「やぁ。やっと来たね人間。待ってたよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それは本当に偶然だった。言い方を変えるなら運命と言っても良いかもしれない。
そのぐらい偶然だった。
出会ったのはサクラ共和国首都プラムから徒歩7日ぐらいの距離に在る廃城だった。
その廃城は元々サクラ共和国の前身となるオウカ宗教国という国の所謂王城だった。政変や縁起がどうので今のサクラ共和国になったんだけど、それは今は良い。
その廃城にはギルドの依頼で来ていた。依頼内容は『旧王城の偵察』だ。
廃城とはいえ元々は国の首都の象徴たる王城だ。様々な部屋や広間や通路が有る。そういった場所に魔物が住み着いていないかの偵察がメインの依頼だった。
この依頼はサクラ共和国から出された物で、つまり帝達が出した依頼だ。ただ、これはだいたい1ヶ月に1回は確実に出される依頼のため、基本既に首都に居る冒険者達は1度は受注したことの有る者達ばかりで、だから基本やりたい奴が現れない限りギルド側から使命されて始めてやるなんていう不人気依頼だった。
報酬はCランク相当とDランク以下からすればお得なのだが、如何せん首都から遠い。片道7日、往復14日も拘束されるとなれば、その間に他の依頼を請けて稼いだ方が効率が良い。
しかしこの時の俺は、付き纏ってくるクソ野郎やその取り巻き達から少しでも距離を起きたかったため、面倒ではあるがこの依頼を請けた。
そして廃城に到着し、その城門横に備え付けられた旧警備室に当分の食糧や荷物を置き、警備室の近くに魔物が寄ってこないように自作の魔物避けの香を焚いてその日は寝て、到着した日の翌日から探索を開始した。
廃城の中はかなり荒れていて、それだけで過去に何度か魔物達が巣食っていたであろうことは容易にわかった。
今回も魔物が住み着いていたみたいで、ゴブリンが3体固まって動いてた。
ゴブリンとは小さな角が生えてて耳がエルフのように尖った人族の成人前の男性ほどの大きさの人型の魔物だ。つまり俺ぐらいの身長の人型だ。
ゴブリン達の装備は木製の槍2本と錆びた剣1本をだった。
ゴブリン達はまるでそこから先へ何者も通らせないようにするかの如く身構えていて、まるで見張りのようだった。
それを見て俺は魔物がまたこの廃城で増え始めているんだと悟り、まずはそこを迂回して他に魔物が居ないかを探した。
そうやって探索し、どうやら先ほどのゴブリン達が守ってる場所以外には魔物は居ないということがわかった。
それを確認してから、警備室へ戻りギルドで受け取った地図を開いた。
この地図はこの廃城の見取り図だ。それで確認したところ、ゴブリン達が守っている場所の先には玉座の間が有ることがわかった。つまりゴブリン達は玉座の間かその先に巣食っているという訳だ。
確認を終えた俺は持ってきた荷物の中から弓と矢を取り、そして一部の自作の魔法薬を手に取りゴブリン達の許へと戻った。身を隠しながら奴等を見張ったところ、どうやらゴブリン達でも見張りの交代をするということがわかった。というか、奴等を見付けたその地点に戻った時、ちょうど交代しているところだった。
交代するのを見届け、少し時間が経ってから床に無味無臭無色の煙を出す睡眠導入効果の高い香を焚いて、自分はその香の効果を打ち消す薬を口の中で転がしながら静かに弓を床と平行になる打ち方になるように弓と矢を持ち3本構えた。
狙うは眠たそうにアクビをしたり欠神しているゴブリン達の喉元。ゴブリンの様子をチラチラ肩越しに確認しながら矢の飛んでいく距離と角度を考えて微妙に持つ矢の角度を変える。そしてゴブリン達の目が全員閉じるか視線がずれるのを待った。
どんどんゴブリン達の目が閉じられる回数が増えていき、遂には船を漕ぎ始めたタイミングで静かに奴等の前に出て、これまた静かに矢を番え、そして矢を握る手の力を抜いた。
