30 帰れるかもしれない
「どこの兵士かしら」
物々しい様子に見回していると赤毛で中年の髭を生やした男が出て来た。きっちり武装を整え、旗を持った兵士を従え、周りには何処から見ても強そうな騎士をぞろぞろと従えている。
軍隊という程でもないがかなりの人数であった。
「聖女とエラルド王子を出せ!」
御指名が来た。私は聖女じゃないとそっちの方が認定した筈よね。
「誰?」
「アールクヴィスト侯爵だ、隣にいるのはここイリュリア共和国のマオニー侯爵かな」
「パウリーナさんのお父さん?」
なるほど赤毛で父親もなかなかの偉丈夫である。王国の財を一手に担うとか、宰相とか財務とかの文官のイメージでいたけど違うのかな。その隣に太鼓持ちのようなヘコヘコした黒髪の中年男がいる。装備は立派だが。
「私は聖女じゃないわ。エラルド殿下も渡さない」
真っ先に言い返してやった。
「そこにいるもの全てを攻撃してもいいのか」
黒髪の男がニタリと嗤って言う。魔法部隊と弓矢部隊がさっと前に出た。
何という事を。
逃げることは出来るだろう。でも逃げるよりやりたいことが出来た。あの村で出来ることが沢山ある。
「ナナミ、お前はここに居ろ。俺が行く」
「いいえ、それなら私も行くわ」
エラルドが王国に帰ったら何をされるか分からないのに離れたくない。
それに決着をつけたい。
エラルドも決着をつけたいのだろうけど菜々美もこの落とし前をつけたいのだ。
そして──。
「余が後を追いかけて行こう、後のことは心配せずともよい」
「わたくしも追いかけますわ、お嬢様」
「わたくしも」
小さな声でヨエル様が言う。クレータとルイーセ様も申し出るが、ヨエル様が村人たちの心配をする。
「ルイーセは村人を送り返してくれ」
「じゃあナナミ様、お水のある所で呼んで下さいね」
「分かったわ」
(よし、結界三倍重ね!)
内緒話を終えて結界も張ってエラルドと菜々美は兵士の方へ行く。
兵士たちがそれっとばかりに二人を取り押さえて縛り上げようとしたが、手が触れるとバチバチと感電したようになって「ぎゃあ」と手を離す。
「手荒な真似はするな。国には大人しく帰ろう。話し合いにも応じよう」
エラルドが説くと、兵士達は諦めて二人の周りを取り囲み連行する。
* * *
残されたルイーセ様はサーペントになって村人を乗せウスリー村へ帰って行く。それを見送ってヨエル様とクレータが獣化して追いかけようとしたところでラーシュが縋り付いた。
「私もお連れ下さい」
「あいつらが来たのは、あんたから漏れたのではないの」
成り行きに呆然としていたラーシュはヨエル様に縋る。しかしクレータが憤然として詰問した。
「そんなことはしません。仲間と連絡を取りましたので、あちらから漏れたのかもしれませんが」
「あの侍女かもしれぬし、湖賊かもしれぬ。お前は一緒に行くと思うたが」
「私がご一緒すると人質に取られると思いました。エラルド様はお強いですし聖女様も強いと感じます。お二人の足を引っ張るのは本意ではない」
「それもそうじゃ。乗せるのであればクレータかのう」
「まあ! 振り落としても知りませんよ」
「わ、分かった」
三人は付かず離れずに兵達を追って行く。
兵達はイリュリア共和国の侯爵家の領地まで戻って野営した。
「村の方には行かぬようじゃ」
「さようでございますね。質に取るほどでもないと思ったのでしょうか」
「景色に溶け込むよう、少しは幻惑もかけておいたが」
「さすがですわ、ヨエル様」
「私はあの男をアールクヴィスト侯爵の領邸で見たことがありますが、このままアンベルス王国の王都まで帰るのでしょうか」
ラーシュはエラルドがアールクヴィスト侯爵の領地に連れて行かれるのは不味いと思う。パウリーナは目の前で蛇に飲み込まれてしまったのだが、それを侯爵が信じるだろうか。
「信じる訳はなかろう。わざわざ此処まで兵を出したのじゃ」
ヨエル様は切って捨てる。
「ナナミが少しずつ浄化をしておるが、ここの侯爵はどうじゃ」
ヨエル様はクレータに聞いた。
「こちらのマオニー侯爵家はジャムス辺境伯家に娘を嫁がせたようですがすぐに離縁になって戻って来たようです。それを根に持ってぐずぐずとねちこく嫌味を垂れ流し、辺境伯が相手にしないと、その内本格的な嫌がらせをし出して。しかし娘の方はほかに相手がいるようで親子で揉めているようです」
「なるほどのう」
「それで最近この地の辺境伯家に余裕が無いのだな」
ラーシュが独り言ちる。
野営の明かりを遠くから見守る三人。
「不味いのう」
ふとヨエル様が呟いた。
「どうなさいました、ヨエル様」
「アンベルス王国に行ってみなければ分からぬが、これではナナミが帰ってしまうかもしれぬ」
「どこに」
「異世界にですか?」
「そうじゃ、もしかしたらエラルドも一緒に巻き込んで帰るかもしれぬ」
驚きのヨエル様の言葉であった。
「何と、それは困ります」
「こちらの世界でこそ、ナナミ様が必要ですのに」
「ナナミの力は強い。ナナミに引き摺られてエラルドの力も強くなった。我ら妖精たちは言うに及ばずじゃ」
ヨエル様は分かってしまった。菜々美が戻れることが。
「しかし帰ったとて痕跡は消されているのじゃ。元居た所に自分の居場所が無ければナナミは悲しむであろう」
思いがけないヨエル様の言葉にクレータとラーシュは息を呑む。
「帰るには場が必要なのじゃ。それがアンベルス王国の召喚の間。ナナミが召喚の間で、いやその近くで強く願えば帰ってしまう、帰れてしまう」
キーは菜々美とエラルド、それにヨエル様と妖精たちの力、そして召喚の間。
「召喚の間に近付くのは甚だ危険であるが、二人とも決着をつけたいようじゃし、さて、どうなるかのう」
腕を組んで思案顔のヨエル様。
「ナナミが帰りたがっていても帰す訳にはいかぬのじゃが──」
「我らで引き留めるほかないですか」
「わたくしたちも覚悟をいたさねば」
クレータとラーシュは顔を見合わせてぐっとこぶしを握る。
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