朧月夜

ごま太郎

第1話

 その日はとても寒く、私のようなものが吐く息ですらキラキラと幻想的な色気を放っておりました。

 私のような、人様にご迷惑をおかけして見放された一匹のうさぎにはもったいないほどの輝きが、簡単に出せてしまえる夜でした。


 記憶力の乏しい私では、どのようなご迷惑をおかけしてしまったのか、どのようにして見放されたのかなど覚えてはおりません。

 しかしきっと、私は貴方様にご迷惑をおかけし、ご期待にそえなかったのでしょう。


 私には勿体無いほどの、立派なケージをご用意下さった貴方様には、怨みなんてこれっぽっちもありません。

 むしろ、毎日食べきれないほどの牧草にペレット、時には新鮮な果物まで恵んでいただき、感謝しかありません。


 今こうして、身の丈に合わない幻想的な景色を見ることができたのも、貴方様のご配慮あってこと。

 月明かりに照らされた私の姿は、自分で言うのも何ですが、これまでの人生で最も美しく、艶かしく、それでいて可憐で、うさぎとして生を受けたことに喜びを覚えるほどです。

 この喜びは、こうして外の世界に放り出していただかなければ、気付くことのなかったものと思います。


 月には私のような雑種うさぎではなく、選ばれし高貴なウサギ様が住んでいると聞きます。彼らは人々を楽しませ、様々な思いを抱かせるのでしょう。

 それを思うと、恐れ多くも少しばかり惨めになります。それでも今夜は朧月。そのような惨めな思いを直視せずとも良いと言ってくださる。


 何と幸せな夜でしょうか。

 何と恵まれた夜でしょうか。


 思い残すことは何もないように思います。

 私如きにはもったいない夜でございます。


 ただ、ひとつだけ。

 どんなに幸せな、恵まれた夜も、貴方様に初めて抱き抱えられ、微笑みかけられた夜には敵いません。

 私のようなものを、笑顔でお宅へと迎え入れてくれたあの夜には。


 叶うことなら、こんな形で幸せを比べたくはありませんでした。

 どうせなら、貴方様と一緒にこの幸せを感じたかった。


 願わくば、私のような思いをするペットが後に続きませぬよう、皆様にお願い申し上げます。

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朧月夜 ごま太郎 @gomatrou

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