第6話 マゼンダ侯爵

 ロゼリアとチェリシアが茶会を楽しんでいる頃、ロゼリアの父、ヴァミリオ・マゼンダは執務室で書類と戦っていた。領地からの陳情書が後を絶たないのだ。

 侯爵領は王都からほど近い場所にあり、その上交通の要所でここから各地へと街道が分岐している。そのために、住民からの要望や相談は多く、その結果、時々山積みの書類となってしまうのだった。

「まったく、どうしてこうも陳情として送ってくるのか。私が出る幕もないものまであるではないか」

 半ば悩み相談な陳情まであって、マゼンダ侯爵はため息をつく。

 そこに、扉を叩く音が響く。

「シアンか、入れ」

「失礼致します」

 扉を開けて入ってきたのは、ロゼリア付きの侍女のシアンだった。

「扉を叩く音だけでお分かりになるとは、さすが旦那様ですね」

「世辞はいい。この時間に私のところに来るとは、何があった?」

 無表情でお互いに言葉を放つ。ヴァミリオの質問に、シアンは答える。

「はい、お嬢様の事でございます」

 ヴァミリオの眉がピクリと動く。

「娘がどうかしたのか?」

「……最近、以前とはすっかりお変わりになって、勉学にまじめに取り組んでおられます。それと、どことなく年相応に見えない態度を取る事が増えたと思います」

「勉学に打ち込む事は良い事だ。それと、年相応に見えないとはどういう事だ?」

 シアンの言い分に、ヴァミリオは顔をしかめて問いただす。

「はい、まずわがままの質が変わったように思います。以前は自分本位のわがままでしたが、最近の分は意図が分かりかねます」

 小さい頃からロゼリアを見てきたシアンが分からないと言う。それがどれだけ不可解な事か、ヴァミリオにはすぐ分かった。

「それから、やけにチェリシア様、コーラル子爵令嬢と親しくされています。本日も訪問されてまして、一緒に家庭教師の指導を受けておられました」

 続けての報告に、ヴァミリオは耳と眉がピクリと動く。

「コーラル子爵家か。なるほど、ロゼリアは面白いところに目をつけたものだな」

「と、申されますと?」

 ヴァミリオが顎に手を当てて考え込むような仕草を見せると、シアンがすかさず尋ねた。

「コーラル子爵領は、周りを海と山に囲まれた未開の地だ。王都への街道こそ平坦な場所を通ってはいるが、なかなか険しい場所でな。そのせいもあって、交通は不便だが、いろいろ未知な部分が多い」

 どうやら、ヴァミリオ自身も、コーラル子爵領の眠れる資源に目をつけているようだ。

「私もいずれは手を出す予定だった場所だ。となれば、娘同士が仲が良いのは好都合」

「……お嬢様を利用なさると?」

 ヴァミリオの言葉に、シアンの顔が少し歪む。ヴァミリオを構わず言葉を続ける。

「形式的にはな。今度、娘が向こうに出向く日を利用して、私もコーラル子爵と面会しようと思う。ロゼリアにも伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 シアンは頭を下げて、ヴァミリオの私室から出ていった。

 しばらくして、今度は執事長のリモスがやって来た。

「お呼びでございましょうか、旦那様」

 実に美しい直立から繰り出されるお辞儀は、さすが執事長と言わんばかりに完璧なものだった。どうやら彼は、シアンから言伝されて部屋に来たようだ。

「リモス、コーラル子爵に手紙を出してくれないか」

「コーラル子爵に、でございますか?」

 辺鄙な場所の領主への手紙と聞いて、リモスは首を傾げた。これに対して、ヴァミリオを理由を説明する。

「娘同士が仲が良いと聞いてな、これは好機だと考えたのだ。すぐに筆を執る」

「なるほど、かしこまりました。すぐに手配致します」

 リモスは一礼すると、すぐに部屋を出ていき、配達の人足を手配した。待つ間にヴァミリオは、コーラル子爵に出す手紙をしたためる。再びリモスがやって来た時には、既に封までし終えていた。

「では、旦那様。確かにお預かりしました」

 リモスは手紙を預かり、再び部屋を出ていった。

「これはなかなか忙しくなりそうだな」

 そう呟くヴァミリオだったが、顔はどことなく笑っているのだった。

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