2-7 魔王軍団の幹部を引寄せてしまった


 ゲノムが纏う物々しい魔力と雰囲気。間違いなく僕が今まで出会った者の中で群を抜いた存在だろう。コイツが魔王軍団の幹部となればそれも頷ける。


 強い――。


 そんな事を思っていると、イェルメスさんはグッと鋭い目つきに変わってゲノムに言い放つ。


「お前は確かにあの時私達が“倒した”筈だが……」

「ヒヒヒヒ。そんな事もありましたね、懐かしい」

「この結晶、やはりお前の物だったかゲノム」


 イェルメスさんはそう言ってあの赤い結晶をゲノムに見せた。既にイェルメスさんは赤い結晶の正体を見破り、更にその所持者がゲノムという事を分かっていた口ぶりだ。


「流石ですね、大賢者イェルメス。まさかいきなり貴方にお会いするとは予想外でしたけど」

「何を企んでいる。クラフト村の連中に黒魔術を掛けたのも貴様だな」

「あらら、やっぱりそれもバレていましたか」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながらゲノムは言った。


 ルルカや村の人達をあんな目に遭わせたのはコイツなのか。

 真実を知り、体の奥底から自然と怒りが込み上げてくる。


「いや~それにしても驚いた。“生贄”を拾いに来たらまさか貴方がいるなんて。しかも私の仕業だとバレていましたか。……つかぬ事を聞きますが、例え貴方でも私の黒魔術解いていませんよね? 争うつもりはないので、村の奴らの亡骸だけ頂いてもいいですかね」

「ふざけるなッ――!」


 気が付いたら僕はゲノムに向かって叫んでいた。

 一体何なんだこの不気味な男は。

 いや、そんな事よりコイツはさっきから何を言っているんだ。


「お前が村の人達を苦しめた黒幕だったのか! 何を企んでいるのか知らないけど、お前の黒魔術なら僕が消した。二度と皆にあんな事するな!」

「私の黒魔術を解いただと……?」


 ゲノムはピクリと眉を動かして険しい顔つきになった。

 何故お前がそんな顔になる。起こっているのはこっちだぞ。


「フフフ、どうやら当てが外れている様だなゲノム。残念ながら彼の言う通り、村の連中はもう全員無事だ。誰1人として死んじゃいないよ」


 イェルメスの言葉にゲノムは一瞬驚いた様な表情を浮かべ、深い溜息を吐いた。


「ふぅ~。なんと、それは余りに笑えない冗談ですね。それにまだ貴方ならいざ知らず、私の黒魔術を解いたのはそちらの少年だと?」

「ああ。何をする気か知らないが、悪企みなんかやめておけという事だ。いい教訓になっただろう」


 納得がいかない表情のまま、ゲノムは徐に僕へと視線を移した。そしてゲノムは僕を見るなり急に付き物が取れた顔付きになると、不気味な笑みで高笑いをしだした。


「ヒッヒッヒッヒッ! そうか……そういう事だったのか。例え大賢者イェルメスといえど、私の黒魔術を解くのは不可能。村に専門のスキル保持者やヒーラーでもいるのかと思ったが、ヒヒヒヒ、まさか遂にその腕輪を手にする者が現れていたとは――!」


 高らかに笑うゲノム。何がそんなに面白いのか全く理解出来ないが、次の瞬間、ゲノムは突如禍々しい魔力を練り上げ何かの魔法を発動させた。


「「……⁉」」

「ヒッヒッヒッヒッ。『引寄せ』が現れるのはまだ早いですよ。こちらもまだ“魔王を復活”させていませんからね。そのスキルがあると分かった以上、先ずは最優先で排除させてもらいますよ!」


 刹那、ゲノムが勢いよく両手を広げると、辺り一帯の大地が不気味な真っ黒い影の様なもので覆われた。ゲノムがいきなり臨戦態勢に入ったのも驚いたが、隣にいたイェルメスさんはそれ以上に奴の発言に目を見開かせていた。


「ゲノム、貴様……今何と言った。魔王を復活させるだと?」

「ヒヒヒヒ。思わず喋り過ぎてしまいましたね。積もる話もお互いあるかと思いますが、貴方達にはここで死んでいただきましょうか」


 ゲノムから発せられる禍々しい殺意を瞬時に感じ取った僕達も戦闘態勢に入った。


 コイツを野放しにしておくのはヤバい――。

 直感でそう思った僕は、剣を握る手にも自然と力が入っていた。


「ジーク様!」

「レベッカ……⁉ 離れるんだ! ここは危ない!」

「余所見とは余裕ですね」


 レベッカに気を取られてしまったまさに一瞬、ゲノムが広げていた両手を合唱させると、次の瞬間地面の真っ黒な影からユラユラと揺らめく異形な形をした召喚獣が現れた。


 くッ、この数を一瞬で……! 


