新たな道の途上で

「……ふぅ、ここまで来れば大丈夫か」


 鈴木に引きずられ俺は人気のない路地裏に連れ込まれた。

 これがなー、鈴木じゃなければなー、色っぽい展開を期待出来たんだが。

 あん? 女に路地裏連れ込まれるとか美人局的な展開のがあり得るんじゃねえかって?

 んまあ、それもあり得るけど暴力で俺をどうにか出来る一般人なんかいねーし、だったら期待した方がお得じゃん。


「まったく……君のせいで恥をかいたよ」

「あ~ん? 恥なんて幾らでもかけば良いじゃねえか。男も女も恥ぃかいてデッケエ人間になってくのさ」


 ゴミ箱の上に胡坐をかき頬杖を突きながらからかうように言ってやる。


「かかなくて良い恥だろあれは」


 はぁーと盛大に溜息を吐く鈴木。


「……本当に、君は変わらないな」


 そしてしょうがなさそうに、どこか嬉しそうに、笑った。

 男の頃の面影はもうない。それでも俺はそこに確かな青い春を見たんだ。


「あれから随分と時間が経った」

「……そうだな」

「あまり考えないようにはしてた。どのツラ提げてって思いがあったからね」


 でも、と鈴木はどこか遠い目をする。


「折に触れて君のことを思い出していた。佐藤くんは元気にしているだろうか、と」

「……高橋のことは?」

「あっちはほら、君ほどの負い目はないし」


 ああそうか。

 鈴木……いや高橋からしてもお互いに信じた道を進んだわけだからな。

 裏切ったとかそういう気持ちはないわけだ。

 いや俺も別に裏切られたとは思ってないがな。ただコイツらは……そういう気持ちがあったんだろう。

 負けた後で大人しく命を差し出そうとした理由の一つでもあったんだと思う。


「元気そうで何よりだ。嬉しいよ、心から」

「お前もな……でも、ビビったぜ。まさかお料理教室の先生がお前だったとは……」


 ってか何でお料理教室の先生なんて仕事に就いてんだコイツは。

 つるんでた時間はそう長くはないが、俺の知る限りでは料理が趣味とかそういうのはなかった。

 むしろ食に関しては頓着しない方だったぞ。食べられればそれで良い、みたいな?

