11 衝撃の事実! エラルドに婚約者が!


「キャアーー! 助けてええ! エラルド様ァー!」

 白々しい悲鳴を上げて、魔狼の群れを引き連れて来た、はた迷惑な馬車から降りて来たのは、赤毛の美女だった。胸が大きく、腰が細く、豪華なドレスを纏った女性。綺麗だけれどちょっと意地悪そうで、悪役令嬢かと菜々美は思う。


 もう魔狼の群れはエラルドが始末してしまったが、女性は真っ直ぐエラルドの方に向かって行く。エラルドは慌てて菜々美を盾にして避けた。

 目の前に美女が来て、青い瞳できつく菜々美を睨んだ。ポヨンと震える大きな胸が半分出たドレスで、菜々美より背が高くて、明らかに外人顔である。


「いやあーーー!!」

 菜々美はエラルドの後ろに行く。美女の前で譲り合いが始まった。

「何をやっていらっしゃいますの、エラルド様」

 譲り合いでべったりくっ付いた二人を眇目で見て、美女が咎める。


「そちらこそ、何故こんな所まで魔狼を引っ張って来た」

 エラルドは菜々美にくっ付いたまま美女を問い質す。

「いい加減になさって。そのような下賤な女と、ふしだらですわ」

 美女はエラルドの問いを無視して逆にこっちを難詰する。

「ふしだら? あなた何?」

 美女の言葉を菜々美が聞き咎める。へっぴり腰だが。

「そちらこそ、何者ですの? わたくしはアールクヴィスト侯爵が娘、パウリーナ・ダグマー・アールクヴィスト。エラルド様の婚約者よ」


 衝撃の事実が発覚した。何とエラルドには婚約者がいたのだ。

 勝ち誇った女性の顔。

「違う! もう婚約者じゃない!」

 蒼ざめて即座に否定するエラルド。


(これって何? このパウリーナ嬢が悪役令嬢で私がヒロインなのか? 私、聖女じゃなかったよね?)


「婚約破棄したの?」

 背中に居る男を見上げて聞く。彼女が苦手なのだろうか、しかめっ面だが。菜々美はこういう女性は外人じゃなくても苦手だけれど。

「誓約書でどちらかに不都合があったら破棄される事になっている。俺はアンベルス王国を出奔したし、召還した女性を攫ったし、破棄されるに十分だろう」

「まだ破棄されておりませんことよ」

 女がニタリと笑う。

「何故だ!」

 エラルドは焦ったように聞く。いつもの飄々としたエラルドはどこ行った。


「あなたはご病気で療養なさっている事になっております。聖女は元々一人でございますれば何も問題はございませんわ」

「ならそのまま死んだ事にすればよい。わざわざここに来ることもあるまい」

「さあ、上の方の考える事はわたくしには分かりませんわ。わたくしならあなたを連れて帰れると思ったのかしら。おほほ……」


 仮にも侯爵令嬢をこんな所に迎えにやるとか酷いんじゃないの。付き人も少数だし、アンベルス王国は何を考えているのだ。

 わざわざ迎えに来てくれたのに、こんな態度も酷いんじゃないの。キリキリと唇を噛んでパウリーナを睨みつけるエラルド。仮にも婚約者なのにどうしたんだ。


「逃げようとしても無駄ですわよ」

 チラリとエラルドを見て菜々美に言う。

「その娘は妾になさりたいのかしら」

「別に結構ですわよ」

 思わず美女の語り口を真似てしまった。エラルドが菜々美を振り返る。肩を竦めたらエラルドの力が少し抜けた。


 どうも、そこに愛は無さそうなんだけど、貴族の政略結婚なのだろうか。


「ふん、こんな下々の下賤な小娘など──」

 ああ、こんなのイヤ、自分の言いたい事だけ言って、人の話はまるっと無視する。こういうの苦手、言葉が通じないんだもの。

 放置する、関わり合いにならない、知らん顔する。菜々美の頭にたくさんの選択肢が浮かぶ。要は関わりたくないのだ。性格も外見も苦手だった。


「その拗ねたような、恨みがましいような、むくれた表情は止めろ!」

 エラルドが菜々美を見て怒る。

「何よそれ!」

(どんな顔だ!)



