第10話 過去の清算
一度劣勢になった王国軍は、敗走もままならず建て直しもできずと大分混乱している。それに引き替え陣形を立て直しつつある盗賊部隊は、中心に黒いローブを着た術者を据えて、次々と呪文を繰り出していた。
あの術者が何かを唱えると地面からは腕が生えてくるし、黒いオーロラのようなものが辺りを包んでいく。と言うことはアレを倒すのが先決だ。
逃げ惑う戦士団はもはや役に立たなそうだが、神術隊は回復や浄化の呪文で対抗していた。それでもじりじりと押されていき、村の出口からは盾を構えた盗賊数人が術師を囲みながら歩み出てくる。
ここまでの戦いを見ていると、どうやらあの黒いオーロラに包まれるとその場に倒れてしまうようだし、おかしな叫び声は戦意を喪失させる効果があるようだ。つまりその呪文の切れ目に攻撃を当てないと途切れることはなさそうだ。
盗賊側もそれがわかっているから盾を持って防御しているのだし、相手の陣形を崩したところへ弓隊が攻撃してくると言う三段構えは戦士団にひけを取らない連携だ。これを切り崩すのはスピード勝負するしかない。
ミーヤは獣化と高速化の呪文を立て続けに唱えて機をうかがう。マナにも限りがあるのだし、早々連続で呪文を唱え続けられるものではない。弓を撃っている間に回復しているのだろうから、その辺りで隙が出来るのを待つしかない。
矢を次々に打ち込まれている戦士団には大分犠牲者が出ているようだし、神術隊の魔法盾もずっと出し続けられるものではない。このままでは被害が広がってしまう。
盗賊部隊の最後方からは火弾(ファイアボール)やアイスアローも飛び始めている。だがしかし、これは先ほどまでの怪しい術を唱えていた術師のマナが切れてきているからではないだろうか。
ここが勝負どころだと踏んだミーヤは、弓隊と魔法隊が放つ攻撃の隙間を狙って攻撃を仕掛けることにした。
まずはそっと近づき、針毛化の呪文で体毛を針状に変化させ、盗賊部隊の頭上から針毛を降らせた。すると思惑通りに盾を植えに構えて術者たちを守っている。
ここが勝負どころだと一気に走っていき、盾隊の足元を抜けて中心で守られていた術者へ攻撃を仕掛けた。妖術の鉄の牙を唱えてから次々に噛みついていくと、足から血を流して膝をついている。
ノミーに聞いていた鉄の牙の出血持続効果で、血が流れている間は呪文がうまく唱えられなくなるなら儲けものだと考えたのだが、どうやらうまくいったらしい。
しかし攻撃を加える暇がなかった弓隊が、一斉にミーヤのほうを向いて一斉に矢を放って来た。十数本は飛んで来ていただろうその矢の一部はミーヤの手足に刺さり激痛が走る。だがこのくらいでへこたれる訳にはいかない。
痛みをこらえながら弓隊へ向かってまた針を飛ばしけん制するが、盾隊にガードされてしまった。その間にまた矢が射られミーヤを狙って一斉に飛んできた。
万事休す、と体をこわばらせて着弾に備えたその瞬間、ミーヤの目の前に飛び出てきた神術師が魔法盾を唱えた。
「なんで来ちまったんだよ。
一緒に来たら危ないからって黙ってたのになあ」
「イライザ! やっぱりあなただったのね!」
危機一髪のところでミーヤを救ってくれたのはイライザだった。傍らにはマルバスもいて一気に心強くなった。
更に、村から遠ざかるように逃げて行った戦士団の後方から沢山の矢が飛んできて、盾を構える方向を絞れなくなった盾隊も、弓や魔法で攻撃していた盗賊たちももはや風前の灯だ。
そしてミーヤのすぐ後から矢が放たれたのを見て振り返ると、そこには見慣れたエルフの女性が立っていた。
「レナージュ! あなたもいたのね!」
「内緒にしてたのに来ちゃったら意味なかったわね。
ホント、ミーヤったらおませさんなんだからさ」
「もう、そんなこと言うならちゃんと説明してくれてたらよかったのに。
二人とも私のこと子ども扱いして、ホント意地悪ね」
なんだ、別に嫌われてしまったわけではなかったのだ。知ってしまえば簡単な話で、レナージュもイライザも、まだ未熟なミーヤとチカマのことを心配してくれていただけの話だった。
だが、二人と合流できたことで一気に緊張の糸が途切れたのか、はたまた油断してしまったのか、まだ敵は動ける状態であると言う意識が薄れてしまっていた。
「弱き者たちよ! 暗黒に包まれ恐怖せよ! シャドウカーテン!」
いつの間にかすぐそばまで近づいていた黒いローブの術者がそう叫ぶと、ミーヤの視界は閉ざされ立っていることが出来なくなった。周囲でもバタバタと人が倒れる音が聞こえてくる。
「貴様らは絶対に許さん! 骨すら残さずすべて消し飛ばしてくれようぞ!
