第55話 カイスを目指せ
ペシエラの話では、魔物氾濫の起きる場所はカイスの村の外れらしい。村の近くを見回すと、僅かな凹地を確認できた。凹地の周りは村の方向以外は森に囲まれているようだ。夏を迎える前のこの時期の森は、まだ温暖な気候のおかげか緑の葉っぱに覆われていた。
チェリシアは、エアリアルボードを村に向けて進ませる。この速度で進めば、昼過ぎには村に到着できそうだ。
しかし、近付くにつれて、なんとも不穏な空気をバシバシと感じるようになった。
「この感じ……瘴気が集まり始めてますわね」
一度魔物氾濫に出会した事のあるペシエラが反応する。
「そうね。まだ二十日以上あるのに、こんなに強く感じるものなのね」
ロゼリアも反応する。
「でも、魔物が発生する前に瘴気を浄化してしまってはいけないわ」
「どうしてです? 瘴気を浄化してしまえば、魔物氾濫は起きないのでしょう?」
チェリシアが、ロゼリアの言葉に疑問を投げ掛ける。すると、ペシエラがそれに答える。
「お姉様、魔石は魔物から採取できますのよ? 魔物になる前の瘴気の段階では、魔石を採る事ができませんわ。歯痒いですが、魔物氾濫は発生させなければなりません」
そう、理由は単純だった。
魔物は瘴気から形成される。そして、魔物には魔石がある。その事から、瘴気が魔石化して、それから魔物になるという風に考えられているのだ。
ただ、瘴気が魔石化する瞬間を目撃した者はごくごく少数で、魔石化の仕組みは分かっていない。それ故に、瘴気が魔物となるまで待たねばならなかった。
本来なら馬車で二十日間かかる道程を、最短距離で高速移動してたったの五日間で移動してしまった。そのために、魔物氾濫が発生するまでの間、カイス村の近隣に身を潜める事となった。
その頃、自領を視察して回っているプラウスは、シェリアの邸宅に居た。塩と海産物の流通の拠点であるために、どうしてもこの地に滞在せざるを得なかったのだ。
「うむ。焼き魚に煮魚、干物と海産物のおかげで客足が伸びているな。あの子たちに感謝せざるを得ないな」
領地経営は火の車だったコーラル子爵領。土地が広大な上に、主だった産業が無かったからだ。
それが数年前に塩の精製と漁業という新たな産業が起こり、沿岸地域を中心に見違えるようになったのだ。
ただ、内陸部は依然厳しい状況だ。まともなのは春の季節だけ。それ以外は自然の猛威に晒され、まともな産業はおろか、生活すら厳しかった。
しかし、貴族の悲しさか、それでも内陸の地を捨て置く事ができず、それがコーラル子爵領の赤字経営の主たる原因となっていたのだ。
プラウスが収支報告書を眺めていると、使用人が一人、ノックもせずに執務室に飛び込んできた。
「プラウス様、失礼致します!」
「どうした、騒々しい」
プラウスは、使用人を睨むように見る。使用人は一瞬震えはしたが、ひと呼吸して直立する。
「お忙しいところ、まことに申し訳ございません。王都の屋敷から早馬がやって参りまして、こちらを至急プラウス様にお渡しするようにと」
使用人は手に持った手紙を差し出す。
中身を確認したプラウスは、驚きのあまり、声が出なかった。
『私用で、カイスの村まで出掛けてきます。
チェリシア、ペシエラ』
手紙にはチェリシアの字でそう書かれていた。これは、チェリシアとペシエラの両方の部屋に残されていたそうだ。
だが、不思議な事に、早馬が途中でチェリシアたちを見かけたという報告が無かった。二人はまだ幼い子どもだ。街道を外れて移動する事など想像できない。プラウスは居ても立ってもいられなくなった。
「馬を用意しろ。カイスに向かう!」
「はっ、承知しました」
プラウスの荒げた声に驚いた使用人は、慌てて部屋を出ていった。
「まったく、子どもだと思って自由にさせていたが、まったく何を考えているのだ」
プラウスは娘たちの予想外の行動に怒りを滲ませつつも、無事かどうか心配になって大きくため息をついた。
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