夜明けを背にして刀を振るう
桜子さんの式神も、もし照日さんに見つかってしまえば、すぐに焼き払われてしまうし、そうなったら術返しが桜子さんの元に来るのだけれど、それらは来なかった。
私たちが走っている内に、だんだん衣更城の天守閣が肉眼でくっきりと見えてきた。
ただ、城門はぴっちりと閉め切られてしまって、このままでは普通には入れないのだけれど。桜子さんは前に衣更市自然運動場でやってみせた札を貼り付けた。
「……門を開錠させ、ついでに要石の居場所も聞き出しました」
「桜子さん、お城ひとつ、使役できたんですか?」
「前までの私では、まず不可能でした。霊力が上がったからできるんだと思います。風花さん、居場所を式神に書き出しますから、それについていってください」
「わかりました……一番つらい役目をふたりに任せますが」
桜子さんは式神になにやら血で書いたあと、その式神は風花ちゃんの前を飛ぶ。
風花ちゃんは私のほうを見ると、抱き着いてきた。
「……風花ちゃん」
「行ってきますからね。みもざちゃん、あんまり思い詰めたり、自棄を起こしちゃ嫌ですからね」
「風花ちゃん……わかってます。風花ちゃんも、どうか無事で!」
私は風花ちゃんの背中を軽く叩くと、風花ちゃんは頷いて走っていった。
私も背中に背負った風呂敷を解き、神通刀を引き抜く。
ひりつくような冷気の中で、わずなに熱源を感じる。元々神通力を日頃から使っているうらら先生は、鼻が利くだけでなく索敵は上手かった。霊力をほぼ使ってなかった私も、霊力が上がったことで、少しばかり索敵が上手くなったんだろう。
「それではみもざざん。参りましょうか」
「……はい」
私たちは一気に城内に入っていった。
肌がチリチリとする場所は、天守閣の高い階段を登った先。私たちはそこへと駆け上がっていくと、すぐに弓矢が飛んできた。私はそれを風呂敷を投げて避ける。
風呂敷はたちまち八つ裂きになったものの、その矢の軌道でどこから飛んできたものかがわかる。
八つ裂きになった風呂敷の内側に、桜子さんは手早く式神を貼り付けると、矢が反対側へと飛んで行った。
一次的に付喪神として使役する術を、矢へと使ったんだ。
その矢は本来ならば仲春くんのところに向かうだろうに、すぐに焦げ臭いにおいが放たれる。
それに気付いた照日さんが神通力を使い、付喪神化した矢を焼き焦がしたのだ。
術返しを食らった桜子さんの手が、一気に燻ったにおいを立てる。
「桜子さ……」
「これくらい、織り込み済みです。みもざさん、仲春さんを止めてください」
「わかりました。桜子さんは、照日さんを」
「はい……!」
桜子さんは手に大量の札と式神を、私は神通刀を構え、上段に一気に躍り上がった。
「仲春くん……!!」
「みもざ……!!」
一気に距離を詰めた仲春くんは、ガキンと危なっかしい音を立てて私の太刀筋を受け入れた。
「なあ……ほんっとうにいい加減にしてくれよ! お前ら、本当に……!!」
「町ひとつ殲滅なんて、許せる訳ないでしょう!?」
本当ならば、男女であったら筋力の差があるはずなのに、彼は退魔師とはいえども人間、私は女であれども鬼の先祖返りで、筋力自体はほぼ互角だった。
私は一気に吐き出す。
「私はね、仲春くんのことが好きだったんだよ!」
「……はあ?」
仲春くんは面食らった顔を一瞬したものの、神通刀を受け止める力が揺らぐことはなかった。
本当に気付かなかったんだなと思うと、死んだみもざのことを振り返って切なくなってしまったけれど、言葉を続けなくてはいけなかった。
「……そんなの、今初めて知った」
「もう終わった話! 仲春くんの一番は照日さんで、私の一番は桜子さん。それだけの話……そうじゃなくってね、私にしても、風花ちゃんにしても、うらら先生や桜子さんにしても、別に仲春くんが誰を好きになっても別にかまわなかったんだよ! 私たちが怒っているのは」
神通刀を大きく振りかぶる。
この刀だって、元々は照日さんから譲り受けたものだ。もしふたりのことで嫌悪感を持ったのなら、この刀を捨てていたと思う。でも、そうじゃなかった。
「どうして照日さんのこと、私たちになにも言わずに勝手にひとりで決めたの!? どうしてひとりで勝手に決めたの!? 町ひとつより照日さんのほうが大事とかいうより先に、それでも他に方法がないか、探すのが先じゃなかったの!?」
「……勝手なことばっかり言うなよ!!」
とうとう仲春くんが悲鳴を上げた。
私の力任せの振りのせいで、とうとう弓を落とした。
それと同時に、仲春くんの膝が折れる。
