十九 「ロッカー」 バイトくん
この話は、バイト先の先輩から聞いた話です。
私と先輩の職場はスーパーなのですが、この話は、その先輩が前に働いていた職場での話です。
その職場には開かずのロッカーがありました。
「開かないロッカー」と言ったほうが正しいかもしれません。
ロッカールームの一番奥のロッカーが何らかの原因で開かず、誰も使えない状態になっているのです。
ただ開かないというだけで、怪談話のようなものは全くなく、誰も気にしていませんでした。
ある秋のこと、先輩が仕事終わりに着替えるためロッカールームに向かいました。
ドアを開けると、窓からは西陽が差し、ロッカールームはいつもよりも変な雰囲気に感じたそうです。
そして、一つの違和感にも気がつきました。
開かずのロッカーが開いている。
先輩は、誰かが直したのかな、と思ったそうです。
一度、職場の人たちとどうやったら開くのか色々と試したことがあったそうなのですが、その努力は虚しくぴくりともしなかったロッカーのドアが開いている。
開かずのロッカーは右の壁に置かれていて、右手で開くようになっているので、入り口からは開いたドアだけが見えて、ロッカーの中までは見えませんでした。
先輩は好奇心に負けてロッカーの中を覗こうとしました。もしかしたら、前に使っていた人の持ち物とか、面白そうなものが残っているかもしれない。
おそるおそるロッカーを覗くと、中は空っぽだったそうです。
それどころか、棚やハンガーをかける棒など、本来あるはずの設備すらなく、本当にただのハコのような中身でした。
なんだこれ、先輩はすごく不気味に思って怖くなったそうです。
その時でした。
ドン、と背中を押されてロッカーに押し込められ、バタンとドアまで閉められてしまったのです。
先輩はビックリしましたが、いたずら好きの職員の人の仕業だと思って、笑いながらやめてくださいよ、と声をあげます。
しかし、外からは何の反応も返ってきません。
仕方なく狭いロッカーの中で体を翻して、ドアを開けようと押してみますが、ビクともしません。イタズラにしてはちょっと度が過ぎているだろ、と若干苛立ちを覚えながら、ロッカーの中から「開けてください」と叫びます。
しかし、何の反応もないのです。
ドアを強く叩いたり、蹴ったり、とにかくできるだけのことはしたのですが、全く開く気配がありません。助けを求める声もあげたのですが、本当にロッカールームには誰もいないようでした。
時間が経ち、陽も落ちていき、ロッカールームはどんどん暗く、上部にある隙間から入る光も弱々しくなっていきます。
先輩は声を上げる気力もなくなり、次第に意識が朦朧とし、記憶はそこで途切れました。
目を覚ますと、そこは病院でした。
職場の人がロッカールームで倒れている先輩を発見して、救急搬送されたそうです。
病院曰く熱中症とのことで、看護師さんには夏じゃなくてもなることがあるから気をつけてください、と注意されたそう。
「ロッカーに閉じ込められたのは熱中症が見せた白昼夢だったんでしょうか?」
私が先輩に尋ねると、先輩は後日談を語ってくれました。
あの日以来、あの開かずのロッカーにまつわる怪現象が起きるようになったそうなんです。
なんでも、中からボソボソと声が聞こえたり、ロッカーが揺れているのを見た人がいたり…
それがきっかけで、先輩は仕事を辞めて、今のスーパーに勤めたそうです。
「今、あのロッカーの中にいるのは、なんなんだ?
俺なのか?
俺だとしたら、ここにいる俺はなんなんだ?」
あの時の先輩のなんとも言えない苦しそうな顔が、今でも焼きついています。
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