第28話 兆候

 ミラクルフライトは、新馬戦、1勝クラス、そして重賞と3連勝で勢いに乗り、次は年末に行われる2歳GⅠであるホープフルステークスに出走と決まった。


 しかも、私は前に長坂琴音騎手と話した時から、この時までに3勝を上げており、通算31勝に到達し、初のGⅠ出走が決まっていた。


 あの無口で、何を考えているかわからない熊倉調教師までもが、

「こいつはマジで速い馬だ。それだけに、クラシックでは負けられねえ」

 と、密かに闘志を燃やすように語っていた。


 だが、その前にまたもやライバルが立ち塞がることになる。


 2037年12月20日(日)。阪神競馬場、11Rレース、芝1600メートル、朝日杯フューチュリティステークス(GⅠ)。


 天候は曇り、馬場は「良」。


 もう一つの2歳王者を決める戦い。ここに、ベルヴィがいた。鞍上は長坂琴音騎手。そしてもう1頭、後にミラクルフライトとは因縁の対決をすることになる、サヴェージガーデン(牡・2歳)という馬もいた。


 だが、この時はまだ「彼」については、注目されていなかった。


 一方で、ベルヴィである。

 圧倒的1番人気で臨み、レースでは中団からやや後方を追走すると、3コーナー過ぎからスパートをかけ、初めて長坂琴音騎手が鞭を使い、 ゴールでは2着の馬に2馬身半差もつけて圧勝を果たした。その走破タイムは従来のレコードタイムを0秒5も更新していた。


(まさに化け物)

 そのレースを、中山競馬場のジョッキールームで見ていた私の目には、まさに「余裕で」勝っていることが、手に取るようにわかっていた。


 何しろ、前走まで長坂騎手は、ベルヴィに対し、「鞭すら使っていない」のだ。それでも余裕で勝ってしまう。次元が違っていた。


 そんな中、その年、最後の大レースが私にも待っていた。


 2037年12月26日(土)。中山競馬場、11Rレース、芝2000メートル、ホープフルステークス(GⅠ)。


 天候は曇り、馬場は「良」。


 朝日杯フューチュリティステークスに並ぶ「2歳王者」を決める一戦。

 私は、彼に「メンコ」をつけることを提案していたが、熊倉調教師からは断られていた。

 そして、それが不利に働く。


 最初から「かかってしまった」からだ。

 ミラクルフライトは頭はいいが、少し繊細なところがある仔で、周りの音に惑わされるところがあった。


(せめてチークピーシズをつけることをお願いしよう)

 そう思いながらゲートに入った。

 チークピーシズとは、頭絡の頬革にボア状のものを装着したもので、左右を見えにくくして前方に意識を集中させる効果を期待して用いられる。

 もっとも、これが「絶対に効果がある」という保障はどこにもなく、むしろマイナスに働くこともある。


 ともかく、このレースでもミラクルフライトは単勝1.4倍の圧倒的1番人気だった。

 重賞連覇、そして初のGⅠ制覇に向けて、私の気分も高まっていた。おまけにそのレースには、同世代のライバルたちはまだいなかったのだ。

 頭数としては、12頭だったが、後で考えれば、このレースは千載一遇のチャンスだった。


 ところが。

 最初こそ良かった。この馬にとっては、初の2000メートルという距離だったが、出走してから道中、3番手くらいにつけていたし、中山競馬場の坂道にも問題なく反応していた。


 これなら行ける、と思いきや。

 最後の直線の310メートルほどで、脚色が衰え、2番人気の無名の馬に差されて、2着に沈んでいた。上がり3ハロンのタイムも36秒4と振るわなかった。


 終わった後、熊倉調教師に、

「申し訳ありません。でも、間違いなく実力はあります。次のレースは、チークピーシズをつけて下さい」

 そうお願いしたら、普段なら、面倒くさがって、ロクに答えてくれない彼が、


「わかった」

 神妙な顔で応じてくれるのだった。


 やはり、彼にもこの馬の良さはわかるらしい。今までのどの馬とも扱いが違っていた。


 私にとっての初のGⅠ勝利はお預けとなり、同時にミラクルフライトの連勝は3で止まった。


 後から考えると、これが「端緒」だった。


 なお、3年目の2037年度の私の成績は、出走回数395回に対し、1着が13回、2着が12回、3着が35回。勝率は.032、連対率は.063、複勝率は.151だった。


 2年目に比べ、騎乗回数は増えたが、やっぱり勝率と連対率は下がっていた。ただし、複勝率だけは上がっていた。

 通算勝利数は、34勝に到達していた。


 年が明けてすぐ。

 2038年1月9日(土)、中山競馬場、6Rレース、芝1600メートル、新馬戦。


 ここで私は、この世代最後の「ライバル」の姿を見ることになる。

 その馬の名は、イェーガータンク(牡・3歳)。鞍上は大林凱騎手。


 この馬に関しては、血統があまり良くないことから評価は低く、またフルゲート16頭の大外枠を引いたこともあって、単勝で5番人気だったが、道中3、4番手につけ3コーナーで先頭に立つと、そのまま押し切り、後続に何と6馬身もの差をつけて圧勝していた。


 たまたま中山競馬場でレースをしており、ジョッキールームで見ていた私の目には、


(こいつも化け物だ)

 と映っていた。


 特に、「逃げ」に徹すると、恐ろしいほどの脚を発揮しそうだと思った。


 私の乗るミラクルフライト、武政修一騎手が乗るハイウェイスター、マリアンヌ騎手が乗るヨルムンガンド、長坂琴音騎手が乗るベルヴィ、そして大林凱騎手が乗るイェーガータンク。


 役者は揃った。

 いよいよ本格的なクラシック戦線が始まる。

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