 俺のがよっぽど飯にはうるさかったわ。三人で飯行く時も大体、あれこれ言ってたの俺だったし。


「ああうん……まあ、意外だよね」


 鈴木自身、自覚はあるのだろう。恥ずかしそうに頬をかいている。


「君に負けて表の社会に戻った後のことだ」

「うん」

「燃え尽き症候群って言うのかな? 身命を賭して追っていた夢を失くした私は抜け殻状態だった」


 ……まあ、そうだな。

 性別が変わったことで以前の夢を肯定的に捉えられなくなっても喪失感はあっただろう。


「何もやる気が起きなくてね。二年ぐらい食っちゃ寝の生活だった」

「ニートやってたんか……」

「うん。それでまあ、ぶくぶく肥え太ってね。流石にこれはよろしくないと社会復帰の前にダイエットを始めたんだ」


 スイッチが入らんと普通に真面目だよなぁ。


「そしたらどうだい? ――――ご飯がとても美味しいんだ」


 暴飲暴食やっていた時からものを食べるのが楽しくなっていた節はあった。

 だが身体を動かし始めると更に飯が美味しくなったのだと言う。


「適正体重に戻した後は、制限を緩くしてまたあれこれ食べ始めたんだが……楽しいし美味しい。

アルバイトをしながら食い道楽に耽ってたんだが、次第に食べるだけじゃ満足出来なくなってね」


 作る方に意識が向き始めたってわけか。


「うん。専門学校に通って調理師免許を取ってね。

それから六年ぐらい調理師として腕を振るってた。作るのも楽しいし、作ったものを食べてもらうのは嬉しい」


 充実した生活送ってたんだな。

 道を違えた友が実りある日々を過ごしていたことを知って思わず頬が緩んでしまった。


「ただ佐藤くんも知っている通り、こう見えて私は欲深な性質でね」

「ああ」

「料理を作る楽しさを布教したいという気持ちが芽生えたのさ」

「ははぁ、それで料理教室の先生に」

「ああ。思い立ったが吉日。勤めていた店から暇を貰って教室を開いたんだ」


 最初はあまり人が集まらず苦労したが、その苦労さえ楽しかったと鈴木は笑う。


「徐々に人が増えてそれなりに人気が出た頃にはもう、どっぷりさ」


 と、そこで鈴木は少し真面目な顔をした。


「そしてある日、気付いたんだ」

「……何に?」

「あれほど焦がれていた夢を思い出すこともなくなったことにさ」

「それは」

「抱いた夢を自分のものと思えなくなってからも、正直な話未練がましく引きずってたよ」


 再度夢を追うとかではないが、一度全てを懸けたものだから捨てられなかったのだと言う。

 ……多分、あれか。元カレ、元カノとの思い出の品を捨てられないのと似たようなものだろう。


「つまりはさ、そういうことなんだよ。

あの頃の私にとっては他のどんなものより輝いて見えたそれも穏やかな日常の中ではあっさり色褪せてしまう。

その程度の、その程度の熱量だったんだ。そんな人間が世界を変えようだなんておこがましいにもほどがある」


 他人に犠牲を強いる変革を望むのなら、相応の覚悟が必要だ。

 楽しい日々を過ごしていれば忘れてしまう程度の情熱ならば夢を語る資格さえありはしない。

 鈴木はそう言うけれど、俺はそうとは思えない。


(……あの頃のコイツらの情熱が空っぽだったとは思えねえ)


 柳、鬼咲、高橋、鈴木。

 世界の変革を望んで世界に喧嘩を売り、俺に阻まれ敗北者になった者たち。

 彼らはそれぞれがそれぞれの気付きを得てかつての理想を否定した。


「その程度の熱量ってのは少し違うだろ」

「佐藤くん?」

「いや、お前らの思想を肯定する気はねえぜ? でもよ、嘘にしちまうのも違うだろ」


 勘違いしてるんだよ。


「新しい道の途上で宿った熱が世界を変えるぐらいの夢に比肩するぐらい素晴らしいものだった」

「――――」

「そう考えてやるべきなんじゃねえの?」


 過去をなかったことには出来ない。

 現在いま未来まえを見て歩いているのなら過去かつてのじぶんを否定することはないだろ。

 そいつも含めて今の自分があるんだからさ。


「……そうだね、そうかもしれない」

「だろ?」

「佐藤くんはさ。時々、ホント極稀にだけど心底から良いこと言うよね」

「名言ファクトリー工場長とも言われるこの俺に何て言い草だよ……っとに」


 ぴょんとゴミ箱から飛び降りて軽く、服を手で払う。


「それよか、そろそろ行こうぜ。何時までもこんなとこで駄弁ってるのも落ち着かねえしよ」

「行くってどこへ……落ち着ける場所……ま、まさか!?」


 さっと顔を赤くし、自分を抱き締める鈴木。


「妙な勘違いしてんじゃねえよムッツリスケベ」

「だ、だって君が言ったんじゃないか!」

「流石にダチ相手にンなことしねえよ」


 高橋の乳を揉むか悩んだことは俺だけのひみちゅだ。


「飲みに行こうって言ってんのさ。俺たちの空白を埋めるにゃ一晩程度じゃ足りねえがよ」


 話したいことが山ほどあるんだ。お前は違うのかよ?


「……そうだね。ああ、私も佐藤くんに話したいことがいっぱいあるよ」

「なら、決まりだな」

「うん」


 当初の予定とは違うが……楽しい夜になりそうだ。

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