逆張りオタクと百合オタ天使

@YA07

プロローグ

残念な転生 1


 穏やかな暖かさに包まれ、視界が開ける。

 死んだはずの俺の目に映ったのは、ふわふわの羽を生やした人───いや、天使だった。


「おっ!カイト氏~!目が覚めたでござるか~?」

「…………」


 前言撤回。誰だこの絵に描いたようなオタクは。


「あれ?意識戻ってない⁉おっかしいなあ…………確かに魂はこっちに移したはずなのに」

「…………いや、聞こえたぞ」

「いや聞こえてたんかーい!」


 どうやら彼女はテンションが高いようだ。


「いやーごめんごめん。いきなりで驚いたかな?」

「驚いたっていうか…………俺って死んだはずだよな?」


 俺の質問に黙って頷く天使。俺は生まれつき病弱な体で、その命は三十年ももたなかったのだ。

 それじゃあこれはどういう状況なんだという俺の視線に対して、その天使はゆっくりと口を開いた。


「カイト氏はその天寿を全うしました。本来ならば次の新たな命に生まれ変わるのですが…………実は何を隠そう、このボクことラキエルは、『ラキ@百合ゲスキー』だったのだ!」

「はっ?」


 突然のカミングアウトに、そんな間抜けた声を上げる俺。

『ラキ@百合ゲスキー』というのは、俺が推していたゲーム制作者だ。ラキさんが作るゲームは毎回、濃厚なストーリーに取って付けたようなRPG要素を組み合わせた、登場人物が全部女の子の百合ゲーだった。別に俺は百合厨というわけではないが、凝った世界観やキャラクター設定が好きでこの人の作るゲームを推していた。…………いや、人じゃなくて天使か。


「いやいやいや、待てって。天使がゲーム作ってたって?」

「そーだよ?」

「そんな馬鹿な…………いや、でも確かにラキさんはリアルイベにも出たこともないし、その正体は不明だったけど…………」

「いやあ、ホントは行きたいんだけどねえ。下界に降りるには許可が必要だし、イベント出たいなんて理由じゃ絶対許可貰えないし!SNSとかも禁止されててさー、そのせいで認知度とかも低くて。だからいっつもレビューつけてくれてたカイト氏には感謝感謝って感じ!」

「…………」


 返してくれ。俺のラキさんのイメージを。

 変に媚びないところとか宣伝に全く力を入れてないところとか、本当に自分の趣味100%でやってるっていうクールなイメージだったのに!


「てなわけで、そんなカイト氏にはボクからの感謝の気持ち!異世界転生をさせてあげようと思ってね!」

「異世界転生…………」


 もちろん、一人のオタクとしてその言葉を知らないわけがない。

 むしろあまり自由に身体を動かせなかった俺にとっては、現実世界をテーマにした作品よりも胸が膨らむ素晴らしい作品だと感じていた。…………とはいえ、まさか本当にこんなことになるとは微塵も思っていなかったわけだが。

 そんなことを思っていた俺を他所に、ラキエルが話を進める。


「今回用意した世界はー…………じゃじゃーん!MDの世界だー!」

「MD…………?あー、MDってアレのことか」


 俺はMDという単語に一瞬ピンとこなかったが、すぐさまその意味を理解した。

 MDというのは『マドリカダンジョン』というゲームの略称で、確か俺が死んだ七年前に発売された作品だ。

 新規タイトルにして売り上げは上々。発売直後はゲーム界隈の話題を全て搔っ攫うほどの人気を集め、俺のゲームフレンドにもそれから四年くらいずっとやり込んでいた奴もいたほどだ。

 しかし…………


「悪い。俺MDやってないんだよな」

「えっ⁉ウソでしょ⁉」

「いやー。なんつーか興味出なくて」

「いやいや、そんなことある⁉SNS禁止されてるボクですら、ずっとオススメ欄に出てくるからさすがに気になって買ったのに⁉」

「だから逆に、みたいな?」

「えーっ!ボクのゲーム好きなら絶対やってると思ったのに!」

「いやー、似たようなこと結構言われたんだけどな。言われると逆に興味なくなっちゃうというかなんというか」

「逆逆って…………」


 言葉を飲み込むラキエル。

 俺も気まずさから少し目を逸らすと、ラキエルは無理矢理声を振り絞った。


「でもアレだ!むしろ初見プレイで楽しいんじゃない⁉」

「あー、たしかにな。…………でも、転生ってことはゲームではなくなるんだよな?」

「そうだね。死んだらおしまいになるね」

「そうか」


 それならすでに内容を知っているゲームの世界に転生したいというものだが、この空気からしてもう世界の変更はできないのだろう。

 俺は腹をくくると、ラキエルを心配させないように明るい声を出した。


「転生ってことは俺の身体はどうなるんだ?健康な体になれるのか?」

「それはもちろん!主人公の最強ボディだよ!」

「ひゃっほう!」


 なんて空元気もいいとこだが、嬉しいのもまた事実だ。

 というか、冷静に考えたらゲームの世界に転生なんて嬉しいことしかないじゃないか。ただ、ラキエルの気遣いを無駄にしてしまったというだけで。


「とりあえずあれだよな?MDっつったらキャラクリがあるんだよな?」

「そうそう!成長型の選択と、スキルツリーの選択だね!」

「その辺の詳しいとこは全く知らんから、説明頼めるか?」

「任せてよ!」


 どこか落ち込んでいるような雰囲気だったラキエルも、ゲームの説明になってテンションを上げたのか、その声音は元通りのトーンに戻っていたのだった。

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