34 ウスリー村へ
アンベルス王国の国王やほかの王族たち、貴族達、それに聖堂の僧職者や騎士達は怪我人は出たものの皆無事であった。潰れたのは聖堂とその周囲だけだったのだ。
ただ菜々美の浄化で呆ける人間も出て、しばらくは国として機能するかどうか予断を許さない。
菜々美は王宮を出る前にその場でヒールをかけた。そしてエラルドが菜々美の作った最後の聖水を王宮にばら撒いてから出て行った。
(聖女と王子二人は元の世界に行っちゃったというか、無理やり送ったけど、どうなるのかな、あの人たち。何とかなるよね美女とイケメンだし……)
「やっぱり巻き込んでぐちゃぐちゃにしたなあ。壊しちゃったなあ」
「なるようになっただけだ」
「そだね」
召喚されてなきゃ来てない訳だし。
側に居るエラルドにくっ付いた。彼と一緒なら何処に行ってもよかったんだけど、元の世界に帰っても良かったんだけど……。
私のことを誰も知らない所に帰ってもなー、知らん顔されたらかえって辛いだろうなあ。
「私達、侯爵とかパウリーナさんを殺した容疑で、またアンベルス王国に捕まるかしら」
「普通は他国に兵は出せぬが」
「あら、そうなんだ」
そんなことしたら普通は戦争になっちゃうか。
「ナナミが浄化したからアンベルス王国の人々も、もう少しまともな人間になると思うが……」
エラルドの最後の言葉は自信なさげになった。
「大体何でそんなにエラルドに執着するの?」
エラルドは国を出奔したら婚約は廃棄されると言っていたのに、躍起になって追いかけて来たり、捕まえたり、何で?
「エラルド様はお母上様から商会を相続されております。アンベルス王国はそれに気付いて狙っているのでは──」
「えー!?」
「かもしれんな。パウリーナを押し付けられた辺りだから、侯爵かヴリトラが感付いて国に漏れたのか。母上が逃げろと言う訳だな」
商会って、異世界で悪役令嬢がざまぁする時に必須のアレよね。菜々美の瞳にキラキラとお星さまが輝く。
「何を取り扱っているの?」
「お前も見たろう、魔物除けの魔石とかシャワーとかバッグとか──」
「おおおおーーー! すごい!」
「ナナミ様、こういう連絡用の伝書鳥もありますよ」
ラーシュが見せる伝書鳥は折り鶴みたいな形をしていた。昔召喚した聖女かしらと少し遠い目になる。
「すごいわ、そりゃあ執着するわね」
お金の生る木だよね。
「そういえばアールクヴィスト侯爵はムカデのままだったけれど、瘴気に侵されたら普通の人は消えちゃうんじゃないの?」
「あ奴は魔物であった」
「お嬢様、ヴリトラはパウリーナ様を飲み込みましたし、侯爵もムカデに食べられたのではないでしょうか」
ヨエル様があっさりと、クレータが豊富な知識を披露する。
「うわあ……」
もう忘れたい、しばらく思い出したくない。
「お二人が亡くなったのでアールクヴィスト侯爵家は相続争いが起こりますわね。侯爵にはパウリーナ様しかお子がいらっしゃらなかったので、近い親戚といえば侯爵の従兄妹が3人、その子が7人──」
「しばらく侯爵家からは何も言って来ないだろうな」
エラルドは腕を組んで頷いている。その方がいいわ。
エラルドは修道院に行く桟橋で無事自分の従者達と合流した。
イェルケルさんはエラルドの家令というか支配人というか執事であった。ダークブロンドの髪を後ろにスッキリと流したシュッとした感じの中年の男だ。
合流した従者を前にエラルドは話す。
「私はまだ何も持っていない。流浪の只人なのだ。無理にとは言わぬ。アンベルス国王をはじめ政に関わる者もかなり傷病人が出たと聞く。国に尽くしたいと思う者は残ればよい」
確かにエラルドは領地も爵位も持っていないけれど、誰も国に残るという者はいなかった。
船着き場でルイーセ様に来て貰って、湖底の宮殿で休んだ。
エラルドはイェルケルさん達と暫らく話し合ってイェルケルさんの後任を決めたようだ。彼はアルスターに居たがエラルドと合流するという。派遣する人はそこの副支配人として行くという。
イェルケルさん達は沢山食材を持ち込んでいたので、食卓が賑やかになった。これは素直に嬉しい。ここまでの旅は蛇と虫と粗食の旅だった。フィン村とウスリー村で少しまともな食事が出たが村だしなあ。
ワインと一緒に前菜は鳥とキノコのテリーヌやハムやチーズに赤や黒の卵が乗ったカナッペ。スープは濃厚なうまみのポタージュと白パン、カニとエビのポワレバターソース、木苺のソルベ、雉鳥のカツレツ、フルーツ盛り盛りのタルト。
(ああ、幸せ。とっても美味しい……)
ふと隣を見るとエラルドがコーヒーカップを持ったまま嬉しそうに菜々美を見ている。犬やら猫やらにエサをやって嬉しそうにするアレかしら。
菜々美は犬か猫だろうか。いや、金太郎だ。この場合金太郎の方がマシな筈だ。
* * *
翌日、ルイーセ様にウスリー村まで送ってもらった。アルスターに戻る人々も一度ウスリー村を見学してから戻るということになった。村の現状を見ていた方が今後の仕事の役に立つということらしい。
ウスリー村で村人も交えて話し合った。人は居ない、土地は広い、工場やら宿やら始めたら人手は足りないということで、エラルドと菜々美はしばらくこの村に落ち着くことにした。
無論ヨエル様も、クレータとラーシュとイェルケルさんと、エラルドの従者達も一緒である。ルイーセ様はウスリー村の近くの湖に別荘を建てるという。湖底の別荘だそうだ。時々お邪魔しようと思う。
取り敢えず空き家が工場長館くらいなので、そこを間借りして家を建てながら工場を細々と動かす。
「この村をコミューンとか共同体といった感じで、議会を置いて村長を選出して──、まずジャムス辺境伯とマオニー侯爵家に認めてもらおう」
「それにしてもあの侯爵はどうなったの? 呆けてたみたいだけど」
「令嬢がいますし、侯爵夫人もいらっしゃいますので窓口はそちらでございますわ、お嬢様」
「まだ一歩、この地が立ち行くまで手を貸そうと思う。手を貸せるものは貸してくれ」
暫らくしてジャムス辺境伯の犬がやって来たので、辺境伯に取り次いでもらう。
「マオニー侯爵家が軟化したようだが何かしたのか?」
腕を組んで犬は上から見下ろす。態度がでかい。
「浄化したら侯爵が呆けてしまったのよ」
「そうか、侯爵の娘はなかなかきついぞ」
それはパウリーナのような? 少し不安になるのだけれど。
そういえばマオニー侯爵家の令嬢は辺境伯家に嫁いでいて離縁したんだっけ。
「ロッキー?」
そこにカイが父親と一緒にリンゴの収穫を終えて帰って来た。
「おお、チビ。元気か」
「俺はカイだ」
犬は獣化してカイとじゃれ合いだした。
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