「この学校、以外と心霊話があるんだね。七不思議の話もいくつかあるんだなあ。」


太川おおかわ先輩が寄せられた怪談をいくつか読み終えて、独り言か僕らに話しかけているのかわからないような感じでボソリと呟く。


太川先輩は、2年の先輩で太り気味、もとい少し恰幅の良い男性だ。もともと怪談好きなのだが、特にトイレの怪談を中心に収集しているというちょっと変わった先輩である。

確かに、学校のトイレといえば怪談の宝庫ではあるが、それを中心に情報収集するというのは、いささか一般の生徒からすると不気味以外の何者でもないだろう。というよりも、同じ会員で怪談好きの僕ですらなぜトイレに執着するのか、若干引き気味なところもある。


「太川くんの好きなトイレの怪談はそこまで多くないね。」


土端つちはた先輩が返答する。

土端先輩は3年で飄々とした感じの掴みどころのない人だ。同好会への出席もそこまで多くなく、たまに現れては若干場を荒らして帰っていく変人だ。

太川先輩への返答も、揶揄が入っているのか、素で言っているのかは判断がつかない。そこまで考えてもいなさそうではある。


「残念ながら、この学校はトイレがとても綺麗だから、ほとんど怪談がないんですよ。やっぱり、湿度とか、ほの暗さみたいな雰囲気が大事なのかなあ。」


確かに、この校舎のトイレはかなり綺麗で、怪談とは無縁に思える。それでも、陽が落ちた後のトイレは不気味さを感じるが。


「そりゃあ、この校舎が建ってからまだ10年も経っていないからな。霊が出るような事故や事件もないし、トイレに霊が出るなんてことないだろ。」


灰島先生が答える。


「この学校ってそんなに新しいんでしたっけ?」


僕はふと、とある疑問が思い浮かぶ。


「ああ、そうだぞ。移築してから今年で丸9年かな。旧校舎はここから離れた場所にあるけど、そっちはかなり築年数経ってるし、旧校舎の時は噂話もかなり多かったな。」


灰島先生が懐かしそうに大袈裟な身振りで上を向き目をつぶる。


「じゃあ、なんで新校舎での怪談も多いんですかね?全体の2〜3割くらいはこの学校の怪談なんですけど。」


「確かにそうね。新校舎で事故や事件なんて起きてないのに、美術室とかグラウンドで見たっていう話もあるし、七不思議まであるわね。」


石上副会長も不思議そうな顔で考えている。

月山会長が少し考えて部員の顔を眺める。


「古寺と隠岐は知ってるだろうけど、1年の3人は、この学校の七不思議、全部知ってるか?」


「七不思議なら聞いたことありますけど、この新校舎での話ですよね?旧校舎の七不思議は聞いたことないですね。」


隠岐先輩はポリポリと頭をかきながら考え込む。


「俺も旧校舎の七不思議も、新校舎の七不思議に基本的には同じだよ。」


「同じ?建物が違うのに同じってどういうことですか?旧校舎の七不思議ってどんなのがあるんですか?」


古寺先輩に、真方が質問をする。

旧校舎の七不思議、確かに僕も興味がある。というか、オカルト同好会員としては知っておいて当たり前なのかもしれないが。


「いや、だからお前らが知ってる七不思議と同じだよ。えーと、トイレの鏡、屋上への階段、体育倉庫、音楽室、美術室、4階の廊下・・・。これで6つか。あとひとつは…」


「七不思議自体だな。」


月山会長が代わりに答える。古寺先輩が無言でうなずく。


「七不思議自体が七不思議ってどういうことですか?」


僕は純粋な疑問を投げかける。真方も体を少し前のめりにして会長の顔を見つめる。


「7つ目だけ、年代によって語られる話がバラバラなんだよ。」


「でも、七不思議って誰が決めるとかじゃないし、年代によって語られている話が違っていてもおかしくないんじゃないですか?」


真方が至極真っ当な意見をおくさずに会長にぶつける。


「七不思議全体として、話がいくつもあるんだったら確かにそうだろうな。実際に、多くの学校で語られている七不思議も、年代によってまちまちだろうし。」


真方は、そらみたことか、と少し勝ち誇った顔をしている。


「でも、うちの場合は違う。6つの七不思議はもう何十年も前から変わっていない。親子でこの学校を卒業した生徒が何人もいたけど、親の世代から七不思議のうち6つは全く同じ話だった。新校舎になった後も6つは何故か同じ七不思議だ。でも、7つ目だけが違うんだよ。」


確かにおかしい。6つの七不思議は、校舎が建て替わっても、何十年も形を変えずに口伝されているのに、最後の7つ目だけは語る年代によって認識がバラバラで、一定のものがない。なぜそんなことが起こるのか、ない頭を捻って考察してみる。


「たとえば、そもそも六不思議しかなくて、「七不思議」というていを保つために、悪意はなくても定期的に創作されている、とかですか?」


おそらくこれが現実的で一番正解に近い答えではないだろうか。


「可能性はあるかもしれないけど、低いだろうな。七不思議と言っても実際にはもっとあるってのがザラにあるんだけど、それがないんだ。1から6つ目の話は必ず同じ。7つ目だけが創作の対象になるってのもおかしな話だろう。それに、7つ目の話は他の年代に広まることも、体験することもないんだ。これが一番理解のできない部分だ。」


「他の年代に広がることはないってどういうことですか?」


「そのままの意味だよ。」


「いや、でも、例えば会長は18歳の3年生ですけど、3年間の在学で、今の20歳から16歳の人たちと在学期間が被りますよね?で、今20歳の人たちと会長が同じ7つ目の七不思議の世代だとすると、今度は20歳の人たちが一緒に在学していた今22歳の人たちも同じ七不思議ってことになりませんか?これじゃ、新しい7つ目の七不思議が生まれるとしても、必ず複数の七不思議が広まる世代があるはずですよね?」


僕は当然の疑問を投げかける。

必ず1年に1回人が入れ替わる学校という制度において、七不思議に切れ目ができるなんてことはありえないはずだ。


「何故か広まらないから七不思議のひとつなんだよ。確かに在学中に複数の7つ目の七不思議を聞くことは当然ある。実際に俺もいくつかの7つ目の七不思議を知っている。でも、それを体験することはないし、この学校を卒業すると、ひとつの「7つ目の七不思議」に収束していく。他の7つ目の七不思議の記憶が薄れていくんだ。完全に覚えていない人もいる。」


「そ、そんなことありえるんですか…?」


にわかには信じがたい話だ。


「この7つ目の七不思議は、誰もがその存在を実感できる、なんだよ。」


身体中の皮膚が冷たくなる。

確かにそうだ。他の6つの七不思議は体験したことがある人の方が少ないはずだ。

しかし、この「7つ目の七不思議だけが一定していない」という七不思議は、変えようがなく事実として確かに存在し、なのだ。


「七不思議」そのものが、「七」という数を変えないために操作しているかのような、そんな気さえしてくる。


「面白いな。旧校舎の七不思議の話、コラムとして文集に載せようか。俺が書くから、石上と古寺は、これまでの「7つ目の七不思議」にどんなものがあったか、一緒に調査してくれないか?」

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