素敵な電流式勉強メソッド

ちびまるフォイ

自分が生きている意味

「また勉強してない! 勉強するって言ったじゃない!!」


「今やろうと思ってたんだよ!!」


「いつもそう言ってサボってばかりじゃないの!

 こないだのテストも……!」


「ああ、もううるさい!! 出てってくれよ!!」


「今勉強しなくちゃ将来後悔しても遅いのよ!!」


「そっちこそ! 息子に勉強を押し付けて、

 将来ゆがんで育って後悔しても遅いんだからな!」


母親を部屋から追い出すも、もうマンガを読むきにも勉強をするきにもならなかった。


「ったく……明日にすればいいや」


ベッドに寝転んでそのまま眠ってしまった。

なにか腕に感触を感じたがきっと夢だと思った。


翌日、バチッと電流が流れて一瞬で目が覚めた。


「いってぇ!?」


腕には見慣れないスマートウォッチがつけられている。

しかもはずれない。


『ベンキョウ ノ ジカンデス』


「はぁ!? 勉強!?」


こんなことするのはひとりしかいない。

リビングに行くと満足げな顔の母親が待っていた。


「なんだよこれ!!」


「勉強ウォッチよ。真剣マジゼミから買ったの。

 勉強をしていないと一定時間ごとに電流が流れるわ」


「ふざけんな! 早く外せ!」


「次の期末テストで合格点を取ったならはずすわ。

 それまでは耐水、耐塵、耐衝撃でどう頑張ってもはずれない」


「そんな……!」


「ほら、はやく勉強しないとまた電流がーー」


言い切らないうちに次の電流が流れた。

落雷のような衝撃に体がそりあがる。


「っんぐぁ!?」


「お母さんもあなたがあまりにも勉強しないから

 こうしてしょうがなく取り付けることにしたのよ。心が痛むわ」


「ふ……ふざけやがって……」


「勉強、しないの?」


「するよ! やりゃいいんだろ!!」


しかたなく電流に急かされながら勉強机に向かった。


なにをどう感知しているのかは不明だが、

ちゃんと勉強していると電流を回避できる。


勉強するフリしたり、サボり始めると電流が流れる。


電流におびえながらも、かつて受験したとき以上に勉強を進めた。

大嫌いな勉強でもサボれば大嫌いな電流が流されるから。


自分は危険な害獣かなにかかと思った。



ついに、期末テストの日を迎えた。


「よし……ちゃんと勉強したし、きっと大丈夫だ……!」


「それでは試験はじめ!」


問題用紙をひっくり返し、問題文を読み漁る。

あれだけ勉強したかいあってどれも見ただけで解き方がわかる。


「これなら合格点もいけそうだ!」


解答用紙にシャープペンの先をすべらせようとしたとき。



『ベンキョウ ノ ジカンデス』



電流が流され、体がびくんと跳ね上がった。


「今は勉強じゃなくてテストなんだよ!!」


しかしそんなことは感知センサー内蔵の時計にわかるわけもない。

勉強として新しい知識を取り込んでいないと、勉強していないと判断されるらしい。


「電流はながしっぱじゃないんだ。

 電流が流れていないタイミングにテストを進めて……んぎゃああ!!」


定期的に流れる電流に乱されながらテストを終えた。

数日後に返却された答案を見て、母親は泣いた。


「どうして……どうして合格点じゃないのよ!!

 これだけ辛い思いをしているのに、まだ足りないの!?」


「辛いのはこっちだよ! テスト中に電流が流れてテストどころじゃなかった!」


「そういえば外すと思ってるの!?

