテナやフロアジャッキを設置してゲート作ってみたりな」

「ふふふ、面白そうだね?」


 ああ、それから変化したと思われる点が一つに、予想外の変化が一つある。

 一つ目は内面の変化だ。なんというか、これまで以上にやや浮ついているというか。

 今までは柔和でしかしどこかふらふらとした印象だったのが、なんというか浮ついている。それでいて、変な話硬さというか重さというか、地に足がついた印象がある。

 恐らくではあるが、もう一つの変化の方がいい影響を及ぼしたのだと思う。


「リネン室はどうしよっか?」

「物はチェックしたんだろ? 回収は後日でいい」

「シーツは便利じゃない?」

「別に持って行くなとは言わんさ」

「そう?」

「流石に全部は勘弁してくれ」


 廊下の奥へ進む足取りは軽い。薄明りの中目の前の彼女の

 どうやら俺がよく使っている暗視や遠見の魔法らしきものを使用している形跡がある。つまりは中谷里自身が意図しているかどうかはわからないが、魔法を使っているようなのだ。

 経過観察のため旅館で大人しくしていたのだが、彼女は夜闇の山林を見て動物を見つけ一矢で撃ち抜くという離れ業をやってのけたのだ。因みに撃ち抜いたのは鳥だ。いや、絶対見えないだろ。サーマルも発動しているのかと勘違いするのも止む無しだろう。

 今回はそもそも農業機械を、主目的は搾乳機だが他にも使えそうなものがあれば回収する予定だ。膂力も強化された中谷里には期待したいところではあるのだが。


「ね、今度いつ来ようね?」


 そう言えば温泉の探索なども目標にあったなあと思い出したのが運の尽き。温泉を気に入った中谷里によって入浴施設の整備が進められ、この旅館の5つある温泉の内、大浴場に河原の露天風呂、個室の露天風呂などが今後すぐにでも入れるように整備された。

 まあこの旅館にはゾンビはいないし、周囲にも反応はない。幸い1階部分のガラスも無事なことだし、魔法による結界も中谷里が寝ている間に刻んだので、今後ここはメンバーの保養施設の一つとして利用されるだろう。流石に頻繁に使われることはないだろうが、新しいストレス解消の手段として活躍を期待するところだ。


「女性陣でどうぞ」

「えー? リーダーも一緒に行こ?」

「錦放置して大丈夫か?」

「……どっちにしてもダメかも?」


 護衛を置かずにおいておいても、見張り代わりにドローンを飛ばさせても気分は良くないという事だ。錦は俺とは違い、まだ普通の成人男性だろうからな。

 俺が余り警戒されないのは見張り経験が圧倒的に多いことによる慣れだろう。一応交代制としているが、俺は基本的に魔法で体力を賄う事で睡眠時間を削っている。肉体的な疲弊も魔法でことから一日の内、活動時間が22時間というのは割と昔からあった。

 体力的な心配が無いというのは大きな利点だが、精神的な消耗に関してはどうしようもない。心を落ち着ける魔法もあるにはあるが、記憶に由来するものであるから休んだ気がしないのだ。

 結局、俺は自分にとっての日常というのを鉄火場に置くことで、最終的に慣れさせた。俺はある程度緊張している状態の方が普通で、いわゆるテンションの高低、強弱を保ったままにしているのだ。

 その中で、研究所という楔から解き放たれた後には、ニッカワという拠点を得たことで肉体的な劣化なども含めて体を休めるという事を意識してはいるが、まあなかなか慣れない。

 結局そういった俺の持つ緊張感が伝播しているということも関係しているのだろうと思う。断じて俺がゾンビ処理に傾倒するシリアルキラー枠となっているわけではないはずだ。


「八木さんと石田ちゃんも一緒でいい?」

「別にいいんじゃないか。日帰り温泉旅行感覚か」

「そうかも?」


 そういえば石田だが、天然の抗体保持者の血液からのゲノム解析は全くと言っていいほど進んでいない。研究データだけ取っておいて研究者にぶん投げることになるかもしれない。

 現状でも不思議スライム任せにしている状態だが、本人と変異結晶による反応で超然とした回復力をもつあの性質は劇薬たりえる。だからこそ渡す相手と時期については考える必要がある。因みに、血中に含まれる変異結晶から強化薬に転用できるので、こちらの扱いも考えなければならない。