 ゲノムが召喚したモンスターの数はざっと100体を超えている。大小様々な姿形をしているが、どれも見た事がないモンスターばかり。奴特有の召喚獣なのだろう。


「気を付けるんだジーク君。奴の黒魔術は厄介なものが多い。この召喚獣は私が引き受けるから、君はゲノムを確実に仕留めるんだ」

「分かりました!」


 そう言うと、イェルメスさんは勢いよく攻撃魔法を繰り出し、辺りの召喚獣をまとめて攻撃し始めた。


 僕は今一度ゲノムを視界に捉え、イェルメスさんの作戦通り召喚獣を全て任せて一直線にゲノムに突っ込む。


 ただでさえ僕はコイツに関して得体が知れない。しかもイェルメスさんが厄介だという相手なら相当の実力者だ。短期戦で確実に決める――。


「おっと、思った以上に速いですね」


 僕は自分に向かって来る召喚獣を全て掻い潜り、真っ直ぐゲノムだけを狙う。そして距離を詰めて間合いに入った僕は剣をグッと構えた。


 するとそれとほぼ同時、ゲノムは僕の攻撃をガードしようと瞬時に召喚獣達を自分の前に集結させた。


 そうきたか。なら――。


 『無効』スキルを発動させた僕は構えた剣を思い切り振り抜いた。


 ――シュバァン!

「ッ⁉ 成程、これで私の黒魔術の効果を」


 一瞬顔を歪めたゲノムだったが、奴は直ぐに地面の影から新たな召喚獣を繰り出し、その召喚獣をたちまち僕に襲い掛かって来た。


 反射的にその召喚獣をサイドステップで躱し切った僕は剣を構え、再びスキルを発動させながらゲノム目掛けて剣を振るった。


「なッ⁉」

「決まりだゲノム!」


 『必中』スキルを発動させた僕の攻撃は、流れる様にゲノムの首元目掛けて切っ先が伸びる。“対人”で使用するのは初めてだからどうなるか心配だったけど、モンスターの様にやはり急所目掛けて繰り出されるみたいだ。


 走馬灯の如くそんな考えが頭を過った直後、僕の剣はゲノムの首を斬ッ……「ヒッヒッヒッ、動くと“女が死ぬぞ”――!」


 ッ……⁉


「きゃあッ⁉ ジ、ジーク様……ぁ!」


 剣がゲノムの首を捉える寸前、突如僕の後方からレベッカの悲鳴が響いきてた。驚きの余り僕は反射的に振り返る。そして視界に飛び込んできたのは召喚獣に体を拘束されたレベッカの姿。


「レベッカッ!」

「いや~危ない危ない。そんなに強くなさそうだったので舐めてましたよ。ヒヒヒヒ。丁度いい所に丁度いい物があって助かりました」

「おい! 早くレベッカを離せ!」

「おっと。私に手荒な事をすればお嬢さんが死にますよ」


 くそッ……!

 レベッカが捕まっている以上下手な事は出来ない。

 諦めてゲノムに向けていた剣を降ろした瞬間、何処からともなく突如強い突風が辺りを襲った。


 そして、場にいた全員がその突風に僅かに気を取られた瞬間、レベッカのいる方向から『グガァァッ!』と召喚獣の呻き声が聞こえると同時、レベッカを拘束していた召喚獣が弾ける様に消え去ってしまった。


「今だジーク――!」

「ッ⁉」」


 召喚獣の呻き声が響いてから、時間にしたら1秒にも満たない。

 だけど僕はたった今自分の名前を呼んだ声が、レベッカを拘束していた召喚獣を消したのが、突如何処からともなく吹いた突風が……全て“ルルカ”であると直ぐに分かった。


 更に木々の間からはベヒーモス化したミラーナが凄まじい勢いで現れるや否や鋭い鉤爪を振り払い、周りの召喚獣達を一掃してしまった。


 僕はそんなルルカとミラーナを横目に剣を握る手に再び力を込め、完全に2人に気を取られたゲノムの隙を突いて今度こそ剣を振り抜いた。


 ――シュバン!

「ぐはッ、まさかこんな事になるとは……!」


 斬られたゲノムは悶絶の表情を浮かべながら膝から崩れ落ちたが、斬った筈の奴の体からは血が一滴も流れていない。


 しかし攻撃は確かに食らっていた。

 地面に倒れたゲノムは血を流す事は無かったが、次の瞬間奴の体はまるで召喚獣と同じ如く、ユラユラと揺らめきながら粒子となって消え去ってしまった。


 更にそんなゲノムに連鎖するかの様に、辺り一帯に広がっていた黒い影はみるみるうちに縮小していき、召喚獣達も次々に消滅していくのだった。


「どうやら奴自体も本体ではなかった様だね」

「そうですね……」


 ゲノムが消え去った場所を見ながら、イェルメスさんは静かにそう言った。僕は神妙な面持ちのイェルメスさんの顔を見た瞬間、胸の奥をチクリと刺された様な感覚を覚えた――。

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