27 炊き出し


「そう言えばヨエル様の背には二度と乗らないと言っていたが」

「エラルドさんが一緒だから大丈夫です」

「余の背中でイチャイチャするのではない」

 ヨエル様は機嫌が悪い。

「ヨエル様、心が狭いのですね」

「そう言えばナナミはもうヨエル様が怖くないのか?」

「え、いや、ほら、ヨエル様がイケメン過ぎるじゃないですか。他の方々は皆ヤギ以下だなあと思うとですね」

「それは余を愚弄して言うておるのか」

 あ、ちょっと怖い。でも、そこは怒る所だろうか。

「俺もヤギ以下か……」

「いや、いや、エラルドさんは別格ですよ」

「いい加減にせぬと振り落としてくれるが?」

 何でこうなるんだ。だんだんドツボにはまって行く。

 最初の時と同じジグザグ走行になった。

「わっ、わっ、ぎゃあ、ご、ごめんなさーーい!!」



 ウスリー村に着いた時にはフィン村に着いた時と同じようにヨレヨレだった。ヨエル様にしがみ付いていた指をエラルドが一本一本剥がしてくれる。


「ああ、お嬢様! ご無事で何よりです」

「エラルド様!」

 領主館に戻ると熊のクレータと、エラルドの従者のラーシュが真っ先に駆け付ける。その後をルイーセ様、ウスリー村の元村長、工場で働いていた人々、カイと家族、村人やら料理人やらも総出で出迎えてくれた。

 どうやら村に残った人々も呼んだようで大人数であった。

 食堂とエントランスホールやら応接室、庭園まで使って、シチューとパンと、肉と野菜を焼いた炊き出しになった。


 呆けた人もボチボチ食事をとり始める。ボチボチでも治って行けばいいな。元に戻ったらいいなと願う。

「そういえばリンゴがあったんだわ」

 村に着く前に拾ったリンゴを取り出して料理人に渡す。

「デザートをお願いできますか」

「分かりました」


「俺んちのリンゴだ。聖女様が買ってくれたんだ」

 カイが嬉し気に父親に銅貨を渡す。

「リンゴはまだ熟してねえだろう」といぶかしげな父親に、

「心配ねえ、味見したけど美味かった」カイは胸を張る。

「そうか」

 父親は拝むように銅貨を受け取った。


 そのカイが「あいつ、やっぱりロッキーだよね?」と聞いて来た。

「やっぱり、カイの犬なのね?」

「ロッキーと呼んだら、すごく表情が変わったんで間違いないだろう」

「そうだよね、きっとあいつはロッキーだ」

「なんか辺境伯の所にいるらしいけど、その内来るんじゃないかしら」

「そっかあ、元気で、あと、悪い事してなかったらいいんだけど」

 カイは嬉しそうに頷いた後、ちょっと不安そうになる。


「ロッキーは大怪我をして、もう死にそうになっていたんだ」

 カイがロッキーとの出会いを話す。

「3年前、大湖の岸辺に打ち上げられていた。うちの小屋に寝かせて側で一緒に寝て看病したんだ」

 ルイーセ様が首を傾げる。

「わたくしの所に来る前のお話でしょうか」

「余と喧嘩をして大湖に落ちたのはずっと前じゃが」

 ヨエル様が不審げに聞く。

「あの犬はこの前ヴリトラと前後して湖底の宮殿に来ましたの。何か探す風でしたが何を探していたのかしら」

「あ奴め」

 憎々し気に舌打ちするヨエル様。

「あれは余の喧嘩友達なのじゃ」

「そうなのですか」

 気が合いそうな感じだったな。喧嘩友達っていいんじゃないの。

「丁度喧嘩をしておった時に大湖に落ちて、ルイーセに世話になったのじゃ。もうずいぶん前じゃのう」

 どうも色々縺れていそう。これは触らぬ神に祟りなしだろうか。


「そう言えば修道院に行く時に桟橋で襲われたけど、あの湖って大湖に繋がっているのよね」

「そうだな。もしかしたら、あの侍女と従者はあいつらの仲間かもしれんな。聖女を奪いに来たのか」

 犬がルイーセ様の所に行ったのもその辺りだろうか。

「そうですわね、ヴリトラに押し込められたのもその辺りですわ」

 結局菜々美がエラルドと逃げたからこんな風に繋がっていったのだろうか。



 食事の後、そのまま会議になった。


「取り敢えずこの工場をどうするんだ?」

「どうもここは国にも内緒で作っておったらしい」

 元村長が白状する。何と不法工場のようだ。

「税金逃れかのう」

「この頃は平民の暮らしが上向いて来て、布の需要も増えるばかりでございます」

 ヨエル様の指摘にクレータの説明が入る。

 なるほど、それでこんな所に内緒で工場を作ったのね。でも折角暮らしが上向いても上層部だけで、働いている人が虐げられるのはどうよ。不法工場だから余計にそうなのかしら。ろくな商人じゃないな。


「商人はもう魔物になっちゃったのよね」

 うんうんと頷く何人か。

「この工場をそのままいただいちゃえば?」

 菜々美の不穏な発言に皆ハッとする。

「ここって不法工場よね、きっと。内緒で作っていたのなら、村が工場を管理して糸を作って、ギルドとかに卸せばいいじゃんない。ついでに機織機を入れて変わった模様を作って売ればいいわ」


 菜々美の不穏な発言を聞いてエラルドが元村長に質す。

「元村長、工場の契約とかはどうなっている」

「村長の家を探してみんとはっきりせんが、口約束だけだった筈じゃ」

 何と、そんな事がまかり通るのか。

「どこかから奴隷を連れて来るとか、移民を引き受けるとか聞いたでよ」

「そうじゃ、死んでも代わりならいくらでもいるとか言うて」

 村人がぽつぽつ暴露する。そんなロボットじゃあるまいし。


「しかしこの村の者はそんな感じじゃないな。皆しっかりしているし学もあるというか、ちゃんと自分のやる事を考えてやっているというか」

「儂らは違う国に住んでおったんじゃが、この国に住人がいないと村ごと連れて来られたんじゃ」


「なんと、人を家畜みたいに。本当にこの世界は許せないわ」

「どうした、何を怒っているんだ」 

「私は私を召喚したあの国が許せない。勝手に攫って要らないからって殺そうとして。同じじゃない、この村の人たちと。代わりなんていないのに」

「俺は菜々美がこの世界に来てくれて良かった。帰らないでくれ。お前に側にいて欲しい」

「私だってエラルドに会えて良かったと思っているわ。でもそれとこれとは話が違うの。私は帰れないのよ」

「帰らないと言ってくれ」

「うん。帰らない。ずっとエラルドの側にいる」


 分かっているの、帰れないって。

 分かっているの、こっちに来てエラルドに会って、もう彼がいない世界には帰りたくない、帰れないって事を──。


 でもまあ、それとこれとは違う。許せないものは許せないし。

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