第52話 コボルトの素材

 風魔法と水魔法でサクサクと解体をするペシエラの横で、チェリシアは口を押さえて目を背けている。前世で魚の三枚おろしをした事がある。しかし、さっきまで目の前で生きていた魔物の解体は、やはりわけが違う。チェリシアが後ろで震えているが、ペシエラは気にせず解体を続ける。

 コボルトは牙と爪、それに魔石くらいしか価値はない。ウルフとは違い、毛皮は質が悪すぎるのだ。そのために、解体にかかった時間はわずかだった。

 毛皮を捨てようとするペシエラだったが、チェリシアがおそるおそる、コボルトの毛皮に手を伸ばす。

 コボルトの毛皮は、毛が硬くてごわごわしている。しかも毛足が短い。

 コボルトの毛皮の不思議な感触に、チェリシアはしばらく手を止めなかった。

「お姉様?」

 ペシエラが気になって声を掛ける。すると、チェリシアは驚いて目を白黒させている。

「えっ、えっと、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも。魔物の死骸を見て気分悪そうにしていたのに、突然無心に毛皮を触っているから不思議に思っただけですわ」

「あっ、そっか……」

 さっきまでビビりまくっていたのだから、当然それは不思議に映るだろう。

 だが、それよりも不思議なのは、ロゼリア含め三人とも普段着のドレス姿という点だろう。明らかに場違いな姿の二人が、森の中でコボルトの解体をしているのだから、人が見れば二度見する事請け合いだ。

 そんな状況だという事など露知らず、二人は解体済みのコボルトの前で佇んでいる。

「お姉様、コボルトの毛皮を熱心に触ってられますが、どうされたのです?」

「んー、この毛足の長さと硬さ。ブラシに使えそう」

 ペシエラに尋ねられても、チェリシアはぶつくさと何か呟いている。

「もう、早くして下さいません? このまま放置すると瘴気が発生して、森に影響が出ますわ」

 魔物の死骸は普通の動物のように腐っていく。ただ、その時に瘴気をばら撒くのだ。そうすると空気を介して広範囲に汚染が広まってしまう。なので、早めに燃やすなどして地中に埋める事が常識となっている。そのため、ペシエラは口調が強くなっているのだ。

 ところが、チェリシアはまったくお構いなしに、コボルトの毛皮をカワハギの皮を剥くように、魔法でべろんと剥がしてしまった。さっきまで青ざめていた少女とは思えない行動だった。

「お姉様?!」

 ペシエラが混乱している。

「あはは……。いや、落ち着いちゃえば、魚を捌いているのと変わらないなって思っちゃって。とりあえず毛皮を浄化っと」

 チェリシアの手が輝いて、毛皮にまとわりつく黒いモヤが一瞬で消えた。

「殺すのは抵抗がまだあるけど、解体はできそうよ」

 チェリシアは苦笑いをしている。その様子に、ペシエラはどう反応していいのか分からなくなってしまっていた。

「まっ、気が済んだなら始末しますわよ」

 ペシエラはそう言って、コボルトの死体を焼き払った。七歳でありながら、繊細な魔法の使い方をしており、逆行前と比べても大人びた感じである。……見た目は幼女だが。

「それじゃ、解体した素材は収納しておくね」

 チェリシアは、コボルトの牙と爪と魔石と毛皮を収納魔法にしまい込んだ。

「お姉様、コボルトの毛皮に何か見出したのですか?」

「ええ。確かに手触りが良くないので、服や絨毯には向かないわね。でも、毛並みを整えるブラシとか靴の裏の汚れ取りとかには使えそうかなって思ったのよ」

 チェリシアの着眼点に、ペシエラは口を開けて驚いた。そして、

「さすがお姉様ですわ。となれば討伐に慣れるついでに、毛皮を集めてしまいましょう」

 すごく張り切り出した。

「ええ、そうね。早くこっちの世界に慣れなきゃね、私……」

 チェリシアは苦笑いをしていた。

「さすがに狩り過ぎてしまいますと冒険者の方々が困りますから、五匹くらいでやめておきましょう」

「あっ、やっぱり殲滅とかダメなんだ」

「当たり前です。魔物は時間が経てば増えますけど、瘴気が形成する魔物には偏りがあります。なので、一種類を狩り過ぎると一時的に居なくなってしまいます。そうなると、その素材で生計を立てている方に迷惑が掛かりますわ」

 この世界では、いわゆる時間経過によるランダム湧きという魔物の発生パターンらしい。瘴気や魔物が発生する理由は解明されていないが、魔物が瘴気から発生する事は、基本知識として広まっていた。

「でも、時間経過で発生するなら、絶滅の可能性は低いのね」

「そうですわね。瘴気が無くならない限りは湧き続けますわ」

 魔物の謎は多い。しかし、もはや自然現象のように「そんなものだ」という感じに、当たり前のものとして定着している。

「ほら、お姉様。行きますわよ」

「はーい」

 チェリシアは考えるのをやめ、魔物討伐に慣れる事にしたのだった。

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