飛んでいく3本の矢。それ等は風切り音こそ立てたものの静かに飛んでいき、全てがゴブリン達の喉へと突き刺さった。
当然ゴブリン達は起きた。しかし声を出すことは無く、そしてそれぞれが持つ武器を床に打ち付けるなど音を出すこと無く、静かに膝から落ちた。
通路の床が石製のため錆びた剣を持つゴブリンにだけ矢を放つと同時に近付き、念のため1年前に街で買った鉄製の短剣でゴブリンの心臓を突き、錆びた剣はその剣心を指で掴んで床に落ちる時の音を殺した。
死骸達と奴等の武器を回収し、警備室まで運んだあと討伐証明のための右耳を剥いで剥いだ耳を袋に入れて、残った死骸達は森の中へと放り投げた。
奴等の死骸は勝手に森の動物や魔物が食べてくれることだろう。
そのあと俺は奴等の居た場所へと戻った。そして睡眠導入の香を回収し、細心の注意を払いながらゆっくりと奥へと進んだ。
結果から言えばゴブリンの警備は玉座の間まで続いた。それも距離が近くなる毎に4体、5体、6体と警備の数が増えていった。しかも持つ武器も錆びた鉄製の武器へと変わり、最後には全てのゴブリンの武器が見るからによく切れそうな鋼の武器になっていた。
普段の探索ならここで引き返してギルドに報告すれば良いのだが、この時の俺は何を思ったのかそのまま挑んだ。
戦法は最初と同じ。睡眠導入の香を焚き、気付けの薬を食み、そしてついでに臭い消しの香も焚いた。というか臭い消しの香は最初から焚いていた。じゃないととっくの昔に気付けてる。例え人型と言えど、ゴブリン達は人族とエルフ族より物凄く鼻が良い。慣れない臭いを嗅いだならまず間違いなくすぐに襲って来るのは過去の経験でわかっていた。
ただ問題が有って、当時の俺の技術では狙い通りに矢を当てられるのは1度に5本までだった。6体居ては1体余る。だから最後だけは魔法を使うことにした。アロッドエクステンションという魔法とペネトレイトという魔法だ。アロッドエクステンションは何かを魔力的に延長させたい時に使われ、ペネトレイトは何かを貫きたい時に使われる。前者は実はオリジナル魔法で、後者は他の冒険者達で特に弓や槍を使う人達がよく使う魔法だ。
ペネトレイトを打つ予定の矢4本全てに、アロッドエクステンションを念のため4本の内の2本に掛ける準備をする。
4本の内2本は見張りの内の斜線が重なってる2体ずつ用に、残り2本はアロッドエクステンションで斜線を延ばすために使う。
ゴブリンの配置は扉を守るように2体、扉前の通路を守るようにそれぞれ2体ずつ配置されていた。この内通路の4体をペネトレイトの矢で殺って、扉前の2体にはアロッドエクステンションの2本で仕留めるためだ。
ペネトレイトは魔力を纏わせればそれで出来る。対してアロッドエクステンションは効果を付与するには一手間が必要だった。
アロッドエクステンションは元々エクステンションという魔法に一手間加えた魔法だ。エクステンションの効果は延長させる。ただそれだけ。
話は少し横に逸れるが、魔法というのはそもそも『射程』・『規模』・『効果』・『指向性』・『対価』の5つが揃って初めて使える。
例えばペネトレイトであれば、『射程:0センチ』『規模:5センチの正方形の内側』『効果:発動時に籠められた魔力に応じて物体を貫通する』『指向性:無し』『対価・行使したい強さに応じた魔力』こんな風になるわけだ。
この要領で言えばエクステンションは『射程は籠められる魔力に応じて』、『規模は籠められる魔力に応じて』、『効果は籠められる魔力に応じて何かを延長する』、『指向性は特に無し』、『対価は延長したい距離に応じた魔力』となるわけだ。