「……要石の修復方法だって、そりゃ考えたさ。照日を犠牲にしないんだったらって……でも。退魔師の縄張り問題に発展するから、迂闊なことができなかった。お前らが退魔師側にある要石を修繕できたのだって、退魔師たちがひとり敵を見つけたから、そっちにかまけていたからだよ! 放っておいたら町はなくなる! でも町を守ったら照日はいなくなる! 本当に……どうすりゃよかったんだよ……お前らが上手くいったのだって、それ結果論じゃねえか」
彼の吐き出す弱音や嘆きは、『破滅の恋獄』のどのルートでも見なかったものだった。
……彼は、主人公を降りなかったら、弱音を吐くことも、罪悪感に苦しむこともできなかったんだ。
だって、弱音を吐いて、嘆き続けて、挫折して。そんなのは主人公ではないから。でも……仲春くんだって私たちと同じ高校生なのに。
いっつも死んだみもざのことを考えては鬱になっている私となにも変わらない、等身大の男の子なのに。
私は仲春くんにもう戦意がないのを見計らって、彼の隣に座った。神通刀は握ったまま。
「……仲春くん。今、桜子さんと照日さんが対峙してるけど」
「ん」
「それで、なにもかもが終わるから。照日さんは、絶対に助かるから。私たちは、それを待とう?」
「……ん?」
ようやく仲春くんの目に、力が戻った。いつ照日さんが消えるかもわからないという焦燥感で濁っていた瞳に、輝きが宿る。
「それ、お前……なにやったんだ?」
「私と桜子さん、使い魔契約結んだんだよ。それで、霊力が上がっただけ」
「……あー」
桜子さんの推測通り、仲春くんも霊力を上げる方法を知っていたらしく、それ以上はなにも言わなかった。
冬の冷気が、わずかに緩んできた。
もうすぐ夜明けが近い。
****
みもざさんとは、どうにも折が悪い。
それは彼女と初めて会ったときから、薄々思っていたことだ。彼女はどうも幼少期になにかしら合ったらしく、人のことばかり優先して、なにかあったらすぐに自分の意見を押し殺してしまう。多数決側に回りたがる傾向があった。
他者優先という意味では、普段はやけに飄々としながらも年下優先の小草生先生や、高校生とは思えないほどに慈悲深い性格の風花さんよりも世俗的が過ぎて、そこがどうにも私を苛立たせているようだった。
仲春さんを見ているときの彼女なんかは特にそうで、彼をずっと見ている癖して、なんのアクションも取らなかった。
どう見ても仲春さんは照日さんしか見ておらず、第三者が入る隙はないと、誰もがわかっていたというのに、なぜか彼女だけは突撃するのだ。
それがより一層道化に見えてしまい、なんと声をかければいいのかわからなかった。
小草生先生や風花さんはそんな危なげなみもざさんをずっと心配しているものの、照日さんが目覚める前からそうだったらしく、彼女を表立って止めることはせず、ただ心配して気を揉んでいるようだった。
仕方がなく、私が間に入って彼女を押し留めようとした。
それでも恋に恋する彼女は、ちっとも言うことを聞いてはくれなかったけれど。
でも、そんな危なげな彼女は、本当に唐突にいなくなってしまった。
「……仲春くんと照日さんが、駆け落ちしました」
あのとき、淡々と答えた彼女に誰もが違和感を持ったものの、なにも言えなかった。
仲春さんのことを好きなのは、誰の目にも明らかだったし、その彼が突然現れた守護神と一緒に駆け落ちしてしまったとなったら、ショックを受けないほうがおかしかったから。
このことについては、たびたび一対一になった際に小草生先生と話をしていた。
「難しいねえ……これ、解離性障害の一種にも見えるけれど、保険医の範疇じゃはっきりとしたことは言えないよ」
「解離性障害……ですか?」
「ストレスが原因で、記憶に欠落が見えたり、自分自身に起こったことが他人事になってしまったりする現象だけれど。ただでさえあの子は先祖返りの衝動が誰よりも出ていた子だから、それに振り回されて自我を抑圧し過ぎてる。そんな自分を受け入れてくれた仲春に依存気味になっていたのに、それがぽっと出の女と一緒にいなくなったら、強いストレスになってしまってもしょうがないよ」
「そんな……」
「でも私は結構意外だと思うけど」
「……はい?」
「私はてっきり、麦秋はみもざのことが嫌いなのかとばかり思っていたのに、思っている以上に心配してたんだねえ」
そう言ってにこやかに笑った。
その詩的に私は戸惑った。
「おりが合わないとは思っていましたが……それで嫌悪することはありません」
「そうかい?」
「でも、誰の目にも無理な恋愛に振り回されてたら、普通は『やめとけ』と言いませんか? おふたりは薄情にも見えましたけど」
「人の恋路にいちいち難癖つけて嫌われる真似はしないよ。それに、私たちは保健室に通っているときに、どれだけ仲春のことを好きだったか見てたから、余計に可哀想で『無理だからやめておけ』なんてひどいことは言えやしなかったよ。あの子がそのせいでおかしくなったんだったら、私たちは連帯責任なんだけどねえ」