 どうしてちゃんと勉強してくれないの!?」


母親は手元のリモコンをなにやら操作しはじめた。

自分の腕についているスマートウォッチから「ピピッ」となにか受信した音がする。


「え……今なにを……」


「お母さんだって辛いわ。こんなことをしなくちゃいけないなんて……」


「だから何をしたんだよ!!」


「勉強をしないあなたが悪いのよ。ちゃんと勉強すれば問題ないわ」



『ベンキョウ ノ ジカンデス』



バチン。


体にショットガンでも撃たれたのかと思うほどの衝撃だった。

しばらくは立てなくて、床に倒れたまま痙攣していた。


「あ……が……」


「電流を強くしたわ。きっと痛いでしょうね……。

 でもあなたがちゃんと勉強しないのが悪いのよ……」


前までの電流がどれだけ優しかったのかを今わかった。

今度の電流はもう次元が違う。


『ベンキョウ ノ ジカンデス』


あわてて勉強机に向かって頭に知識を詰め込んでいく。


これが何の役に立つのだとか。

仮にいい学校に入れたとして自分はどうなりたいのだとか。


そんなものは二の次。

今はただ電流を回避できればそれでよかった。


「くそ……勉強なんてクソだ……っ!」


必死に覚えたくもない知識を詰め込んでいく。


自分の学力が上がれば上がるほど、

テストへの危機感は無視できなくなっていく。


もし、またテスト中に電流が流れるようなことがあったら……。


前の電流とは比べ物にならないほどの衝撃。

むしろ前より集中できなくなって成績は落ちるだろう。


そうなればまた電流が強くなってしまう。悪循環だ。


「どうにかして電流が流れないようにしないと……」


時計は取り外すこともゆるめることもできない。

もちろん壊すこともできない。


衝撃を与えれば電流で反撃されてしまう。


ふと、周りを見渡したとき。

教科書を束ねていたふとめの輪ゴムが目に入った。


「ゴム……これって確か電気通さない……よな」


頭にひとつのアイデアが浮かんだ。



数日後、ふたたび期末テストがはじまる。


テスト前の休み時間になると、

みんなは必死に最後の追い込みで教科書を読み漁る。


そんな中、自分だけは別のことをしていた。


「お前……なんで左手だけゴム手袋つけてんの?」


「ふっふっふ。テストでいい点を取るためのおまじないさ」


「時計は手袋の中に入れないのかよ。すっげぇダサいぞ」


「そこがポイントなんだよ」


時計と腕の間にゴム手袋を挟むようにつけた。

これで電流の絶縁体となってテスト時間中に守ってくれる。


「試験はじめ!!」


試験がはじまると、スマートウォッチから定期連絡が放たれる。



『ベンキョウ ノ ジカンデス』



手袋ごしに衝撃は感じるが痛みはない。

ゴムが電流を阻んでくれているんだろう。


「よーーし、これならいける!!」


解答用紙に答えを書き始めたとき。


『デンリュウ ガ ナガレテ イマセン。

 デンリュウ ヲ キョウカ シマス』


「え」


スマートウォッチから青白い光が出たかと思うと、

ゴム手袋が黒い煙を上げてとけはじめる。


「う、うそだろ!?」



『ベンキョウ ノ ジカンデス』



最後に見たのはクラスメートが慌てて教室から出ていく風景だった。

バン、というレールガンの発射音が聞こえてから意識はとんだ。





『ベンキョウ ノ ジカンデス』


『ベンキョウ ノ ジカンデス』


『ベンキョウ ノ ジカンデス』


『ベンキョウ ノ ジカンデス』





目が覚めたときには病室のベッドだった。


「先生! 患者さんが起きましたよ!」


「おお……奇跡だ……!!」


「病院……ですか?」


「意識もあるんですね。自分が誰かわかりますか」


「ええ……俺はたしか期末テストをしてて……」


「そう、そうです。あなたは突然の落雷……のようなものにあたり、

 この病院に運ばれてきました。非常に危険な状態だったんですよ」


「そうだったんですか……」


「しかし奇跡です。いつ死んでもおかしくなかった。

 でも誰かが定期的にAEDで電流を流し続けたようです。

 あなたはそれで一命をとりとめたんですよ」


まっくらな意識の中、定期的に聞こえる声だけは覚えていた。

自分の左手に巻かれている時計を見る。


「こいつが……救ってくれたのか」


時計は繰り返しの高電圧電流を流しすぎたのか焼ききれて壊れていた。


「ご両親にも電話しました。すぐに来ますよ。

 あなたが起きたこと、きっと大喜びするでしょう」


医者の声のうしろから廊下をどたどた走る足音が聞こえる。

母親はあせった顔で病室に入ってきた。


「ああよかった!! 死んじゃったのかと思ったわ!!」


「大丈夫だったよ。時計が……命をつないでくれたから」


「よかった……本当によかった。もう無事なのね」


母親は涙を流しながら喜んでいた。

そして。




「死ななくて本当によかった。これでまた勉強できるわね」

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