第53話 規格外お嬢様
未開の森と街道の中間地点ほどで、ロゼリアは野営の設置を終え、チェリシアたちの帰りを待っている。
「遅いわね。あの二人の魔法なら無事だと思うのだけど……」
ロゼリアは、暇を持て余して魔法の練習をしている。チェリシアにあれだけ規格外の魔法を見せられたせいで、少しでも上達したいと思ったからだ。とはいえ、十歳で天幕を三張り分、魔法で組み立てられる者も居ないのだが……。
しばらくすると、チェリシアとペシエラが戻ってきた。
「ただいま〜」
「ただいま戻りましたわ」
意外と二人揃って笑顔だった。
「おかえりなさい。その顔だと、チェリシアは魔物の討伐ができたみたいね」
「はい」
ロゼリアが言えば、チェリシアは秒で返事をする。
「あまり多くは狩りませんでしたが、最後はもう虫を叩き潰すような感じでしたわ。吹っ切れた人間って怖いですわね」
「ははは……」
ペシエラが呆れて様子を語れば、チェリシアは苦笑いを浮かべた。
「で、成果はどうだったの?」
ロゼリアが尋ねると、チェリシアとペシエラはお互いを見て頷く。そして、無言のまま、討伐した魔物の素材を収納魔法から取り出した。
高く積まれたのはコボルトの素材。それとコボルトを探している間に、たまたま襲い掛かってきた魔物の素材である。通常の十歳が倒せるようなものではないので、ロゼリアは絶句していた。七歳は言わずもがな。
「お姉様ったら、コボルトの毛皮に興味を示しましてね。それで毛皮まで持ち帰って来たのですわ」
大量にあるコボルトの毛皮の説明をするペシエラ。
ロゼリアは、ごわごわしたコボルトの毛皮を見る。正直、何に使えるのかまったく分からない。
すると、チェリシアが突然一枚の毛皮を、毛が上になるようにして地面に広げた。そして、毛皮の上に立って足を前後左右に動かしていた。
「な、何をしてるの?」
ロゼリアが驚く。
「こうやって、玄関に置いて泥落としにするんです。そうすれば屋敷の中の汚れは格段に減りますよ」
十歳のチェリシアの体重は軽いからなのか、コボルトの毛皮にまったく沈み込んでいない。これほどの重さに耐えるのだから、なるほどコボルトが打撃に強いはずである。
チェリシアが退いた後の毛皮を見ると、未開の森でたっぷりつけてきた泥が、しっかりと毛皮に残されていた。靴の裏はすっかり泥汚れが落ちていたのである。
「コボルトの毛皮は、ブラシにも使えそうなくらいのしっかりとしたものよ。ロゼリア、商会の新商品にできると思わない?」
チェリシアの目が輝いている。うん、怖いくらいに輝いている。
「ええ、そうね……。考えおくわ」
勢いに押されたロゼリアは、前向きに検討するような返事をするのだった。
これ以外にも、チェリシアがすっかり魔物の討伐に慣れてしまって、解体も手際が良かったという事をロゼリアに伝える。ロゼリアは、頭を抱えた。
その後は天幕のひと張りを使って、チェリシアが簡易のシャワーを作る。天井から温水が吹き出し、地面に落ちた水はさっさと地面に染み込む。この光景に、ロゼリアとペシエラはあんぐりと口を開けていた。
シャワーを浴びて服を着替えると、チェリシアは着ていた服や下着を全部水魔法で洗って、風魔法でさっさと乾かしてしまった。
「さすがは異世界から来ただけの事はあるわね。この世界の常識が通用しないわ」
「まったくですわね」
二人は天幕の前で、チェリシアの行動の数々を見守る事しかできなかった。
こうして、王都を発ってから二日目が終わろうとしていた。
この時、王都のそれぞれの屋敷では、いつまで経っても部屋から出てこない三人の事を心配し、使用人たちが騒ぎ始めていた。ところが、三人はそんな事も露知らず、王都から離れた土地の満天の星の下でぐっすりと熟睡しているのだった。
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