グラスの中
ぐり吉たま吉
第1話
「いらしゃぁ〜い。来るの、遅い〜」
勝手知ったる店内の、空いている席に勝手に座る俺に気付き、アヤは、急いで、同席の客に挨拶して、俺の隣に座った。
「他の店、3軒ほど、顔出してから来たからな」
「もう、店、終わっちゃうじゃん」
「んな、ことより、お前がついてた客、あれ、お前にぞっこんで、入れあげてるやつだろ?いいのかよ…戻ってやれよ。俺は、別にお前が来なくたっていいんだぜ」
「いいの!帰りに挨拶に行くから…」
「だって、ありゃ、今日、同伴してくれた客じゃないの?」
「そう。オープン・ラストで、アフターも誘われた」
「そう?よかったじゃん」
「よくないよ!!今日は断ったもん!今日は、ぐりっち、来るって思ってたから」
「バカだなぁ…俺、お前と約束なんかしてないぜ。今日、来ないかもしれないじゃん」
「でも、来たでしょ。今日はどっかに連れてってよぉ〜」
「やだよ…店で、今、一緒にいるんだからいいじゃん」
俺は、アヤが席をたった客の方に目を向けた。
俺のことを、鬼のような形相で睨んでいたが、サングラス越しで見る、俺の目と視線が合うと、俺に会釈して、ヘルプについていた女の娘と話し始める。
俺も、気持ちだけ、頭を下げて、アヤへ目を移す。
「もう、閉店まで、30分しかないんだよ」
「いいじゃんか。お前、指名もしない俺に、ついたって、しょうがないだろ?こんなことやってたら、NO.1から、さがっちゃうぜ」
「あたし、他のお客さんには、ちゃんと、きっちり、キャバ嬢やってますから…ぐりっちはお客じゃないもん」
「バ〜カ!俺はちゃんと、金払ってるぜ」
「だって、好きになっちゃったんだもん。いっくら、あたしが、にっこりして話しかけても、全然夢中にならないしね。他の娘に、お熱かって思えば、誰に対しても口説かないで、さらっと飲んで、帰るだけ…気になって、気になって…ぐりっちのことばかり考えてたら、どうしょうもないくらい好きになってたよ」
「それは、俺に対する興味と俺の金払いの良さに惹かれただけ…それに、俺
だって、他の娘、一応、口説いてるぜ。お前にだって、一番最初に、俺の席についたときは、口説いたはずだよ」
「そんなの、店の娘、全員に言ってる、社交辞令みたいなやつでしょ!だったら、本気で口説いてみてよ。なんなら、店内じゃなくて、あたしんち来て口説いてよ」
「バ〜カ。キャバ嬢は、客に擬似的な恋愛感情持たせて、ナンボの仕事じゃん」
「だぁかぁらぁ…他のお客さんには、ちゃんとやってます!いちお、あたし
、この店じゃNO.1なんだから…」
「なら、いっぱい同伴してくれて、いっぱい店で使ってくれて、いっぱい贈り物をしてくれる男についてりゃいいじゃん」
「だから、そんなのは嫌なの!ぐりっちはそんなんじゃ嫌なの!キャバやってたって、仕事、離れたら、ただのひとりの女だよ。だから、あたしんちに来て、あたしのご飯、一緒に食べてよ」
「俺は、自分が通っている店の娘には、手を出さない主義。俺がお前んち行ったら、俺も男だから、お前、食っちゃうことになる。したら、お前、マクラになっちゃうんだぜ。そうしたら、お前の格も落ちるんだ」
「そんなの気にしないよ…」
「バカ…それに、お前、食って、俺がこの店に来たら、100%、お前、俺が自分の客って主張するだろ?俺は、誰とでも、楽しく話しながら飲みたいだけだから」
「あたしのこと、嫌いなの?」
「嫌いなら、この店にわざわざ来ないだろ?俺は、この店で、まだまだ楽しみたいから、誰も本気には口説かないんだ。お前がキャバやめるか、俺の行かない他の店に移ったら、お前の家に行くよ」
「あ〜あ…もっと、楽しいこといっぱい話したかったのに…もう閉店に時間になっちゃったじゃん!ちょっと、他のお客に挨拶してくるから、絶対に帰っちゃだめだからね」
「わかったから、他の客、送り出して来いよ」
俺のどこが良いのか?
でも、気さくで話しやすく、連れて歩くと誰もが羨ましがるほどの美貌のアヤが、こんな俺を、仕事を離れて、好いてくれるのはうれしかった。
「おまたせ!一緒に帰ろ!って、どこに行く?」
「そうだな…焼肉でも食いに行こうか?」
「え?焼肉??…ヤダ!!」
「なんだよ…お前、焼肉大好きじゃんか…他の客のアフターでは良く行く
んだろ?」
「だって、ぐりっち、お腹がいっぱいになると、そのまま、いっつも一人でさっさと帰っちゃうじゃん。今日は朝まで一緒にいるんだからね!」
俺はしょうがなく、アヤを朝までやっている、カウンターバーへ連れて行った。
あまり、酒が強くないアヤは、無理やりのように、カクテルを追加して、飲み干す。
「ぐりっち…あたし、まだ、いまの店、辞められない。でも、キャバ辞めたら、ホントだよ…。あたしの部屋に来て、一緒にご飯食べてよ。キャバ嬢だって、ホステスだって、ただの女なんだよ。男を好きになっちゃいけない
の?騙すつもりで、お客に接しているわけじゃないけど、夢を売るのがあたしの仕事だからね。売ってばかりいないで、あたしも夢をみたいんだよ…。」
誰にも見せたことのない、涙でマスカラを崩した顔で、アヤは俺を見上げ
た。
「ホントだよ…キャバ嬢だって…ホントだよ…」
そして、俺の肩で、酔いつぶれたアヤを、俺はアヤの部屋まで、送る羽目になった。
スーツ姿のまま、つぶれたアヤをアヤのベッドにそっと寝かす。
俺は、そのまま、部屋を出ようとした。
急にアヤは俺の手首を掴む。
振り返って、アヤを見つめると、アヤは、ペロっと舌を出して言った。
「ひっかかった…。もう、この手、離さない…」
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