第20話 菊花賞の君

 10月。クラシック戦線最後の一戦、菊花賞が開催される。


 「最も強い馬が勝つ」と呼ばれるこのレースは、距離が長い。


 2036年10月26日(日)、京都競馬場、11Rレース、芝3000メートル、菊花賞(GⅠ)。


 天候は晴れ、馬場は「良」と発表されていた。


 京都競馬場の芝3000メートル。京都競馬場名物の「急坂」が二度もあり、前半のペースは、早めで流れる事が多い。3コーナーの高低差4.3メートルの坂が特徴で、2周目のこの部分が勝負所になる。ペースが一気に上る。


 また、最後の直線は、404メートルとやや長めだが坂の無い平坦なコース。4コーナーの時点で後方に位置すると厳しく、先行・まくりタイプの馬が有利とされる。


 コース自体、3000メートルの長丁場なので、枠順の有利差は皆無と言っていいが、スピードとスタミナ両方を求められる、並みの馬には厳しいコース。


 そして、案の定、シンドウが出走していた。


 シンドウは、前のクラシック、日本ダービーでは4着に終わっている。一方、皐月賞では圧倒的な一番人気だった、フリーズムーンはそもそも菊花賞には出走すらしていなかった。ジェットアタッカーも同様だった。


 シンドウは、堂々の1番人気に輝いており、鞍上は同じく武政修一騎手。単勝オッズが1.3倍と、圧倒的な人気で、2番人気の馬が13.1倍だったので、もはや比較にならないくらいの人気っぷりだった。全18頭立てのレースが始まろうとしていた。


 そして、また「彼」は私にその実力を見せつけてくれるのだった。


 この時、私は東京競馬場のジョッキールームから観戦していたが、ちょうどすぐ前の11レースのブラジルカップの出走が終わった直後に後検量を終えて、慌てて駆け込んだため、正確には最初の出走シーンを見逃していた。


 途中からになるが、シンドウは、最後方からのスタートになっていた。

(皐月賞と同じだ)

 すぐにその戦術に気づく。


 恐らく武政修一騎手は、最初からこの馬の「追い込み」の脚を狙っているのだろう。

 それに「坂道に強い」ことも狙っているだろう。


 そのまま、見ていると、シンドウは向こう正面に入って、ようやく1頭をかわし、17番手に上がった。


 そして、3コーナーに入り、京都名物の「坂」に差し掛かる頃。


(行った!)

 思わず声を上げそうになっていた。しかも通常ならまだ明らかに、仕掛けるには「早い」と思われるタイミングだった。

 だが、私は知っている。このシンドウという馬には、信じられないパワーとスタミナがあることを。


 明確に、武政騎手が狙ったように、鞭を打って、それに合わせてシンドウが一気に駆け上がる。


 この京都競馬場の曲者、坂道を物ともせずに駆け上がり、3コーナーを曲がりきる頃には、いつの間にか4番手まで上がっていた。恐るべきロングスパートで、しかも坂道を登りきっても、まだ脚色は衰えていない。


 さすが、といわざるをえない武政騎手の手腕。


 そして、皐月賞と同じように、最終コーナーから「彼」は躍動した。


 皐月賞とは違い、「内」ではなかったが、真ん中あたりから抜け出していた。あっという間に先頭に立っていた。


 そのまま、2番手を引き離していく。2番手にいたのは、5番人気の馬だったが、1馬身半は離して、そのままホームストレッチを加速する。


 もう勝負は決まっているに等しい。


 3コーナー途中からの、「超ロングスパート」をかけて、しかもスタミナ切れを起こさなかった、シンドウが圧倒的な力でゴール板を駆け抜けており、京都競馬場は大歓声に包まれていた。


「1着はシンドウ! 2冠達成!」

 アナウンサーの興奮した声と、観客の大歓声が重なっていた。


 これで、皐月賞と菊花賞の2冠達成。


 3冠には届かなかったが、堂々たる勇姿を見せ、クラシック戦線を駆け抜けていた。

(やっぱり、この馬は強い。けれど、血の濃さが今後、どう影響するか)

 私は、恐らくもう二度と乗ることはないと、思われる馬ではあったが、私に最初の勝利をプレゼントしてくれた、記念すべき「彼」。


 彼の行方に期待と不安の気持ちを抱きながら、私は静かに東京競馬場のジョッキールームを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る