魔法は自由度を犠牲に具体性を持たせれば持たせるほど消費魔力は減っていく。だからこの時の射程を『鏃を基点に指でなぞった距離に応じて』、規模を『鏃を基点とした指でなぞった距離に応じて』、効果を『指でなぞった部分に部分に基点となる鏃と同じ形の鏃を隙間無く複製し魔力の供給が無くなるまで固定する』、指向性を『特に無し』、対価を『魔力を籠めて指でなぞった範囲に応じた魔力』とすれば、魔力の少ない俺でも乱発出来る。やらないけど。
そうして完成したのがアロッドエクステンションだ。残念ながら鏃にしか使えないが、だからこそ消費魔力は極僅かで十分な効力を発揮してくれる。
その場に音を立てないように座り込んで足で矢を挟んでアロッドエクステンションを使う準備をする。この魔法の便利な所は、例え矢が2本以上でも魔法効果が鏃を基点に指でなぞった範囲だから何本重なってても消費魔力は変わらず使える点だ。開発した当初は1本1本に使ってその度に余分に魔力を使っていたのが今では懐かしい。
ゴブリン達が船を漕ぎ始めるのをジッと待ち、時折来た道を振り返っては外に出てるかもしれないゴブリン達が帰ってきてないかを確認してずっとその時が来るのを待つ。
そして遂にその時が来たら、今度はペネトレイトとアロッドエクステンションを矢に掛けて、通路を守ってるゴブリン達に対する斜線が重なるのを待つ。でもずっとは待てない。このまま待っていてはいずれゴブリン達は床に崩れ落ちて寝てしまう。そうなっては魔法が無駄だ。
そうやって待って、ある程度重なったタイミングで喉元目掛けて矢を放つ。
放たれた矢は綺麗に飛んでいき、ペネトレイトのみの矢は見事2体ずつ喉を貫いて4体を殺し、扉前の2匹の内の奥側を狙った2本のアロッドエクステンションの矢は見事扉前のゴブリンの首を切り落とした。
それを確認してからすぐに扉前へと駆け寄り、矢だけ回収できるだけ回収して、扉が経年劣化で欠けて向こう側が見えてる所を中心に睡眠導入の香を置けるだけ置いて、急いで警備室へと戻った。
そして一息吐いて、軽くパンを半分を一摘み分のの塩で食べて水筒の水で流し込んだ。
そうして矢の補充をし、ゆっくりと、可能な限りゆっくりと時間を掛けて玉座の間の扉の前まで戻った。
時間にすれば一刻ほどだろうか。そのぐらい経った頃には香も設置したものはほぼ無くなっていて、置いた香を回収するだけになっていた。
設置した香の瓶を回収し、1回だけ深く深呼吸してから、ゆっくりと扉を開くために力を込める。
扉は意外にすんなりと開いた。大きさや経年劣化で開けにくくなってるのかと思ったが、そんなことはなかった。
そうやってそぉーっと開けた先、玉座に当たる部分に彼は座っていた。
見た目は人族と変わらない肌の色で、髪は珍しい黒色。目は黒色のように見えるが、よく見たら黒色に見えるほどの紫色だった。顔はあのクソ野郎よりも整ってるんじゃないかってぐらい格好良い。服装は、なんというか、ラフな格好だった。村人や街の通行人と言われても納得しそうなぐらいラフな格好だった。なんて言えば良いか、まるで見るだけで高貴とわかるような人物が、無理矢理庶民の服を着ているような、そんな違和感を覚えるぐらい普通の格好だった。
そんな人物が片足の足首の辺りを反対の膝の上に乗せ、乗せた脚側に有る椅子の肘掛けに体を預けながらニヤニヤとした表情で俺のことを見ていた。
「やぁ。やっと来たね人間。待ってたよ」
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アロッドエクステンション。1番イメージしやすいのはファンタジーではお馴染みの『飛ぶ斬撃』。事象の結果はアレと全く同じです。
違うのは矢という実体が有るか無いか、基点が有るか無いか、発生してるのが中心か端か。この3つだけです。やってることの結果全く同じです。
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