35 結婚式は公国で


 カイと一緒にいた父親に聞く。

「リンゴは何処に出荷するんですか?」

「クライン公国とかジャムス辺境伯とかムルマンスク帝国も買ってくれるな」

「フムフム、どうやって運ぶの?」

「辺境以外は船だが、この前の嵐で壊れて──」

「うわっ、ごめんなさい」


 菜々美が謝るとポカンとしているカイの父親。カイが横から口を出す。

「大丈夫だよ聖女様。工場に船があったんで貸してもらうことになったんだ」

「あら、そうなの」

「糸の納入先にクライン公国もあるのでついでに納めます」

「工場長館に綿花を運んで来る船長がいたんだが、逃げる様子もなくそのままここに居着いて元村長に申し出てくれたのでお願いした」

 エラルドが教えてくれる。幸いカイの家の船も修理をすれば乗れるそうだ。菜々美は船が無事で良かったと胸を撫で下ろす。


「我らの領地にも綿花はあるぞ。辺境伯ももう少し片付いたらここに来るそうだ。納入についてや他にも色々話すことがある様だ」

「こっちもお願いしたい」

 エラルドと犬の赤毛の男が握手する。

「ほう、出世したものだ」

「当たり前だ、我を誰だと思っている」

「生憎犬の名前など知らんな」

 ヨエル様とロッキーは相変わらずだ。


 菜々美とエラルドは喧嘩を始めそうな二匹からそっと離れる。カイと父親と一緒に工場の港がある方へ降りて行った。

 入り江に船が係留されている。大きな船が一隻、小型の船が二隻。リンゴを運んで行くと船長が出て来て荷物を受け取った。岸壁とか整備されていて、サーペントがのんびりそこらを泳いでいる。

 荷物は結構あるようだ。リンゴ以外の農産品もあるんだな。


 そこにエラルドの家令のイェルケルさんが従者を連れて来た。

「エラルド様、ナナミ様。クライン公国の様子を見て参ります」

「俺も行こう」

 エラルドは当たり前のように菜々美の手を取って船に向かう。

「あら、わたくしがお運びしますわ、ナナミ様」

 ルイーセ様がご親切に申し出た。

「まあ、いいんですか」


 カイがそれを見て、こっちに来ようとしたが父親が引き留める。

「父さん、オレあっちで行っていいか?」

「お前は仕事を覚えるんだ。船が着く所が違うからダメだ。またにしろ」

「ちぇ、お姉ちゃんまたね」

「またね」

 カイたち親子と別れてルイーセ様に向かうと、喧嘩していたヤギと犬が走ってきた。

「図々しい犬じゃ」

「うるせえヤギだ」

「ルイーセ様の背中で喧嘩をしたらダメよ」

 菜々美の一言で大人しくなった。

「ナナミが一番強い」

 エラルドが笑う。ネコみたいにフニャンとしてないで明るい爽やかな笑顔だ。



 クライン公国にある商会はエラルドが母親から受け継いだ両替商であった。アルスターは帝国の地方都市で人口も多く産業も盛んで職人も多いそうだ。あちらは魔道具の商会である。その内連れて行ってくれるという。

 イェルケルさんは機織りはたおりきの伝手がクライン公国にあるそうで、商会の様子見方々来たのだが、ロッキーがクライン公国の大公イェジ・ヴィルヘルムを紹介してくれるという。


「あ奴なら知っておる。フィン村に避暑に来ておった」

 どうもヨエル様も知り合いのようだ。犬も顔が広いがヤギも顔が広い。

「元々お前の縄張りじゃねーか」

 犬が文句を言う。仲良くして欲しいと思うが、喧嘩がコミュニケーションなのかもしれない。

 クライン公国大公はエラルドの商会をご存知であった。お土産の『程々に何度か祈った聖水』を納めると大層喜んで下さって「結婚式はぜひわが国で、是非に」とお勧め頂いた。


 大公様から教会やらお宿やらドレスメーカーやらをご紹介いただいたのでお受けすることになった。ドレスのデザインを決め採寸をする。

 お式は一か月後になった。

 いいのだろうか、そんなに早くて。

 エラルドはもう王子の名前を返上して、今は母方の姓のエラルド・バートリと名乗っている。ただそれも平民ではなくて貴族だという。

「どこの貴族なの?」

「俺の母の故郷、フォリント王国だ」

「フォリント王国に行ったらお貴族様なのね」

「お前の事はもう知らせてあるから、この辺りが落ち着いたら連れて行こう」

「私、大丈夫かしら」

 こんな金太郎で──。

「余がついて行ってやろう」

「わたくしも行きますわ、お嬢様」

「我もフォリント王国には興味があるぞ」

「わたくしが湖から連れて行って差し上げますわ」

 妖精たちは何処までもついて来るようだ。まあ、心強いけれど。



  * * *


 工場立ち上げの目処も立って、コミューンの目処も立って、クライン公国領都の教会でお式を挙げた。ウスリー村に帰ったら、村人皆でお祝いをしてくれるという。

 沢山の人に祝福されたので嬉しかった。

「綺麗だ、ナナミ」

 ちょっと泣きそうなエラルド。菜々美も泣きそうだった。


(お父さん、お母さん、お姉ちゃん、妹。私幸せだからね。この花の一つでも届けばいいな)

 手を挙げて花を贈る。風に舞って空高く消えて行った。



  * * *



 今日はお貴族様も利用するお宿に泊まる。新婚旅行として少し休みを取ってクライン公国の領都を観光する予定だ。



 ウェディングドレス姿のままの菜々美は、テールコートに白のウエストコートと白いタイ姿のままのエラルドと一緒にお宿のスイートルームに入る。

 ええと、結婚式の後、飲んで騒いでそのまま来たわけでドレス姿なわけで、ここでいったん着替えて夜着とかにならないの? きれいに磨かれてお部屋で待つとかないの?


 旦那様になったエラルドと、そのまま二部屋ある広いベッドルームに入っちゃったし。部屋の中は程よい灯りで、応接セットのテーブルの上にワインとグラスとお式で配ったお祝いの糖衣菓子がお皿に盛られている。

 どうしよう。

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