 トウキョウで潜伏しているであろう久間楠女史に渡せば何かしら進展が望めるだろうし、逆に回復力特化だけ切り取って抗体保持者を求める動きが加速する可能性もある。特に人身売買組織は忙しくなるだろう。ゾンビパンデミック関係なくそういった趣向を持っているであろう存在も思い当たる。


「そろそろ行くぞ」


 数日ぶりに乗ったEV車の近未来的なプラットフォームを見回し、次の予定を消化するために動き出す。


「このへんって牧場あるの?」

「無い。最初は北に行こうと思ったけど、南からだな」

「南? どこまで?」


 数か月前。千聖と共に軍から離れて山中を抜け、たどり着いた最初の町。


「カワサキだ。数は少ないからさっさと行くぞ」

「はーい」


 そういえば、と思い出す。

 日本のトウホクの東西を隔てる山を抜ける道の一つ。山間の田舎町でセンダイの水道の根幹の一つであるカマフサダムのある町。

 そして何よりも。


「ついでに狩りもしていくか」

「最近お肉食べてないもんね?」

「狩るのはゾンビだ。先ずは自分の力を確認するところからだな」


 そこにいるであろう特異化ゾンビが、中谷里の慣らしの相手だ。

 

「え? この間のデカブツみたいなやつ?」

「デカブツかどうかはわからんが、まあ普通のゾンビよりは強いんじゃないか?」

「マ?」

「マ」


 特異化ゾンビといっても、本来耐久度が高くなるタイプというのは稀だ。大抵は一カ所、ないし一分野が強化された程度だったりする。

 よく見るのはランナー、ジャンパーあたりの移動力強化型だ。まあゲーム内でメリハリを利かせるための演出に近い存在でもある。ゲーム内では処理に困るような存在ではないのだが、実際相対してみるとこれが結構厄介なのだ。プロモーション映像でランナーに突き飛ばされていた特殊警備兵や、ジャンパーに頭を越されていくような重装兵を笑えない。まあゲーム内では主人公の振るうサムライソードが片っ端から撫で切りにしていたが。

 こうしてリアルで対処することになって意識していたのが知識の中のゾンビと実際に対面したゾンビとで齟齬を修正することだったのだが、残念ながらその機会はほとんどなかった。何故か。それは偏に特異化のメカニズムにある。

 以前も回想した記憶があるので省くが、普通のゾンビが特異化するのにはある程度時間がかかる。パンデミック初期に一番厄介だったのが動物がゾンビ化した場合だ。

 人に比べて潜伏期間が短く、尚且つ特異化までの時間が短いこともあってパンデミック初期から中期にかけて一番猛威を振るったのが動物ゾンビたちだろう。

 その中には馬もおり、この馬が国内最初の特異覚醒個体であると見られている。トウキョウに戻った主人公が打倒すべき覚醒個体四天王のうち最強と目される馬ゾンビ、アパオシャ。配下の特異個体と戦ったけど相性が悪くて倒せなかったのも懐かしい記憶だ。今ならもう少し楽に倒せるだろう。魔法という便利なのか不便なのか、絶妙に使いにくい能力も多少はマシになったのだ。


「え、私一人ってことはないよね?」

「まあ射手単独っていうのは流石にな」


 あからさまにほっとしている中谷里だが、恐らくお前に相性のいい特異化個体だと思うぞ。中谷里の役割上、耐久力に特化したタイプには効果が薄いかもしれないがそれ以外なら難なく倒せるはずだ。

 今持ってきている武器はクロスボウに小銃と狙撃銃だ。更にまだ検証が足りていないこともあるが魔法も使えるようになっている。本人は強化薬の効果だと思っているが、この辺りは少し細工してみようと思っている。とか。それに気づいて自分で効果を発動させることが出来たら、まあ気付くだろう。

 魔法が使えるようになったでも、不思議なことが起こっているでもいい。ゾンビ化や特異化、特異覚醒個体の詳細を知らせればそれくらいは些細なことだと思うだろう。矢を強化するくらいなら、何だそんなことかと思えるような不思議な構造をしているのがゾンビという生き物なのだから。


「危なくなったら助けてくれる?」

「俺が見捨てたことがあったか?」

「無い、ね」


 にししと笑う中谷里に俺はシカマ演習場のことを思い出し、少しだけ表情をゆがませた。


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