02 逃亡の始まり
菜々美はどうやら鑑定の結果【巻き込まれた異世界人】らしい。
ということはステータスらしきものがあるのだろうか。
軟禁されて暇だった菜々美は心の中で念じた。
(ステータースオープン!)
そして出て来たのは、
名前 ナナミ 女 18歳
【巻き込まれた異世界人】
という、たった二行の文字だけだった。
ガックリと肩を落とす。勝手に巻き込んだ癖になんて酷い。
大体、姓が無くて名前だけとか始めから平民扱いなのか。舐めてんの?
菜々美は諦めが悪かった。何もしていないのにステータスがすぐに変わるなんて有り得ない、けれど他にすることが無いのだ。
(ステータス開け!!)
(レベルオープン!)
軟禁部屋には見張りがいて、彼らは蝋人形のように気味が悪くて、四六時中監視されているような気がするのだ。ステータスを見るのは、頭の中で思うだけなので好都合だった。気が紛れるし。
(なんか開け──)
(情報開示……)
暇だったし、腹が立ってムキにもなっていた。
(出でよ、ステータス)
しかし、その内文字が増えた。
名前 ナナミ 女 18歳
【異世界言語習得】【巻き込まれた異世界人】【アイテムボックス】
言葉もラグがあったし、バグでもあるのだろうか。
異世界転生転移の必需品【アイテムボックス】があった。よし! と思わず拳を握る。取り敢えず、これがあれば放浪しても何とかなる、筈だ。
菜々美は【アイテムボックス】を開いてみた。
期待はしていなかった。しかしそこには何か入っていたのだ。
(なにこれ? 服とか靴とか文房具、寝具、ベッド、衣装ダンス、机、椅子等)
服を調べると手持ちの衣類が下着から靴下まで全部入っていた。ベッドも衣装ダンスも机も自分の部屋にあったものだ。パソコンとかスタンドまで入っているけれど、こんな世界で使えるのか?
コンセントも灯りも何もない石造りの軟禁部屋を見回す。
ここのベッドは固いし、布団はゴワゴワの毛布がひとつだけだった。
【アイテムボックス】に入っている布団で寝たい。服も着替えたい。しかし、着ていた衣服を全部取り上げられたのだ。出したらそこでお仕舞いのような気がする。我慢をするしかないのか。
そして見知らぬ貨幣が入っていた。
(大金貨3枚、小金貨8枚、銀貨5枚、銅貨4枚、鉄貨3枚)
この銀貨5枚というのが、財布に5千円入れていたやつだろうか。そうすると多分大金貨が10万、小金貨が1万辺りだろうなと見当を付ける。
何なんだろう、この金額。何で入れてあるのか、よく分からない。
貯金を入れれば大雑把にこの金額になるのかもしれない。こちらの貨幣価値は知らないけれど。
(慰謝料とか、ないの?)
とても精神的苦痛を受けたのだけれど。
溜息を吐いて、菜々美は鉛筆を出して、絆創膏に『助けて』と、こちらの文字で書いた。
そして看守に見つからないように、こそっとあの黒髪の男に渡したのだ。
* * *
ぐるぐると回廊を歩いて小さな裏口門に出ると、護送馬車のように何の装飾もない目隠しをした馬車に乗せられた。
王宮を出て、王都を出て、馬車は走る。
2日走って湖に着いた。
湖の船着き場に小さな桟橋がいくつか並び、川船が係留されている。馬車はガタゴト道の振動を直に拾って揺れまくってお尻が痛くなるし、景色はよく見えなくて退屈だったので正直ホッとする。
「降りろ」と言われて馬車の扉が開く。菜々美は馬車の外を見た。
(湖だ。魚がいるかなあ?)
と、のんびり考えた。
あの船に乗るのだろうか。両側に水車のような車輪が付いた平べったい船だが、そんなに大きくはない。
そう思って船を見ていると「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて目の前の男が馬車の下にくず折れた。背中に矢が刺さっている。
みるみる血濡れて行くその背中から目が離せない。
今起こっている事が信じられない。
船着き場の建物の周りから何人もの賊が湧いた。ヒュンヒュンと矢を射かけ、剣を抜いて襲い掛かってくる。
菜々美は呆然と馬車の扉を掴んだまま突っ立っていた。
「ドシュ!」
掴んだ馬車の扉に弓矢が刺さった。扉がドンと揺れ動く。
「ひっ」
「馬車の中に入っていろ!」
男の声が聞こえた。慌てて馬車の中に戻る。バタンと外から扉が閉じた。
それは修道院に送る方にとって意図したことでは無かった様だ。
「何者だ!」
怒号と激しい剣戟が繰り広げられる。
「ひえっ……」
菜々美は頭を抱えて馬車の床に蹲って耐えた。
襲撃が少し止んだところで黒髪の男が戻って来て馬車の扉を開けた。
馬を引いていて、素早く跨ると、菜々美を引っ張り上げて走り出した。
船着き場の周りに倒れている者と、まだ戦っている者と、黒く塗れている地面とが目に入る。
「な、何でこんなことに……」
だがゆっくり考えている暇は無かった。
菜々美は初めて馬に乗る。馬の背に乗るとぐんと高くて、横乗りなのでどこに掴まっていいか分からない。
走っていて落ちそうでジタバタした。
「大丈夫だ」という男の声がすぐ耳元で聞こえて「ぎゃっ」と無様な悲鳴を上げる。男が手を腰に回して余計に狼狽えた。
「な、な、何を……」
「落ちるぞ」
低い声は早口だったが焦っている様ではない。
馬は全速力で走っている。何処に行くのか、分からない。この地も、国の名前も、この男の名前すら知らない。
* * *
馬は船着き場の向こうの林を突っ切り、高い草の生えた丘を登って行く。幾つもの丘を越え林を突っ切ると段々に傾斜が急になって行く。何時間、駆けたのかやがて木立を抜けて開けた場所に着いた。
男が馬から降りて、菜々美も降ろしてくれた。足がガクガクだ。しばらく軟禁状態だったから運動不足でなおさらだ。無様に地面に両手をついて転がった。まだ身体が上下に動いているような気がする。
男が戻って来て「この先は崖だ」と言う。
「崖……」
じゃあ進めないのか。これから何処に行くんだろう。
「私あなたを巻き込んでしまったわね。ごめんなさい」
取り敢えず謝ってしまうのは日本人の性か。
「お前は修道院に入って、一生日の当たらない所に軟禁されることになっていた」
やっぱりと、心のどこかで納得する自分がいる。
「殺そうという意見もあったが、それは反対する者がいた」
(なんだと?)
男は口調を変えた。
「私はこの国に要らない人間なんだ。息を潜めるように生きて来た」
チラリと菜々美を見て言った。
「お前と同じだ」
「だから助けることにした。あの紙を見た時、私自身が助けを求めているような気がした」
「この国を出る。その後どんな生活が待っているか分からない。修道院の方がましなような暮らしかもしれない。それでも行くか」
確かめてくれるのか。軟禁部屋に来たあの金髪の男と態度が違う。
「行きます」
躊躇いもなく答える。他の選択肢なんか無い、軟禁なんかごめんであった。
「これは賭けだ」
なんでもないことのように男は言う。
「人生には娯楽が必要だ」
生死が絡む賭けが娯楽だろうか。賭けに負けたらどうするんだ。
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