第33話 ロゼリアの憂鬱

 チェリシアたちの作った料理は、実に好評だった。そのため、王室の料理として週に一度振る舞われるほか、夜会の料理にも採用される事になった。

「……はぁ、思い切り肝を冷やしたぞ。事前に相談してほしかったぞ、ロゼリア」

 ヴァミリオは献上の席の帰りに、ロゼリアにそう愚痴を言う。だが、ロゼリアは困ったような余裕の表情で、

「だって、相談したら許して下さらないではありませんか」

 バッサリと返した。これにはヴァミリオも言葉を失った。

 すました顔のロゼリアだが、無事に料理を振る舞えて内心安堵していた。事前に何度も調理して食べているので、味には自信があったし、直前にも毒味はきちんとしていた。だが、生物ゆえに、もしが怖かったのだ。

 結果からすれば杞憂だった。すべてが順調に終わり、商会の商品を王家に売り込む事ができた。

 だが、女王陛下からお茶会の誘いが来たのは予想外だった。この一年間、まったく何もなかったのだから、本当に想定の範囲外の出来事である。これはチェリシア、ペシエラの二人にも届いており、ロゼリアはこれがシルヴァノ王子の婚約者の選定の場であると察していた。指定された日時は二日後の午後。さすがに急な手配であろう事が読み取れる。

 そこで、ロゼリアはヴァミリオに掛け合って、翌日商会でチェリシアやペシエラに会えるように手配するように頼んだ。可愛い娘の頼みを断れる父親は居らず、こうして、翌日商会に出向く事が決まった。

 そして、その夜。

「はぁ……、子どもだというのに心休まる時がありませんわ。前回の時は本当にわがままで、お父様や家族、使用人たちによく迷惑を掛けていましたっけ」

 部屋に戻ったロゼリアは、疲れた表情で部屋の天井を見上げていた。

 それも仕方のない事だろう。自分には時間が巻き戻った時に持ち越した能力がある。それ以外にも、異世界からの転生者である今のチェリシア、自分と同じように時を遡ってきた元チェリシアのペシエラ。それらの存在で、前回とは違いすぎる今を生きているからだ。

 自分を破滅させたチェリシアと仲良くしようとした結果が、転生者による入れ知恵による開発の日々。新鮮ではあるものの、驚きと混乱で戸惑ってもいた。

「これで本当に、かつて経験した未来を変えられるのかしら……」

 ベッドで転がりながら、ロゼリアは不安になる。だが、

「ううん、変えなきゃいけない。ペシエラの話じゃ、あの後王国は滅亡しているわけだし、それは避けなければならないわ」

 なんだかんだ言いつつも、ロゼリアはこの国が好きなのだ。その国が無くなるのだけはどうしても避けたいし、幸せな未来を迎えたいと考えている。

 体を起こしたロゼリアは、以前チェリシアから貰い、ペシエラにも見せた例のシナリオが書かれた紙の束を手に取る。

(このシナリオも気になりますわ。これの通りならヒロインと悪役令嬢として敵対する私たちが、今は仲良くしているものね。どんな想定外の事が起きるか、まったく分かりませんものね……)

 シナリオに目を通しながら、あらゆる可能性を探るロゼリア。

 死亡フラグや破滅フラグを回避しつつ、目の前の想定外の出来事にも対処する。なかなか骨の折れる作業である。

「当面はシルヴァノ殿下との関係はそこそこを保ちつつ、コーラル家を伯爵に陞爵させる事かしら。十三歳で学園に入れば、嫌でも対応しなくてはいけませんし、かといって、心象を悪くしておくとそれこそ危険だものね」

 シナリオを再び机の棚に戻すと、ロゼリアはため息をひとつついて、ベッドへと入る。

(ともかく、明後日のお茶会をなんとか無難にこなしましょう。明日はそのための作戦会議なのですから、もう休みませんとね)

 さすがに眠くなっていたのか、ベッドの中でロゼリアは大きくあくびをする。

(必ず、あの時を越えてみせますわ)

 強い決意を胸に、ロゼリアは眠りにつくのだった。

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