第36話 王族の破壊力

「どうした、シルヴァノ。申してみい」

 まごまごと体を小刻みに動かすシルヴァノ殿下。女王陛下にそう声を掛けられて、ビクッと体を震わせる。そして、少し戸惑った後、おそろおそる口を開いた。

「あの……、僕もあのジャムなる物を食べてみたいのですが……」

 ここまで一度も言葉を発した事のないシルヴァノ殿下が、希望を述べた。これにはロゼリアたちは驚いた。

(シルヴァノ殿下が喋ってる。この歳の殿下、可愛いわ)

 ロゼリアはなぜか感動に震えた。

 これは隣のチェリシアも同じだ。ゲームでしか見た事のキャラクターが、実際に目の前で動いているだけでなく、喋ったのだ。それはもう尊死レベルの出来事だ。

 唯一冷めていたのはペシエラだった。まあ、前回では王国滅亡の原因の片割れだったので、冷静になったのだろう。

 シルヴァノ殿下が希望を出したので、女王陛下は味見をしている料理人に声を掛ける。

「料理長。どうだ、そのジャムとやらの感想は」

 どうやら王宮の料理長らしい。その料理長の表情は驚きに満ちている。

「甘みはかなり強いですが、ほのかな酸味があります。材料は果物と砂糖のみですな。それ以外の味は感じませぬ。赤い方はいちご、黄色い方はオレンジで、その味がしっかりと残っております。これは、なかなか興味深いですぞ」

 料理長の目が輝いていた。料理人にとって、未知の食材は探究心がくすぐられるのだろう。

「先程も申しましたが、味が濃いので素っ気ない味の食材との組み合わせがよいでしょう」

 料理長の発言は、チェリシアがジャム作りの際にロゼリアたちに話していた内容と重なる。さすが王家の食卓を預かる者といったところだ。

「そうか、下がってよいぞ」

「はっ。でしたら、早速このジャムの瓶を頂いてよろしいでしょうか。料理人として、この食材の活用を試してみたく存じます」

「それならば、そちらの娘たちに聞くとよい。そのジャムとやらは、その娘たちからの献上品だからな」

 料理長は、女王陛下とロゼリアたちの顔を交互に見る。

「おお、君たちがこのジャムを?! 以前の酢やソースもだったが、素晴らしい。私の料理はまだ未完成だったのだなと、世界の広さを痛感した。感謝する」

 料理長はすごく上機嫌だ。

「そ、それはよろしかったです。どうぞひと瓶ずつお持ち下さい。ただ、アクアマリン領との交渉は始めたばかりですので、量産の目処はついておりません事をご了承下さいませ」

 ロゼリアが少し引き攣りながら、笑顔で答える。すると、料理長は涙を流しながら、ジャムの小瓶を一つずつ抱えると、一礼して庭園から退出した。

 少し置いて落ち着いたところで、

「では、殿下。こちらをお使い下さい」

 ロゼリアが、いちごとオレンジのジャムの小瓶をシアンに渡し、シルヴァノ殿下の前まで運ばせた。

「失礼致します」

 シアンはそう言って深く頭を下げ、シルヴァノ殿下の前に小瓶を置く。

「ありがとう」

 シルヴァノ殿下は、笑顔で礼を言った。その様子はチェリシアにクリティカルヒットし、身悶えしている。すぐさまロゼリアが、脇腹に肘鉄を食らわせる。

「そこの侍女、ちょっと待つがよい」

 ロゼリアたちの寸劇と同時に、シルヴァノ殿下から離れようとしたシアンに、女王陛下が声を掛けた。

「恐れ入ります、女王陛下。私めに何かございましたでしょうか」

 シアンは反応する。

「そなた、確かアクアマリン子爵の前領主の娘ではなかったかな?」

 どうやら、女王陛下はアクアマリン子爵家の事情を知っているようだ。

「はい、アクアマリン子爵家の現領主の妹にあたります、シアンと申します。現在はマゼンダ侯爵家ロゼリア様の専属侍女を務めております」

 シアンは正直に答える。

「ならば、このジャムなる物の話も、アクアマリン子爵の耳に届いておるか?」

「はい。ロゼリア様の命を受け、その上で侯爵様の許可を得て、兄の元に信書を送りましたので、存じ上げておりますかと」

 女王陛下の問いに、シアンはスラスラと答えた。すると、この答えを聞いた女王陛下は、何かを考え始める。そして、ジャムをクッキーに乗せて頬張るシルヴァノ殿下を見て、女王陛下は何かを決断したようだ。

「よし。ならば、アクアマリン領とマゼンダ領を直接繋ぐ街道の整備をしようではないか。今は王都を経由してかなりの回り道だ。間にある川は確かに問題だが、解決策はあろう」

 女王陛下はすぐさま何かをしたためると、そばに居た使用人に預ける。

「国王陛下に直ぐに届け、各所で相談するように指示を出せ。急ぐのだ」

「はっ、直ちに!」

 こうして、使用人は慌ただしく庭園を出ていった。

「ふふっ、そなたらは実に面白い。ますます我が手元に欲しくなるぞ」

 女王陛下の笑顔が怖い。

「はいっ、僕ももっと仲良くなりたいです」

「ほほう、シルヴァノも気に入ったか。という事だ。何か新しい物ができたら、その都度妾に献上致せ、よいな?」

「は、はい。畏まりました……」

 シルヴァノ殿下の屈託ない笑顔と、女王陛下の怪しい笑顔に、ロゼリアたちはどうしても嫌とは言えなかった。

 心休まらない茶会ではあったものの、アクアマリン領とマゼンダ領の直通街道が整備される運びとなったので、それなりに収穫はあったようである。

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