魔王様の憂鬱

一河 吉人

プロローグ



 大地が、空気が、神殿が震えた。



 まぶたを閉じていてなお、目を開けていられぬと感じる程の光が、床一面に描かれた召喚陣から放たれた。


 地下聖堂を吹き飛ばすほどの膨大な魔力のほとばしりは室内を思うままに荒らし回り、華美な調度品や高価な呪具や矮小な人々をなぎ倒し、打ちつけ、弾き飛ばした。


 永遠に続くかと思われた嵐がやがて伽藍を舐め尽くして収まると、人々は恐る恐る顔を上げ――遂にそれを見た。


 魔法陣の中央、祭壇の上に横たわる一人の男。


 この世界では珍しい、黒髪の男。


 誰もが、祈りに等しい確信を抱いた。


 ゆっくりと進み出た大司教が、男の様子を確認し、厳かに告げた。


「勇者召喚の儀は、ここに為された」


 歓声とも怒号ともつかぬ響きが、高い天井を震わせた。


 皆一様に涙し、抱き合い、叫びながら言葉にならない思いを表現した。


 神官も、魔術師も、王も、王子も、近衛騎士も。



 「いよっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!!」



 そして、魔王城の幹部たちも。


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