第66話 正直に

 チェリシアが目覚める少し前。

 ペシエラは、父親に呼び出されて村長の家に居た。重苦しい雰囲気を纏う父親を前に、ペシエラは逃げ出したくなっていた。それはまさに“まな板の上の鯉”のような状態だった。

 朝食を終えた後から、父親プラウスから当然のように降ってくる質問の数々。前回では受けた事のなかった攻め句の嵐に、ペシエラのHPはもはや風前の灯だった。

(お父様が、怖すぎるぅぅっ!!)

 バツが悪そうに口をすぼめ、肩を張って縮こまっている。いつ目を回してもおかしくない状態だ。

「失礼致します」

 ペシエラが本当に限界になろうとしていた時、ロゼリアが部屋へとやって来た。

(ロゼリアっ! ナイスタイミング!)

 精神的限界に、ロゼリアが救いの女神に見えた。部屋に入ると、ロゼリアは挨拶をする。

「チェリシアさんはスミレさんが任せて欲しいと言われましたので、お任せしております。ご安心下さい」

 聞かれる前に答えるロゼリア。

「ロゼリア嬢、ちょうど良かった。今、ペシエラからいろいろと話を聞いていたところだ。君からも聞かせてもらえないかな?」

「はい、私でよければ」

 プラウスの顔は笑顔だ。しかし、まとっている空気が怒髪天だ。静かに怒っているのは明白である。

 自分の可愛い娘たちが勝手に子どもだけで王都を抜け、それだけではなく魔物氾濫を鎮圧したのだ。なに危険な事をやってるんだ、それがプラウスの心境というものだろう。

「しかし、君たちはチェリシアとペシエラの見た予知夢を元に、ここに来たと言っていたね?」

 プラウスが確認するようにロゼリアに尋ねる。

「はい、その通りでございます」

 ロゼリアは事前の打ち合わせどおりに答える。ところが、

「それは嘘だな。最初から魔物氾濫の事を知っていたのだろう?」

 プラウスから断言される。ロゼリアは動揺の表情を浮かべる。

「規格外の魔法についてもだ。十歳では魔法に目覚めたばかり、あのような魔法の行使ができるほど技術が固まってはいない。考えれば考えるほどおかしな事だらけだ」

 さすがは不毛の地とも言われる子爵領を運営しているだけの事はある。この頭の回転があるからこそ、暴動も起こさせずに領地運営ができるのだろう。

 しかし、ロゼリアは困った事になって眉がハの字になっている。普段が強気なだけに、なかなか見られた表情ではない。

 ロゼリアとペシエラは、お互いの顔を見る。共に困りきった表情を浮かべ、大きくため息をついた。

「いつまで黙っている。それ程に言えない事なのか?」

 プラウスの追及は厳しくなっている。そのあまりの剣幕に、二人はとうとう観念した。

「お父様。今から話す事は他言無用でお願いしますわ」

 二人で頷き合った後、ペシエラがまずは口を開いた。

 それから二人が話す内容は、とても信じられないような事だった。もちろん、二人はチェリシアの事は黙っておいた。本人に内緒で勝手に喋るわけにはいかないからだ。

「そうか……。二人はそれほどまでの経験をしてきたのか。どうりで話し方や所作に違和感があったはずだが、それなら納得がいく」

 衝撃的な内容すぎて、プラウスの中では消化しきれてないのだろう。表情がすごく複雑だ。

「という事は、ペシエラも魔法が使える状態、というわけだな?」

 ペシエラは黙って頷く。

「なるほど、ペシエラが一度経験していたからこそ、今回の魔物氾濫を予見できたというわけか」

 プラウスは、どうにか理解できたようだ。

「はい。ですが、チェリシアさんの膨大な魔力があったからこそ、どうにかできたわけです。黙って王都から出てきた事へのお叱りはきちんと受けます。ですから、目が覚めたら褒めてあげて下さい。下手に咎めると、落ち込んでしまいそうですから」

 ロゼリアは、必死に訴えた。その様子を見たプラウスは、

「分かった」

 と、短くロゼリアの訴えを受け入れた。

 ちょうどそこへ、

「領主様、失礼致します。スミレです」

 チェリシアの世話をしていたスミレがやって来た。

「どうした、入れ」

「お話のところ、恐れ入ります。チェリシア様が一度目を覚まされました」

 スミレの報告に、プラウスたちは「おおっ」といろめき立つ。

「はい。一応服を着替えられましたが、まだだるい様子でございまして、今は再び眠っておられます」

「そうか……」

 再び眠ったという言葉に、プラウスは椅子に深く寄りかかった。

「ならば、回復するまでもうしばらく頼む。どのみちもうしばらく居るつもりだ。村の事も相談に乗ろう」

「畏まりました。村長をお呼びしてから、チェリシア様のお世話に戻ります」

「ああ、頼む」

 スミレは部屋を出ていった。

「ペシエラの時で一週間だったな……。気長に待つしかあるまい」

 プラウスはしばらく祈るような格好で黙り込むのだった。

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