「まあまあ、お嬢様。魔狼はもう退治いたしましたし、こんな所では何ですから、ひとまず宿にお帰りになってお話しなさってはいかがですか?」

 熊のクレータが如才なく取り成す。

「そうじゃのう」

 ヨエル様も同意された。

「クレータって、どうしていきなり頭がいいの?」

「知の魚を食べたようじゃ」

(何だと! そんなもの、自分が食べたいわ)

 ていうか、あの時釣った魚ってそんな価値のあるものだったのね。


 美女の顔がヨエル様に向く。その目が大きく見開かれた。

「んまあ!」

 おお、獲物を見つけた緑と黒の斑点の模様の蛇みたいな顔付きになった。

 どんな顔だ。さささっとヨエル様の腕に取り縋り名前を聞き出している。


 美女がヨエル様に行っている間に、護衛の一人がエラルドに近付いた。

「エラルド様」

 アッシュブラウンに所々色の抜けた長い髪を緩く後ろで括ったグレーっぽい瞳の背の高い男だ。さほど威圧感は無いがなかなかの男前だ。近付きたくない。

「ラーシュ、お前どうして?」

 声を低めて聞くエラルド。知り合いというか、懇意のようだけど。

「皆、アルスターに集結しております」

「捕まらなかったのか」

「はい、上層部で揉めておりましたので、皆でアルスターに出奔しました。私は、イェルケル様に命ぜられて、こちらに来る者に紛れ込みました」

 アルスターって地名かしら。皆か、やっぱし従者とか付き人とか護衛とかいるよね、第三王子なんだし。

「そうか、お前は顔がいいからな」

「あの女はあちらの男に」

「ああ」

 チラッとそっちを見ると、銀髪のイケメン従者がヨエル様と美女を見てやきもきしている。パウリーナは金髪とか銀髪のイケメンが好みのようだ。


 取り敢えず美女をヨエル様に任せて、フィン村の『踊る仔ヤギ亭』に戻る事にする。エラルドはラーシュとかいう美女の従者と少し話をしてから戻って来た。



  * * *


 宿のエラルドの部屋で話を聞く。クレータも一緒だ。

「どうして彼女にここに居ることが分かったのですか?」

 早速、エラルドに疑問に思っていることを聞く。


「森からこの国に抜ける道は知る者は知っている、見張りも強化されていた。プレディル峠で騒ぎを起こしたし、あの時気付かれたかもしれない。ここには立ち寄るだけで早めに移動するつもりだったが、追いつかれたようだ」


 そうなのか、大騒ぎをしたし気付かれない方がおかしいのか。しかし、彼女は狼を引き連れて狩りでもするつもりだったのか。誰を狩るというのか。

「俺とパウリーナの婚約がまだ有効であれば、生きていると王国に知れただろう」

 浮かない顔のエラルドが息を吐く。


「ナナミ、俺は国に戻る」

 エラルドが言うと菜々美は口を引き結ぶ。虫も蛇も嫌なのだ。

「またあの森を抜けるの?」

「いや、彼らは船で来たのだろう。だから船旅になる」

「なら、一緒に行くわ」

 船旅ならば楽だろう。トローリングするんだわ。何か釣れるかもしれない。大物だといいな。


「ここで大人しく待っていろ。国に帰ったら、お前は修道院に行く事になるぞ」

「私が待ってたら、ここに戻って来るの?」

 菜々美が聞くとエラルドはグッと詰まる。

「大体、私、他国を巻き込んで騒乱を起こすのよね。ここに放っておくと思う?」

「お前は逃げろ」

「どうやって、どこに逃げろと言うんです?」

 エラルドと睨み合った。泣いちゃおうか、それとも殴っちゃおうか、それとも、それとも────。


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