第41話 愛してるって心は

「ローズ……ローズ・ベルセリア……」


 俺はうわ言のように仰向けで横たわりながら呟く。


リリエが出ていってからずっとローズのことだけを考え続けていたが、未だに胸の高鳴りが収まらない。


 俺は心を落ち着かせようと目を閉じて無をイメージしてみた。


「俺に優しいのは彼女には下心があるから……それかただ優しいだけ。俺に恋とか……世界が滅んでも有り得ない」

「……ぶつぶつ、うるさい」


 いきなり近くで囁かれた声に驚き俺は目を開ける。


 すると、さっきまで眠っていたはずのハイノが四つん這いの体勢でお互いの鼻が触れる距離まで顔を近づけて、不機嫌そうに俺を見つめていた。


「起こしちゃった? ごめんね。今のは独り言。静かにするね」

「……お兄ちゃん」

「お腹でも空いたの? ごめん、さっきのパンと飲み物しかなくて……」

「ちがう。お兄ちゃんもあの日のこと、思い出せない?」


 ハイノの言うあの日。きっとそれは彼女が死んだ日のことだ。


「俺は思い出そうとすると幻覚が見えたり、気分が悪くなる。もしかするとハイノを殺した犯人に何か手を施されていたのかもしれない」

「わたし、気が付いたら土に埋まってたの。だから何も分からない」


 彼女が死んだと気が付いたのは、目が覚めてすぐだ。

 隣で一緒に寝ていたはずのハイノが息をしていなかった。


 そのときの周りの状況は一切覚えていないが、必死に土を掘って彼女の体を埋めた記憶だけが残っている。


 俺が死体を埋めた後の記憶も分からない。きっとショックで動転していたのだろう。


「お兄ちゃんはどう思うの。あの人のこと」


 考え込んでいたタイミングに突拍子のない言葉が俺の耳に聞こえてきた。


「あの人ってローズのこと……? 大切、幸せになってほしい人ってだけ、恋愛感情はないよ」

「それって……わたしよりも大事なの」


 ぐっと彼女の唇が頬に近付く。甘ったるい吐息が顔に当たり、ハイノの魔力を肌で感じた。

 俺と同じ魔力──属性が同じだから一緒の香りがするわけではない。


 何故か俺達は同じ魔力を持っている。その謎を俺が解き明かさなければならない。


 俺はリリエの言葉を思い出す。彼女は俺に「自分の気持ちに素直になれ」と言っていた。



 ああ、怖い。俺はこれから自分の本性に触れることになる。


 恐怖なんて感情は、学園に来てから初めて抱いた感情だ。

 死の恐怖とか未知の恐怖ですら平気だった俺が、他人に拒絶される恐怖でここまで震えが止まらなくなるなんて。



「どっちも、俺にとって大切な人だ。君とローズは俺が責任を取らないといけないから」

「いくじなし」

「……そう言われると思ってた。だから、提案がある。俺に……【催眠ヒプノティズム】をかけてほしい」

「…………!」


 ハイノは何も言わなかったが、目を丸くして驚いた。言ってしまえば、これは自殺行為だ。


 だが、これ以外に方法はない。俺よりもずっと魔力が多いハイノなら、簡単に俺を支配することが出来る。


 そうしたら、俺にかけられている魔法を上書きして記憶を取り戻せるかもしれない。


「〈魔属性〉魔法を使えるのは俺とハイノだけ。俺は俺自身に使えないんだ。だからハイノにやってほしい。お泊り会のときに使ってたよね?」

「でも……そうしたらお兄ちゃんは」

「大丈夫。それともう一つ、【奪回リゲイン】も使って俺達の本当の記憶を取り戻してくれ。」



 ──【奪回】は本人が自覚していない事実だとしても脳が心に反してしまう、つまりは「目覚め」現象が起こる危険な魔法の一種だ。これを俺は利用する。


 そう俺が伝えると、ハイノは強く拒みはじめる。


「危険……駄目だよ。わたしのせいでおかしくなっちゃう……」

「俺は他人から少しおかしいってよく言われるから平気だよ、元から変だから」

「だけど……」

「俺はもう悩みたくない。ただ俺は怖かっただけ……決断するのを恐れてた。でも、だけどさ……ハイノがいるならどうなってもいいって思えたんだ」


 俺は優しくハイノを抱きしめる。彼女の身体は震えていてとても冷たかった。俺の妹の身体は死んでいる。


 今回こそはハイノを守り抜く。もう覚悟は決まっている。


 今の俺では不可能、だから俺の全てをハイノに託す。


「ハイノ、俺の目だけを見て。そして唱えるんだよ、【催眠】そして【奪回】を」

「…………」

「思い出した記憶は必ずセレス君のメモ帳に残して、皆に伝えるんだよ。」



「……好きだよ。いつまでもずっと」

「お兄……ちゃん」

「本当の気持ちは……伝えられるときに伝えないと……ね」


 目を見つめ合い、二人で永遠とも思える時間を過ごす。やがて目の前の景色が歪み世界が灰色になった。


 そっと優しい言葉をかけられたような気がする。身体から力がどんどん抜けていく。


「…………」


 彼女が頬ずりをして耳元で軽く囁いた。しかし、よく聞こえない。代わりに俺の頬に冷たく何かが流れていったことだけが分かった。





「……思い出して。お兄ちゃん。わたしが死んだときの話をして」

「『分かった。俺達が病で倒れたあの日のことだよね』」

「……うん」

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