第56話 チートの魔法の可能性

 夕方、カイスの近くの林にエアリアルボードを着陸させる。どうやらここで野営するようだ。

「出発から五日経つから、そろそろお父様の耳に入ってかも知れませんわね」

 ペシエラがポツリと呟く。

「そうね。私の方も書き置きをしてきたから、もういい加減に騒ぎになってるかもね」

 ロゼリアの方も気になっていた。

「後で怒られるのは間違いないね」

 チェリシアも呑気なものである。

 カイスの村の近辺には畑が広がっている。しかし、生育に適した時期は春の時期にしかなく、雑草の生え広がった荒地となっていた。

 その荒地を見ていたロゼリアは、自分たちの居る野営を囲む結界に目を向ける。そして、再び荒地に目を遣ると何かを思いついたようだ。

「ねえ、チェリシア。あなたがエアリアルボードで使っていた防御壁で、畑を覆う事はできるかしら」

 チェリシアに問い掛ける。

「可能ですね。ドームきゅうじ……じゃなかったコーラル子爵邸くらいの大きさなら余裕です」

 危うく前世の知識で語ってしまうところだった。

「うーん、一般的な魔法使いだと、その大きさは厳しいわね」

 ロゼリアはそう言って、あーだこーだと独り言を始めた。

 その様子を見てチェリシアは首を傾げていたが、ある事を思い出して大声を出す。

「あー、なるほど。ビニールハウス、温室ね」

「な、なんなの、そのビニールハウスって」

 考え事をしていたロゼリアが、声に驚いて目を見開いてチェリシアを見ている。

「はい、ビニールっていう透明な膜を使って外気を遮断して行う栽培方法です。寒い時期に暖房を焚いて中を温めたり、逆に冷やしたりと環境を安定させるための施設なんですよ」

 チェリシアは少し早口で説明する。

「つまりロゼリアは、私の使う防御壁で外気の影響を無くした空間を作ろうというわけね。これなら外が熱波で暑くなっても、中はひんやりなんて事でできるものね」

 チェリシアは完全に理解していた。

「そ、そういう事よ」

 ロゼリアは独り言で悩んでいた内容をあっさり言われて、焦ったように勝ち誇って言う。それを見たチェリシアが、くすくすと笑っている。

「確かに防御壁の魔法を使えば、熱波にも塩害にも影響されない農業環境が作れるでしょうけど、種蒔きから収穫まで維持するなんて事は簡単なんて話じゃないわよ」

 ここまでの魔法の練習の成果では、魔法を展開後に維持できた時間は、せいぜい一日間だった。種蒔きから収穫までとなると、期間にして最長で半年は必要だ。維持するには毎日掛け直しが必要であり、とても現実的な話ではなかった。

「ええ、魔法使いを常駐させる必要があるものね。でも、魔石を使えば可能なんじゃないかしら」

 ロゼリアは一つの結論を出していた。万年筆のインク魔法が、使いっぱなしでも一年保つのだ。魔石によっては、防護魔法が常時発動で数ヶ月保つ可能性だってあるのではないかと。

 ロゼリアの提案に、チェリシアもペシエラも目を見張った。

「あくまで、可能性の一つに過ぎないわ。でも、試してみる価値はあると思うのよ。ちょうど、魔物氾濫で魔石が大量に手に入るわけだし……」

 ロゼリアが悪い顔をしている。まるで悪役令嬢のようだ。

「ロゼリア、別にこっちの領地の事を考えなくてもいいのよ? ただでさえ前回は仲が悪かったわけですし、貴族が他家に肩入れするなんてありない事ですわ」

 チェリシアの陰から、ペシエラが訝しげにロゼリアに尋ねる。しかし、ロゼリアの顔はまったく曇るどころか、

「友人を助けるのは当然よ!」

 満面のしたり顔で言い放ってきた。ペシエラの顔が、「えー、こんな奴だったっけ?」と言わんばかりに歪んでいた。

「あなたが突っぱねてただけでしょうが。ホント、そういうところは変わらないのね」

 ロゼリアがペシエラの態度に、おかしくなって笑い始めた。

「あなたのお節介なところもね!」

 お返しとばかりに、ペシエラも笑いながら言い放つ。

 二人の間でどうしたらいいのか困惑していたチェリシアだったが、とりあえずこの場はつられて笑っておく事にした。

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