小草生先生はそう言って悲し気に目を伏せてしまった。そう言われてしまったら、もうこちらからなにも言うことはできなかった。
でも。彼女の性格が変わったせいなのか、変わったこともある。
陰陽寮の上司との定期連絡で、地元の退魔地たちとの共同戦線を張りたいと打診をした際、かなり意外なことを言われたのだ。
『……君は、出張の際でも地元の退魔師たちを敵に回すことも刺激するのも避ける傾向にあったと思いますが。変わりましたか?』
「そうなんでしょうか?」
『君は好き好んで波風を立てたがる人ではないでしょうが』
思えば、私は仲春さんのことでみもざさんに苛立ちを覚えて苦言を呈するようになったのも。
彼女が泣きそうな顔をして、守人も守護神も逃げ出してしまったのをなんとかならないのかと言ったときも。
普段だったらしないし、声を聞かなかったんだ。
……変わる前の優柔不断な見ていられなかった彼女のことも、変わったあとの現状をどうにか打破したいと蜘蛛の巣に貼り付いてもなお足掻く彼女も。
気付いたら私の大切なものに変わっていたんだ。
そう考えたら、怖いものなんかなかった。
「……まさか、そちとみもざがつがいになるとは思うてもみなかったんだがのう」
こちらを興味深そうな顔をして見ていたのは、照日さんだった。まだ真っ暗な夜明け前でもなお、彼女だけはくっきりと見えるのは、彼女がこの土地の守護神だからに他ならないだろう。
でも、いつもよりも存在がわずかに希薄になってしまっているのは、結界の修復が進み、結界が完全に閉じられてしまったら最後、彼女は役割を終えて眠りについてしまう……この世界から消えてしまうからだろう。
「お久しぶりです」
「しかし意外よな。よそから来たそちは、もっと薄情かと思うておった。陰陽寮の命が下れば最後、さっさと先祖返りたちごと、この地を消し去るとばかり思うてたがな」
「……もし、みもざさんがいなくならなかったら、その選択をしていたかもわかりません」
私は式神を飛ばしながら、札に手早く文字を書いた。式神を直接飛ばして攻撃されたら最後、術返しを受けて下手に火傷が増えてしまう。
だからあくまで式神は補助で、時間稼ぎだ。
風花さんに貸した式神から彼女の情報はいただいている。私たちがふたりを抑えている間に、無事に要石の元に到達できたらしく、必死になって要石の修繕を行っている。
これが完全に防がれてしまったら、照日さんは消える。
その瞬間を狙って、時間を稼がなければいけない。
私の心を見抜いたかのように、照日さんは笑いながらこちらに何度も雷を撃ち落としてきた。それを後ずさって避ける。
「そのつがいのために、わらわの主様をひとりにするかや!?」
「しません! みもざさんは優しいんです。全員が幸せにならなかったら、彼女は残りの人生ずっと罪悪感を抱えて生きないといけなくなります……あの人、自分が悪くなくってもすぐ自虐するんで、放っておけないんです」
「そうよな。みもざはそういう娘よ」
一緒に滞在していた頃のように、暴れ回る先祖返りと戦っていた頃のように、普段通りに身内の話をしている。
まるで時間が巻き戻ったみたいに……いいえ、もう時間は動いている。私たちだって、元通りの関係には戻れない。
でも。罪悪感を減らす努力はできる。
風花さんの修繕がある程度終わり、結界の修復が進む。
あと、五、四、三、二……。
その瞬間、私は照日さんに式神を貼り付けた。彼女は守護神であり、衣更市を覆う結界そのものだ。彼女を式神として使役しようとすれば、私の霊力をものすごく奪われる。
……でも。鬼の先祖返りであるみもざさんから、霊力をたらふくちょうだいした。その分の霊力を足して、骨と皮だけになろうとする足を必死に突っ張らせた。
「なっ……!? 先程からなにやら企んでいると思うておったが……なにをしやる!?」
「……あなたを、結界の守護神から、引き剥がします!!」
神社に分社が存在するように、神もまた分霊が存在する。
その理屈を使って、一旦私の式神として使役することにより、結界と照日さんを切り離す試みだ。
これは風花さんの修繕が間に合い、結界の修復が完了する一瞬のタイミング、照日さんが結界にそのまま取り込まれて眠りにつく一瞬前のタイミングを狙わなければ……なによりも、町ひとつを維持する結界から守護神を引き剥がせるほどの霊力がなければ無理だった。
全ては……みもざさんがいなくなり、今のみもざさんが現れなければ、できなかったことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます