第9話 親子の会話

 ロゼリアはすぐに父親へと連絡を入れる。チェリシアから聞いた、海水から塩を作り出す方法を実行するためだ。

 この世界の塩は、基本的に岩塩である。岩塩は取れる場所が限られるため、塩すらも高価なものとなっていた。

 だが、海水から塩を精製できるとなれば、塩は一気に食卓に普及する事になるのだ。

 そして、ロゼリアは父ヴァミリオとの食事の席についた。

「ロゼリア、手紙で聞いたが、海水から塩が採れるというのは本当か?」

 ヴァミリオからの第一声はそれだった。

「はい。コーラル子爵令嬢のチェリシアから聞きましたが、海水を舐めた時の味が岩塩のそれと似通っているとの事です」

 ロゼリアは、チェリシアが転生者で、前世の知識で知っている事はひとまず伏せて話をする。話したところで信じられないだろうし、話題が逸れる可能性があるからだ。

「私は彼女の話に興味を持ちましたので、お父様に魔法使いの派遣をお願いしたいと思います」

「ふむ……。塩の成分だけを海水から抜き取る……か。それは実に興味深い話だな」

「はい。まだ魔法が使えないですが、話を聞いてとても興味を持ちました。魔法学の理論から言えば不可能ではないかと思います」

 父親の感想に、ロゼリアは更に意見を述べる。だが、この意見に父親が反応する。

「ロゼリア、お前はいつ魔法学を学んだのだ? 家庭教師にも教わっていないだろう?」

 父親の言葉に、ロゼリアはうっかりしていた事に気付いた。魔法学の理論を学んだのは、魔法が使えるようになった十一歳以降の事。この時点では知る由も無い。そこで、

「チェリシア嬢からお話を聞いてから、書庫で勉強致しましたの」

 おほほと笑いながらごまかすロゼリア。それでもなお、父親からは怪訝な表情を向けられており、ロゼリアは内心焦っている。

(参ったわね。未来から逆行してきたなんて言えるはずもありませんし。どうごまかしたものかしら……)

 ロゼリアの作り笑いに何か感じたのか、父親はため息をつく。

「……本当にロゼリアは嘘が下手だな。まあいい、理由はどうあれ知識がある事は問題ない」

 ここで父親が目を逸らしたのだが、その間にロゼリアが露骨に安心した動作を取る。それはしっかり父親に見られていたのだが、父親は気にしないで話を続ける。

「行軍中に飲み水を確保する方法として、不純物を魔法で取り除くという事は行われている。それを応用しようというわけだな?」

 焦った顔で素早く何度も頷くロゼリア。父親はまたため息をつく。

「分かった。その知識をどこで手に入れたかは知らんが、試してみる価値はある。……今度、コーラル子爵と話をする事にする。お前も同席しなさい」

「はい!」

 ロゼリアは素直に喜んだ。しかし、次の言葉で一気に気分が沈む事になった。

「その席には、宰相殿はもちろんだが、シルヴァノ殿下にもご同席をいただく」

「えっ……」

 ロゼリアは、つい驚きを口に出してしまった。

「なんだ、何か言ったか?」

「い、いえ。なんでもありませんわ」

 ロゼリアの心中は複雑だった。チェリシアと仲良くなっていろいろと策を講じれるのはいいのだが、シルヴァノ殿下に関しては、最期の断罪が頭にこびりついていて苦手になっていたのだ。

 しかし、八歳という子どもの立場では、父親の言う事には逆らえなかった。それというのも、この塩の精製が王国にもたらす影響というものがどれほどのものなのか、この時点では予想だにできない事だからだ。

 なんとなく息苦しい空気となった父親との食事の席を終えたロゼリアは、自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。

「シルヴァノ殿下と宰相様がいらっしゃるなら、塩の精製だけではなく、他の提案もできるようにしておくべきかしらね」

 ちらりと机の上を見る。そこにはチェリシアにも渡した、前回の自分の死ぬまでの記録を書いたメモが置いてある。さすがに死のショックが大き過ぎて、ところどころ曖昧な部分はある。それでも、これからの自分の行動を考える上での指針になる。ロゼリアは体を起こして、机の上のメモを取りに行く。

 メモを見返したロゼリアは、

「二つ目の山場ね。必ず成功させるわ」

 メモを抱きしめて、強く決意するのだった。

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