第7話 コーラル子爵領

 コーラル子爵領、そこは四方のうち北と西を山に、東と南を海に囲まれた土地で、南西方向に王都への街道が伸びている。

 ある時は海側から熱く湿った風が、またある時は山を越えて冷たく乾いた風が吹き荒び、あらゆる産業が安定しない不毛の土地となっていた。

 コーラル子爵もこの事態に手をこまねいているわけではない。領地経営の基盤を安定させるべく手は打っているものの、どれもこれも成果を出せずにいた。

 転生した魂の宿るチェリシアも、ロゼリアと出会った事で領地の改革に本腰を入れる事になった。

 まずは王都で芋とトマトを購入。それを使って小規模ながら菜園を作る事になった。

 まずは使用人に頼み、トマトを植えるための桶と芋を植えるための木箱を作成。底に少し粒の大きな石を敷き詰め、その上に小石、そして落ち葉や枯れ草などを混ぜた土をかぶせた。

「これで下準備は完了です」

 使用人が見守る中、地面ではなく木の器にトマトの種と半分に切った芋を植える。使用人たちは「お嬢様の気が触れた」だの「お嬢様が奇行に走ってる」だの、酷い言種である。実に不敬なのだが、チェリシアは気にも留めなかった。

 いくら前世での記憶があるからといっても、ここでは初体験なので、チェリシアには不安がある。だが、領地のためには頑張らざるを得ないのだ。いくら罵倒されようが、やっと踏み出した一歩を止めるわけにはいかない。

(お父様の領地は少し見て回った事があるけれど、土地自体はとても肥沃なのよね。雑草は普通に生い茂っているし。でも、いざ作物を作ろうとすると、気候が邪魔をしてうまくいかなかった)

 チェリシアは、前世を思い出す前の体験を思い出していた。父親であるプラウス・コーラル子爵が領地視察に出向いた際に、それについて行った事があったのだ。だが、当時はまだ六歳ではあったために、メイドに手を引かれてのものだったのだが。

 そこでチェリシアが目にしたものは、塩害に晒されて全滅した小麦の畑。海岸付近では海からの風が強く、塩を含んだ風に土壌が侵食されてしまっていたのだ。

 この年に限っては、逆の山側も酷いものだった。さすがに塩害は起きなかったが、海から吹き込んだ熱を帯びた風が、山を越えてきた風とぶつかってその場に留まり、想像以上の暑さとなって作物は立ち枯れを起こした。

(育てる作物の種類を増やす事もそうだけど、地形によって起こる異常気象を抑え込む事も重要よね。……この世界には魔法があるけれど、私の領地には魔法使いが居ない。私が覚醒するまで持つかどうかすら怪しいわ)

 ゲームでは無事に能力が覚醒して、領地や学園でチート無双するヒロインだが、ここは現実。そううまくいくかどうかは分からない。だからこそ、見た目八歳とはいえ焦りすら覚えた。本当に、この状況でよく領地経営が回っていると思う。

 チェリシアは領地改善の一歩として、海水から塩を生産する方法も考えていた。そこで、チェリシアはロゼリアに相談する事を決めた。もちろんただでとは言わない。見返りを用意する事も忘れない。前世で長く生きていた経験があるからこそである。

 そして、ロゼリアに向けて先触れを出したチェリシアは、身支度を済ませるとすぐにマゼンダ侯爵邸を訪れたのだった。

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