第13話 久し振りの宴
ミーヤたちは無言で歩いていた。行き先は宿屋のはずだったのだが、レナージュとイライザたちは宿泊してるわけではないし、宿代を使うつもりもないようだ。
かといって、ここで別れてしまったらこれっきりになってしまいそうだと考えたミーヤは、思い切ってイライザへ話しかけた。
「ねえイライザ、あなたが決めたことを否定したいわけじゃない。
でも何も理由を言ってくれないのもひどくないかしら?
私が未熟でお守りをするのが嫌ならそれでもいいの。
だけど無言で別れるのは嫌なのよ!」
「いやあ、でもまだ理由聞かれてないしなあ。
知りたいかどうかも分からないのにべらべらしゃべるのもどうかと思うだろ?
まあ水浴びした後一杯やりながら話そうや。
マルバスは待機所へ行ってもらうから気兼ねすることはないさ」
そう言われてみるとパーティーを抜けて冒険者を辞めると言うことまでで、理由についてはまだ聞いていなかった。なんだちゃんと話してくれるつもりはあるのかと安心し、全員で宿屋へ向かうことにした。
「ちょっと姉ちゃん、いったいどこへ行ってたんだよ!
あのチビを一人置き去りにされても、こっちは困るんだよなあ。
最低でも一人分の宿代は日数分払ってもらうからな!」
「ええ、えっと、あの……
でも私も宿のお手伝いしてましたよね?
ご飯も出してもらってないし……」
「そんなの関係ねえ!
泊まった分だけでも払ってもらわなきゃさ。
うちだって商売で宿屋やってるんだぜ?」
「ああ、えっと、あの……
そうですね、ごめんなさい」
あああ、これは完全に失敗だ。ちゃんとレブンへ言っておかなかったから、ナウィンがなにかひどい目にあったのかもしれない。ミーヤが宿屋で待っててと言ったのだから宿泊費はまあ仕方ない。
「何も言わずに出かけてしまってごめんね。
王国軍の作戦に飛び入り参加してたものだから連絡もできなかったわ」
「いえ、えっと、あの……
そもそも連絡先知りません……
きっとまだ仲間と認めてもらえていないんですね」
「そう言うわけじゃないのよ?
だ、だからうちのパーティーのメンバーを連れてきたんだから。
ちゃんと紹介するからアピールしてね。
認めてもらえたら無事加入ってことでいいかしら?」
「はい、えっと、あの……
冒険者になるためにがんばります」
「その前にまず水浴びしてくるわ。
ねえレブン、二人分の部屋着出してちょうだいな。
あと食事は無しで宿泊だけでいいわ」
「チビの宿代十三日分も払ってくれよ?
今着替えと体拭きを水網場へ持って行っとくから少ししたら降りて来てくれ」
高価な魔封結晶を作ってくれたナウィンに投資したと思えば安いもの、と思い込むことにし、レブンへは文句ひとつ言わずに全額支払った。
「水浴びしたらマーケットへ食材買いに行きましょ。
今日はここで何か作るわね」
「うひょー、待ってました!
これがあるからミーヤと一緒なのは嬉しいんだよな。
まあ辞めるって言ってもジスコにはいるからいつでも会えるさ」
「その話はまたあとでお酒飲みながらでも。
さ、行きましょ。
ナウインも水浴びする?」
「はい、えっと、あの……
ご一緒させていただきます」
こうして五人と言う大所帯での水浴びとなり、それはもう大騒ぎではしゃいでしまった。レナージュは相変わらず変なところを変な手つきでまさぐってくるし、それを見たチカマまで真似して裸体を密着させて来る。
もう恥ずかしいしくすぐったいしで大変なのに、イライザはただ笑っているだけだ。ナウィンは見ていて雰囲気にのまれてしまったのか、終始無言でうつむきながら体を流していた。
それにしても、ノームと言うのはこれで大人なのかと思うくらいに小さい。背が低いのはもちろんだが、全体的に小ぶりと言うか、少しお腹がポッコリとした幼児体型である。それでもやっぱり大人らしくあるものはあるわけで…… それは髪の毛と同じく赤かった……
水浴びが終わってからいったん部屋へ戻り、それぞれ外出着へ着替えてからマーケットへ繰り出した。豆商人のところへも行かないといけないが、行くと時間がかかりそうなので別の日にしよう。
まずはイライザたちの好きな茶色い蒸留酒を買い求める。現代風で言うところのバーボンだ。あとは自分たちお酒弱い組用に果実酒も買っておいた。すぐ隣では水飴も売っていたので、せがむチカマとミーヤの分の二つ買うことになった。
次に奮発して豚のバラ肉を半身分、それに葉物野菜に根菜類、そして今日は念願の醤油が売っていたので高価だったが迷わず購入した。当然豆も一袋だけ買って買い物は終了である。
本当は牛肉が欲しかったのだが、この世界に牛はいないのか売っているのを見たことがない。肉屋へ聞いたらあるのかもしれないけど、そこまでこだわりもないので豚で充分だ。
宿へ戻ってからレブンに七輪を借りて部屋で調理を始めた。まずはお鍋に調味料を入れていく。醤油に砂糖、水飴、調理酒がないので蒸留酒を少しだけ入れて水を足してから火にかけた。味はなかなかいい感じなので出来上がりが楽しみだ。
次に葉物野菜を入れて煮込んでいき、沸騰したら火を弱めてスライスした豚バラ肉を放り込む。後はふつふつと弱火で煮込んだら、豚バラ肉のすき焼き風の出来上がりだ。
卵は無いのでこのまま食べることにはなるが、味がしっかりついているのでそのまま食べてもかなりおいしい。懐かしいあまじょっぱさに涙が出そうになるのをこらえながら、みんなで鍋をつついた。
「なんだこれは! 一口目は甘すぎると思ったけどなぜかまた食いたくなる。
この不思議な味は一体なんなんだ!?」
「久し振りのミーヤの手料理が楽しみだったけど、これは予想以上ね!
なんなのこの甘さとしょっぱさ、なんでおいしいのかわからないわ」
「ミーヤさまおいしいね。
ボク食べ過ぎちゃうかも」
「なんと、えっと、あの……
おいしいです、甘いの好きだししょっぱいのも好きなので」
すき焼きはやっぱりすごい。まだ両親が健在だったころには、記念日やお祝いのときはいつもすき焼きだった。お母さんの作る割り下には全然敵わないけど、そんなミーヤの味付けでもみんなに喜んでもらえたのはとても嬉しかった。
締めには雑炊と我が家では決まっていたが、すき焼きにはうどん派が多いとも聞く。どちらにしてもどっちもないので、砕いた麦を入れて再度煮ることにした。言うなればすき焼きオートミールである。これがなかなか悪くない味で、お腹がパンパンになるくらい食べてしまった。
「ミーヤに殺されるうー
食べ過ぎでお腹が破裂しそうよ」
レナージュが物騒なことをいうと、ナウィンがまさかと言った顔でミーヤを見たので、手を横へ振りながらやんわりと否定しておいた。
それにしても今日は本当に楽しい夕食のひと時だ。こんなのローメンデル山以来だろう。でもこの楽しさはもう終わりが近い。もう今夜で時間が止まってしまえばいいのにと思ってしまうミーヤだった。
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