第12話 帰宅
あの後、驚きのあまり、ロゼリアもチェリシアも食事の味を覚えていなかった。マゼンダ侯爵とコーラル子爵も同様で、二人揃って突然の事に頭を抱えていた。
ちなみに、ロゼリアが魔法を使えた事を、国王陛下は追及してこなかった。というのも、魔法は突然発露するので、理由を聞く意味が無いからだった。
「明日には王宮に再び向かい、コーラル子爵領に向かわねばならん。ロゼリア、お前も当然同行だ」
「はい、お父様」
ロゼリアは、八歳とは思えぬ凛とした態度で返事をした。
しかし、内心はとても慌てふためいている。それもそうだろう。死に戻りの原因となる断罪を行ったのがシルヴァノ王子の婚約者候補にされたからだ。しかも、友人として仲良くなったチェリシアと同時にだ。これによって、チェリシアはロゼリアにとって友人でありライバルという事になったのだから。
屋敷に戻り、父親の姿が見えなくなったところで、ロゼリアは盛大にため息をついた。
部屋に戻ったロゼリアは、シアンを呼び出す。
「何をいたしましょう、お嬢様」
すっと登場したシアンに、ロゼリアは王宮であった事を話す。すると、
「随分急なお話でございますね。では、すぐに支度致します」
そうだけ言って部屋を出ていった。
(荷物の手配はシアンに任せておけば大丈夫でしょう。それよりも、私にはする事があるわ)
それは、今日の会談を前にチェリシアから受け取った乙女ゲームの情報。攻略対象の人数は六人。それぞれでマルチエンディングを迎えるとあって、そのメモは分厚い本一冊分にものぼった。
ロゼリアは、その一枚一枚を確認する。とはいえ、明日の朝には王宮に向かわねばならないので、時間は掛けられなかった。
(あら、シルヴァノ殿下以外には、宰相様の息子やお兄様も居ますのね)
ロゼリアは、断罪の時の事を思い出す。
あの時は自分を助けてくれる者など、誰一人居なかった。その上、家族全員が死罪となっていたが、実は一人だけ逃れた者が居た。それがロゼリアの兄、カーマイル・マゼンダだった。つまり、兄は自分が助かる代わりに、ロゼリアを売ったのだ。
(自分が嵌められた代わりに、死に戻った今回は逆に罠に嵌めてやりたいとこだけど……)
ロゼリアはそう思いながら天井を仰ぐ。
「今はまだ拗れる前。やはり私には復讐なんて無理だわ」
乙女ゲームでは、ヒロインであるチェリシアを虐め倒す役割にあるロゼリアだったが、簡単に流れを確認すると、傍若無人に振る舞うチェリシアの行動が原因であった事が読み取れた。
「……このストーリーを考えた人は何を考えているのかしら。よほど徹底的に嫌わなければ、こんな扱いなんてできないわよ?」
ロゼリアは、ゲームでの自分の扱いに頭を抱えた。だが、死に戻り前は、このシナリオのようにチェリシアに対してきつく当たっていた。その結果が断罪による即刻処刑だ。
だが、これにはいろいろと不可解な点が多い。証拠の照らし合わせもなく、裁判すら無く、しかも一家まとめて死罪。いくらカーマイルの協力があったにせよ、あまりにも短絡的だった。
チェリシアから渡されたゲームシナリオと照らし合わせた事で、より疑念が深まった。
(私たち侯爵家を排除しようという、そういった陰謀があるって事かしらね)
ある程度考えがまとまったところで、部屋の扉がノックされる。外から聞こえてきた声はシアンのものだった。
「お嬢様、お持ちする荷物の準備が整いました。食事の前にご確認をお願い致します」
「ええ、すぐに行くわ」
ロゼリアは部屋を出て、シアンと一緒に荷物を確認する。あとは鞄に詰め込めば完了だ。
「お嬢様、詰め込みは私がしておきますので、夕食の席に向かって下さい」
「分かったわ。シアン、ありがとう」
「お嬢様、本当に八歳でございますか?」
あまりに堂々とした態度と言葉遣いに、シアンはつい口にしてしまう。
「ええ、八歳よ。間違いなく……ね」
ロゼリアは微笑みながら、小走りに荷物部屋から出ていった。
部屋に残されたシアンは、ポツリと呟く。
「お嬢様。このシアン、必ずやお嬢様を守り通します」
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