明鏡止水(めいきょうしすい)

ロイド

明鏡止水《めいきょうしすい》

 まずは目と眉毛の距離、そして眉毛の太さも重要だ。

そして次に髪型。ここを押さえておけば、おおよそは問題ない。

もちろん髪型は現代に合わせた物にしているが、基本は戦国時代から培われた物だ。

 最近世間ではAI技術等により、同様な物が数値化されているが、それでも我らの技が何ら揺らぐ物ではない。

 このメイクで常に相手に好印象を与える事が出来る。イケメン風メイクといっても良い。

だが、実はこれは生まれついたものも大きく左右するので、自分は劣等感を持っていた。

 高校時代の友人は、先天的に、それが優れていたので、いつも羨ましく思っていたのだ。そして会話も巧みなので、彼は常に女子に注目されていた。

 口元は動きは自分の技術でどうとでもなるが、パーツの大きさ、距離はどうしてもメイクに頼る必要がある。


「よしっ!」 鏡を見ながら宗壱しゅういち は声を上げた。

その時、扉の外から声が響いだ。

「先生、お時間でございます」

「うむ、今行く」


 道場には既に弟子達が整列している。

宗壱は辺りをぐるりと見渡し声を上げた。

「初めっ!」


「喜」、「喜」

「怒」、「怒」

「哀」、「哀」

「楽」、「楽」


 弟子達の声が繰り返し響き渡り、それに合わせ表情を作っていく。

 宗壱は満足気にその様子を見ていたが、突然指をさし、声を上げた。

「そこっ!貴様、何故、体術までやっているかっ!」

「申し訳ございませんっ」


 師範が口添えする。

「あの者は分家の長男でして、幼少期より父の技を真似てクセになっている様でして…」


「良い機会だから言っておく」

「基本は顔術にある。中途半端な顔術に、体術を併せると相手に隙を与える事になるぞっ!」

「どうしても不自然さが目立ってしまい、相手に「おやっ?」と思わせてしまう」

「完璧な顔術からの流れでの体術。それが肝要だ」

明鏡止水 めいきょうしすい、邪心のない心。これを信条と心得よっ!良いかっ!」


「はいっ!」

弟子達が声を上げた。


 宗壱は懐術 かいじゅつ の若頭だ。

懐術は、戦国時代から続く相手を懐柔させる為の技術だ。

『ものぐさ太郎』『わらしべ長者』も懐術の使い手だったと、まことしやかに言われているが、定かではない。

 こういった話は、忍者の忍術が有名だが、毎回相手に諜報活動や武術等を駆使していたら争いが絶えない。

 そこで争い事なく、事を丸く治める交渉術の一つとして懐術が重用され、今日まで受け継がれて来たのだ。


 懐術には大きく、口術、顔術、体術、知術がある。


 口術は文字通り、口の上手さ。現代の交渉術に近い。初めに無理な要求を出して、次に本当に通したい要求を出す等がこれだ。


 顔術は相手の心情によってその場に合わせた表情を作る事。雨に濡れて捨てられている仔犬を想像して欲しい。

 そこで悲し気な仔犬の表情を見たら誰でも連れて帰りたくなるだろう。世間で言われるダメ男も実は顔術が巧なのだ。

 そしてメイクもその一環で、相手に好印象を与えるには、まず第一印象が大きく作用する。その方法が代々受け継がれているのだ。


 体術はその顔術に合わせた動作。先程の仔犬に近づいたら、尻尾を振る等は体術とも言える。ダメ男の背を丸くして小さくいじける姿も、女性が「私が守ってあげなければ」と思わせる体術の一つなのだ。


