グレイとゲノム

♢♦♢


~王都~


 ジーク達一行がシュケナージ商会を壊滅させた日の夜、王都では何やらグレイが不審な動きをしていた――。


「ハッハッハッハッ。これで準備は整った。後はアイツとケリを着けるだけだ」


 日が沈んで辺りは既に真っ暗。

 綺麗な星が輝く夜空の下で、グレイはジークとの“決闘”を行うべく特別に用意した闘技場で1人笑いながら何かをしていた。


 王都の中央に位置する大きな広場に設けられた闘技場。この闘技場はグレイがジークと正式に決闘する為だけに特別にグレイが頼んだものであり、グレイは誰の目にも触れないこの深夜に闘技場に“細工”を施していたのだ。


『……だがしかし、これで負ければお前は一生這い上がる事は出来ぬぞグレイよ――』


 不意に父キャバルの言葉が頭を過ったグレイ。


「ちっ。どういう意味だ。まるで俺が負ける可能性もあると言わんばかりの物言いだな父上も。勇者の俺がアイツに負けるなど、どう考えても有り得ないだろうが」


 グレイは手にする小さなランプの灯りを見つめながら、1人闘技場でそう呟いた。


 モンスター討伐会での成績もSランク冒険者という肩書きも関係ない。直接の力比べならば絶対に自分が負ける筈はないとグレイは思っている。この闘技場はそれを証明する為の場であり、懐疑な視線を送られる今の状況を一発打破する最終手段でもあった。


 グレイは微塵もジークに負けるなど思っていない。

 しかし、念には念をと思ったグレイは保険を掛けて細工を施している最中。全ては計画通り。後はこの闘技場を決闘の場としてジークに果たし状を叩きつけるだけである。


「待っていろよ兄さん。これで全てを終わらせてやる。今までお前が築き上げた偽りの功績を全て剥がして、俺が真の選ばれし勇者である事を世界中に思い知らせてやるからな! フッ……ハーハッハッハッハッハッ!」

「成程。コレは中々面白い細工を施しましたね――」

「ッ……⁉」


 グレイしかいない筈の闘技場に、突如不気味な声が響いた。


「だ、誰だお前は!」

「ヒヒヒヒ。そんなに構えなくても大丈夫ですよ。私は貴方の力になりたくて現れたのです。“勇者グレイ”よ」

「何だ……俺を知っているのか……?」

「ええ、勿論。ヒッヒッヒッヒッ」


 突如現れた黒いローブを纏った男は不気味に笑い声を発生する。

 月明かりの僅かな光がそのローブの男を照らすがハッキリとは顔が確認出来ない。グレイはその得体の知れない男を自然と警戒していた。


「気味の悪い奴だな。一体俺に何の用だ? それにどうやって此処に入ってきた」


 グレイは怪しいローブの男を前に、反射的に腰に提げていた剣に手を伸ばす。


 だがそれに気付いたローブの男は戦闘の意志は無いと言わんばかりに両手を挙げてヒラヒラと振っていた。


「貴方と争う気なんて微塵もありませんよ。言いましたよね、私は貴方の力になりたいと」

「俺の力になりたいだって? 何が目的だ」

「ヒヒヒヒ。この闘技場、あの呪いのスキルを持つジーク・レオハルトとの決闘の為ですよね。いやはや、この国の者達は何処まで目が腐っているのでしょうか。

ジーク・レオハルトは偽りの力と呪いで群衆を騙しているだけ。真の実力と多くの名声を手にするのは他でもない勇者グレイ・レオハルトだと言うのに――」


 得体の知れない相手に警戒していたグレイであったが、今の言葉で明らかに機嫌が良くなった。


「ほぉ。よく分かっているじゃないか。まさかこんな所で話の分かる奴に会うとはな。お前名前は?」

「ヒヒヒ、私は“ゲノム”と申します。以後お見知りおきを」


 ローブの男はゲノムと名乗り、グレイに軽くお辞儀をしてみせた。そして更に話を続ける。


「この国の連中はどうも頭が悪い様ですなグレイ様。普通に考えて呪いのスキルを手にした者が英雄に、ましてや勇者などになれる訳がありません」

「ハハハハハ! そうだそうだ、その通りだゲノムよ。俺はやっとまともな奴と出会えて嬉しく思うぞ」

「有り難いお言葉ですグレイ様。しかしながらやはり呪いの力と言うのは強力ですね。少し考えれば分かる事なのに、こうも大勢の人間が毒されてしまっています」


 グレイが単純なのかゲノムの口が上手いのか。

 先程まであれだけ警戒していたグレイはいつの間にか会ったばかりのゲノムに心を開いてしまっている様子。


「確かにな。そこが問題なんだ。今は勇者の俺の想像ですら超える状況になってしまっている」

「分かりますよ。だからグレイ様は呪いの力で毒されている皆さんを助けようと、ジーク・レオハルトの実態を暴く為にこの闘技場での決闘を選ばれたんですよね」

「ん、ああ、まぁそういう事だ。俺が奴よりも上である事を証明すれば全てが解決するからな」

「ヒヒヒヒ、流石真の勇者様。実力のみならず頭脳も素晴らしいです」

「そりゃ当然だろう。俺が勇者なのだからな。ハッハッハッハッ」


 完全に裏で主導権を握ったゲノム。彼の真の目的に気付いていないであろうグレイは愉快に笑っていた。


「それにしても、お前は一体何者だ。何故まだ誰にも言っていない闘技場や決闘の事を知っている?」

「ヒヒヒヒ。別に怪しいものではありません。実は人よりも少しだけ“占い”が得意でして。何分占いも傍から見れば胡散臭いと感じる人も多く、中々こちらが伝えたい本質に気付いてもらえないんですよね」

「成程、ある意味今の俺と似た境遇だな。因みにお前の占いとやらは当たるのか?」

「確実ではないですがそれなりには。グレイ様が勇者スキルを手にする事や、ジーク・レオハルトが災いを引寄せるという事は分かっていました。グレイ様がこの闘技場でジーク・レオハルトと決闘するという情報も占いによって得ましたし、結果“貴方が勝つ”という事も私には既に分かっております」


 ゲノムの言葉を鵜吞みにしたグレイは完全に気分が良くなり彼の事を信じ切っていた。


「グレイ様、もし宜しければコレをどうぞ」


 ゲノムはそう言ってグレイに何かを渡す。


 グレイが手にしたのは見た事の無い赤い結晶。

 更にその赤い結晶はグレイが触れた途端パッと強く輝き出したのだった。


「な、何だコレは……?」

「遂に見つけた――」


 驚くグレイを他所に、ゲノムは誰にも聞こえないぐらいの小さな声でそう呟いていた。


「ヒッヒッヒッヒッ。大丈夫ですよ。その輝きは直ぐに収まります。それはただの魔除けの石……とでも言っておきましょうか。持っているだけでグレイ様に寄ってくる邪の気を払い、少しだけ貴方の力を増幅させる効果があります。

まぁ勇者のグレイ様にそんなものは必要ないと思いますが、それもジーク・レオハルトを確実に葬る為の保険だと思っていただければと」

「そういう事か。分かった。なら有り難く頂いておこう。何だか目に見えない不思議な力を感じるからなこの石は。コレと闘技場の細工で絶対に奴に勝つぞ俺は」

「真の勇者はグレイ様です」


 そう言って、グレイとゲノムは月明かりの下で不気味に笑い合うのだった――。 

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