26 追いかけて辺境


 エラルドはすぐにヨエル様を見た。ヨエル様はすぐに獣化してアイベックスになる。その背に跨るとピョーンとテラスから外に飛び出して犬の後を追いかけた。


「何処に行く気だろう」

「どうやら辺境の地のようじゃ」

「イリュリア共和国のジャムス辺境伯領か」

「あの女子はジャムス辺境伯の手の者であった。聖女が狙いであったか」

「くそっ!」

 菜々美を修道院に送る時に桟橋で襲い掛かってきた連中だろうか。統制の取れた集団ではなくて、あっさり返り討ちにしたが。


 農地と山林が広がるなだらかな丘陵地を疾走するアイベックス。辺りに広がるのはなだらかな丘のような山々だ。

 しかし、しばらく走るとやがて農地は荒れ果てた石ころだらけの不毛な荒野に変わってゆく。遠くに霞んで見える黒い森、山はむき出しの岩山で樹木がへばり付いている。


 犬は速いが三人乗っている。ヨエル様の方が断然速かった。


 辺境伯の領都に着く前に追いついて前に回り込む。勢いをつけて走っていた犬がキキキーーー!! と横に滑るようにして止まった。乗っていた三人が犬の上から吹っ飛ばされる。

 菜々美は地面に投げ出されてころんころんと転がった。


「ナナミ!」

 エラルドがヨエル様から飛び降りて、転がった菜々美を助け起こす。

「大丈夫か」

 素早く怪我の有無を確かめる。

「うん、エラルド」

 領主館でかけた結界がまだ効いている。

 犬から落ちた二人がすぐに起き上がって戦闘態勢を取った。銀髪の男が重たげな大剣を抜く。女は忍者のように双剣を構える。


「きさま、何者だ」

 菜々美を後ろに庇って剣を抜くエラルド。いつになく厳しい目付だ。身体から燃え上がるのは闘気のようなものだろうか。

 男も女も何も言わないでジリッとエラルドに詰め寄る。彼らから感じるのは殺気だろうか。肌が粟立って来る。


「下がっていろ、ナナミ」

 その言葉と同時に銀髪の男が大剣で重い一撃を繰り出し、女は双剣で素早く切りかかる。

 だがエラルドは二人を相手に一歩も引かない。大剣を受け流し双剣を打ち払い踏み込んで激しく攻撃を仕掛けて行く。


「ほう、本気のようじゃ」

「へ」


「あの二人は……パウリーナの従者と侍女?」

 従者も侍女も動きがよくて次々に攻撃を仕掛けるけれど、エラルドが強い。

「本気って……、パウリーナの従者だから焼きもち焼いてあんなに強いの?」

「ナナミ、それではあ奴が可哀そうじゃ」

 ヨエル様が首を横に振って溜め息を吐く。

「でも、前にヨエル様の仲間に傷付けられて負けそうだったし──」

「我らアイベックスと戦う者などおらぬ。この辺りのものは皆知っておって手出しなどせぬぞ」

「あら、でも蛇に負けそうに──」

「あのような足場の悪い所ではどうしようもない」

 ちょっと機嫌が悪くなった。


 話している間にエラルドは二人をねじ伏せたけれど、そこに三人目が現れた。

「我が相手だ」

 剣をエラルドに突き付ける。

「エラ──」

「きさま、いい加減にせよ」

 ヨエル様が怒っている。

 菜々美が呼びかけようとするのを後ろに、エラルドを押しのけて前に出た。

「うるせえ、ヤギは黙ってろ」

「山犬が何をほざく」

 この男、菜々美を攫った犬と同じ色合いの髪だ。もしかしてこの男も妖精の仲間だろうか。この世界には案外多いのかしら。


「我はそいつにもきさまにも負けん」

「尻尾を巻いて逃げた犬っころが笑わせる」

「ヤギは大人しく喰われていろ」

「生憎、弱い犬に食わせるような肉はない」

 犬が激しく剣で切りつけるが、ヨエル様は角でカンカンと受け止める。

 エラルドが剣を納めて戻って来た。

「何だか強かったですね、エラルドさん。ヤキモチですか」

「俺のナナミを攫うなんて、許せん」

(あやや、これは……)

 エラルドは腕を組んでそっぽを向いている。その顔が心なしか赤いような気がするのは菜々美の欲目だろうか。そこら辺をゴロゴロと転げ回りたい。


 ヨエル様と犬の罵り合いはまだ続いている。エラルドが二人の言い合いに肩を竦めて菜々美を振り返る。

「知り合いだろうか」

「そのようですね。私を攫った犬のようですけど、カイがロッキーって言ったような」

 それを聞いたエラルドがニヤリと笑って犬を揶揄い始めた。

「カイの犬か、こんな所で何をしている。心配していたぞ、ロッキー」

「そうよロッキー。カイは家族と同じに心配して探していたわ」

 当然ながらヨエル様を応援しているので、一緒になって揶揄う。

「くっ、貴様ら」

 犬の気が散った所をヨエル様の角攻撃がヒットした。

「ぎゃん!」

 犬が吹っ飛んだ。


 エラルドにやられて地に手をついていた侍女が叫ぶ。

「聖女は二人だったのでしょう? なら一人分けてくれてもいいじゃないの」

「うちの国は滅びそうなんだ! 悪い事が立て続けに起こってもう限界なんだ」

 銀髪の男も叫んだ。何だろうこの人、パウリーナの護衛兼、家来兼、情人の筈だけど、あの時とイメージが違う。

 侍女の方はひたすら目立たず大人しくしていたけど、この銀髪の男の方はやりたい放題だったよね。


「私は聖女じゃないわよ【巻き込まれた異世界人】なの」

「え」

「でも、浄化したじゃない」

「巻き込まれるくらいだから、聖魔法は少しくらいなら出来るわ」

 エラルドの受け売りだけど。

 唖然とする二人。


「あれが少しくらいなものか、工場ごと浄化なんて見た事がない。あんな聖水も見た事がない!」

 銀髪の男が叫ぶ。

「あら、聖水がいるの?」

「え?」

「聖水って害にならないわよね」

 エラルドを見上げて聞く。

「まあ、食べなければいいんじゃないか」

 ちょっと引き攣っているけど。

 口に入れる訳じゃないし、いいよね。

「じゃあ、あげる。一つでいいかしら」

「えっ、ええ、あの、コレが……?」

 ギンギンの聖水を見て恐れおののく二人。

「予備があった方がいいか、じゃあ二つ」

 まだ戸惑っている二人に聖水を渡す。


「ほ、本物なのか?」

「わおおおーーーん?」

「本物よ。また何かあったら行ってもいいわよ。今は村と工場の方が心配なの」

 ヨエル様が獣化してエラルドは菜々美を乗せて後ろに乗った。

「じゃあまたね」

「早く帰れよ、ロッキー。カイが心配しているぞ」

「くっ」

 エラルドと一緒にヨエル様に乗せてもらってウスリー村に向けて戻る。呆然と見送る二人と一匹。



「あ、名前を聞くのを忘れたわ」

「あ奴らはジャムス辺境伯の身内のものじゃ」

「イリュリア共和国のジャムス辺境伯?」

「ウスリー村の問題が済んだら行ってみるか?」

「行くー!」

「観光気分だな」

「あら、いけないの?」

「いや、そうだな教会もあるだろうし」

 教会に行ったらパウリーナが生きているかどうか分かるだろうか。

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