地を這うものを溶かしつくせ! 強大なる酸の海――」
うっすらと視界が戻りつつある中で、黒いローブの男が呪文を唱えている。すぐそばにはレナージュとイライザ、マルバスや他にも数名が倒れている。そして一帯に黒っぽい緑色の光が煙のように立ち上ってきた。これが酸の海と言うものなのだろうか…… せめてミーヤ以外は逃げてほしい……
ミーヤたちが酸の海に飲みこまれそうなその時、視界の中に見えていた黒いローブの男の姿が急に見えなくなった。いや、正確には上半身だけがいなくなっている。
『ドサッ』
なにかが地面へ落ちる音がしたその瞬間、次にミーヤが見たのは返り血でドレスを染め上げたチカマの姿だった。チカマの目には涙が浮かんでいるように見える。
「ミーヤさま、約束やぶってごめんなさい。
でもボク、身体が勝手に動いちゃったの。
どうしてもみんなを助けたくなっちゃったの」
ようやく視界以外の感覚も戻りつつあるミーヤは何とか立ち上がり、返り血も気にせずチカマへ抱きついてからボロボロと涙を流し泣き出してしまった。
「チカマ、チカマ! ありがとうね。
みんなのこと助けてくれて本当にありがとう!
偉かったわよ、私のチカマ…… ありがとう……」
「ミーヤさま、怒らない?
ボク悪い子かもって思ったよ?」
「悪い子なわけあるもんですか。
チカマはみんなを、レナージュやイライザ、マルバスを助けてくれたのよ?
とってもとってもいい子なんだからね」
止まらぬ涙を気にすることもなく、ミーヤはチカマを抱きしめてその黒い髪を何度も撫でていた。
「あのね、ボクこれで本当にミーヤさまの子供になったよ。
ホントのホントに自由になったんだもの」
「それはどういう…… !?
さっきの黒いローブの盗賊がそうなの?」
「うん、あいつ大っ嫌いだよ。
毎日ぶたれてたし、人買いに売られるときだって大勢の前で裸にされて恥ずかしかったんだよ?」
「そうなのね、でもこれでもうあなたの心を縛るものはなにもないわ。
チカマが自分でその鎖を断ち切ったのよ」
「うん! だからこれからはミーヤさまがボクのお母さんね」
「ちょっとまって、一応私の方が年下だからお母さんはやめよ?
今まで通りでいいんじゃないかしら?」
「そうかな? じゃあミーヤかあさまはどう?」
「いやいやそれじゃお母さんと同じだし……
今まで通りミーヤって呼んでくれない?
でもいっぱい甘えていいわよ」
それを聞いたチカマは、ミーヤの胸に飛び込んで今までにないくらい強く抱きしめてきた。もしかしたらなんだかんだ言っても過去を断ち切ったことは辛くて、悲しみも感じているのかもしれない。
だからこれからもチカマをいっぱい甘やかして、大切にするのだと改めて誓うのだった。
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