 そして知術。これは相手を知る事。実はこれは諜報活動で、実は忍術の起源は懐術の知術とも言われている。

 相手を知っておかなければ、思い付きで土壇場で考えを変えられる事もあるのだ。


 現代では、企業の取引の陰で暗躍しているのが我々なのだ。

成績優秀な営業マンでも、私達に較べたら、所詮、赤子の様なものだ。


「先生お迎えが参りました」

外に黒塗りの高級車が迎えに来ていた。


「先生お忙しい所、いつもありがとうございます」

「いえ、お互い時間も無い事ですし、早速始めましょう」



「そろそろ終了時間ですね」

「ありがとうございました」

「そういえば首相、次の交渉相手はEUの方でしたね」

「そうですが…」

「あの方は、確か冗談が好きな方でしたので、冗談の後、その流れで足を組んで見てはいかがでしょう?」

「ヨーロッパ圏の人々は、足を組むのが良いマナーとされています」

「日本人が正式な場で足を組まないというのは知られていますが、ヨーロッパ圏の人々から見たら心を許して無い様に見えるでしょう」

「しかし冗談の後、自然な流れで笑いながら足を組めば効果てき面だと思われます」

「なるほど。いつもありがとうございます」

「では、また来週…」



 今日、宗壱は高校時代の友人と飲みの予定が入っていた。

これは知術の一環で、世間の動向を知る上でも重要なのだ。

そして相手は高校時代の友人。そう宗壱が羨ましく思っていた男だ。

 ルックスが優れ、会話の巧みな彼には教えられる事も多い。

つまり何人もの女性と同時に付き合い、文句も言われない。

彼はある意味、懐術の達人なのだ。


 酒も進み、話す事も無くなってくると、彼は微笑みながら切り出した。

「で、最近はどうなんだい?」

「どうと言うと?」

「女のことだよ。相変わらずお堅い感じでやっているのか?」

「まあね」

「お前も、昔に比べ良い感じになってきてるし、イメチェンでもしたらどうだ?」

 確かに私が懐術を使えば、女性を夢中にさせる事はたやすい。

しかし、それは術に踊らされているだけで、本当に私に興味がある訳ではないのだ。


「おっ!丁度良い所に女の客がいるじゃないかっ!」

 彼は退屈して来ていたのであろう、意気揚々と女性達に声を掛けに行った。

「どれどれ、とくと拝見させてもらおう」


 流石、彼はあっという間に女性達と仲良くなり、一緒に飲む事となった。

場の仕切りも素晴らしい。

どの女性にも偏る事無く、退屈させない様な話題を振りまく。

彼がホストになったのならば常にナンバーワンだろう。



「堅物のお前には珍しく、妙に積極的だったな。まさか連絡先まで聞くとは思いもよらなかったよ」

「口調、身のこなし、全て美しかったじゃないか?」

「断り方も良かったね。場の雰囲気も壊さずスマートと言うか…」

「そうかっ?俺は小柄な目のクリっとした子が良かったけどな」

「彼女は可愛らしいは可愛らしいが、行動があざとらしいんだよ。言葉とギャップがあると言うか…」

「どうしても、俺はそういう所が気になってしまってね」

「お前は何も分かっていないな。そこが良いんじゃないかっ!」



 基本は目と眉毛の距離、そして眉毛の太さも重要。そして髪型も。

これは戦国時代から培われた物だ。


「先生、お時間でございます」扉の外で声が響いた。


「喜」、「喜」

「怒」、「怒」

「哀」、「哀」

「楽」、「楽」


道場では弟子たちの声が繰り返し響く。


「今日はそこまで」

「ありがとうございました」


 稽古が終わると師範が声を掛けてきた。

「先生、昨日はごちそうさまでした」

「いえ、しかし、あの若頭も大した事ないわね」

「あなたの、あざとさ。あれを、わざと出している事に全く気が付いてないもの」

「所詮、男の懐術なんて、あの程度ね」

「女が遺伝子的に持ってる力と、懐術を足した力と比べたら、赤子の様なものだわ」

「今度の企業案件は勝ったも同然ね」

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明鏡止水(めいきょうしすい) ロイド @takayo4

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