例えキミが、一人欠けたとて…。【カクヨムコンテスト8参加作品】

三愛紫月

世界は回っていく

キーンコーンカーンコーンー


「お疲れー」


「お疲れ」


明日から、冬休みが始まる。


クラスメイト達は、バタバタと教室を出て行った。


僕の名前は、川澄涼真かわすみりょうま15歳。中学三年生だ。


人が苦手な僕に友達はいない。


だけど、時々話していた人がいた。


主席番号三番、臼井健太うすいけんた君だ。


臼井君は、優しい子だった。


声からも、彼の優しさは感じ取れたし、眼差しからも彼の繊細さが感じ取れた。


僕は、立ち上がって臼井君の席に行く。


みんながいなくなって、静まり返った教室で手を合わせる。


そう、臼井君は死んだ。


臼井君は、お母さんと一緒に死んだ。


「川澄。いたいた」


担任の栄枝さかえだ先生が、僕に声をかけてきた。


「臼井と仲良かった人を聞いたら、川澄って言われたから…」


「えっ?」


「悪いけど…。臼井の家にこれを届けてくれるか?冬休み中でいいから…」


そう言って、先生は紙袋を僕に差し出した。


「えっと…」


「本当は、先生が行きたいんだけどな。臼井のお父さんが来たら殺すって言っててな」


「どうしてですか?」


「わかるだろ?あの日のニュース」


先生は、言いづらそうに俯いた。


「わかりました」


僕は、そう言って紙袋を先生から受け取った。


「ごめん。よろしくな」


そう言って、先生はバタバタと教室を出て行った。


「はい」


小さな声で、僕はそう言った。


机の上の花瓶の花を見つめていた。


亡くなってから、三ヶ月…。


臼井君の机の花は、枯れていた。


冬休み開けたら、花持ってこようかな…。僕は、そう思いながら鞄を取って教室を出た。


僕は、臼井君と三年間同じクラスだった。


クラスメイトが死ぬなんて事が起こるなんて思わなかった。


それに知ってる人が死んじゃったらおかしくなるんじゃないかって思っていた。


それは、僕だけじゃなくてクラスメイトも同じだと思っていた。


だけど、現実には何も変わらなかった。


確かに、最初の一週間は臼井君が死んだ事にざわついていた。


でも、それもだんだんと無かった事になっていった。


あっ、死ぬってこういう事なんだ。


僕は、それを臼井君の死から学んだ。


家に帰宅して、玄関を開けると見慣れない革靴が置いてあった。


「ただいま」


喜代子きよこならおらんで」


リビングを開けるとそう言われた。


「伯父さん、いらっしゃい」


そこに居たのは、母の兄の田辺有吾たなべゆうごさんだった。


「久々やのー。涼真」


「はい、お久しぶりです」


「もうすぐ、高校生やな?」


「はい」


「そうかー。早いもんやな」


伯父さんと会うのは、六年ぶりだった。真っ黒な髪の毛は、今では真っ白だった。頬はこけて、目は窪んでいる。母に似て、目鼻立ちのハッキリして男前だった伯父さんの姿はもうどこにも見当たらない。


「お墓参りですか?」


「あー。しち回忌でな」


そう言って伯父さんは、目を細目ながら笑っていた。


「あれから、七年も経つんですね」


僕の言葉に伯父さんは、「来週でな」と言った。


「そうですか…」


それ以上、僕は伯父さんに言葉をかけられなかった。


「涼真、知ってるか?」


「何ですか?」


「一人死んだって、この世界のチリの一つにもならんって」


「どういう意味ですか?」


僕が尋ねると伯父さんは、眉毛を寄せながら話す。


盟子めいこが死んだって、誰の世界も変わらんかったって事や」


「そんな事ないですよ。伯父さんの世界は変わってますよね」


僕の言葉に伯父さんは、「ハハハ」と笑った。


「残念ながら変わってへんねん。家に帰ったら、盟子がおらんなーって気づくけどな。仕事したり、日々の暮らししてたら、忙しくて忘れてまう時もあるんやで!生きてる時は、盟子にあれ買って帰ろう。これしたろうって頭の中いっぱいやったのにな…」


そう言って、伯父さんは泣いていた。


「忙しいからですよね…」


僕は、そう言って目を伏せる。

伯父さんの気持ちがわかる気がした。僕だって臼井君を忘れてる時があるから…。


「人間って、自分しか考えてないって!よーわかるよな」


伯父さんは、そう言って目を細目ながら笑った。


「そんな事ないですよ!絶対、そんな事…」


そう言った僕を伯父さんが見つめながら話す。


「盟子のニュースが久々に取り上げられててな。ネットや世間は、そんな事ありましたねってゆうとった。死にたくなかった盟子は死んで。死にたかったあいつは生きとる」


伯父さんの言葉に僕は、盟子さんの事件を思い出していた。死ぬつもりだった男は、買い物に来ていた5名の客を道連れにしようとした。

盟子さんは死亡し、その他の人は、重傷でありながらも、一命をとりとめた。犯人は死ぬのが怖くなり警察がくるのをじっと待っていた。


「あの日な!お祝いやってんで」


伯父さんは、そう言いながら涙を拭っている。


「誕生日ですか?」


「ちゃうわ!俺と盟子の結婚記念日やったんや」


「結婚記念日…」


それが、殺害された日…。


僕は、何も言えずに黙っていた。


「そんな盟子のニュースはな。そんな事もありましたねーやってさ。そんなもんやねん。ニュースも人間もそんなもんやねん」


「違うよ。そんな事ない」


僕は、信じたくなくて伯父さんにそう言った。


「ほんなら、涼真が死んだら悲しんでくれるやつはおるんか?」


「それは…」


学校にはいない。だけど…。


「あーみんの繋がりの人なら」


僕の言葉に伯父さんは、笑った。


「あーみんって、あのアイドルグループの追っかけてるファンか!インターネットのやろ?」


「うん」


「そんな奴等、悲しまんわ」


「そんな事ないよ」


僕の言葉に伯父さんは、僕を見つめる。


「ほんなら、涼真はそいつらの何を知ってるんや?」


その言葉に、僕は黙っていた。


「答えられへんのやないか」


「だけど、ネットで話したりイベントで会ったりする人も…」


「僕がいなくなったら悲しいですか?って聞けるか?」


伯父さんの言葉に、僕は何も答えられなかった。


「涼真がいなくなったって、その人達の世界なんか変わらへん」


確かに、その通りだった。少し前に、ゆいりんのファンの人が仲良くなりたいです。色々話したり、リアルで一緒にいけたりする人が欲しいです。みたいな事を投稿した。無反応だった。僕は、ゆいりんのファンじゃなかったけれど…。

僕は、ネットの世界の冷たさを知った。


「ネットの世界って冷たいやろ?仲良くなるのもうわべだけ、いいねつけてたら許される思ってる奴等ばっかやったりするやろ?」


「それは、偏見だよ」


「そうかもな。せやけど、同士や仲間なんかなってくれへんやろ?頑張って求めたって、なりますなんて言ってくれへんやろ?」


それは、伯父さんのいう通りだった。


「相手は、フォロワー増やしたいだけやねん。別にそいつが何を求めてようがどうでもいいし。興味ないんやで」


「それは、人によるはず」


僕の言葉に、伯父さんは笑った。


「人がやっとるねんから同じやろ」


「どういう意味?」


「人間なんか、神様、仏様、自分様やで!」


「えっ?」


僕は、伯父さんが言ってる意味が理解出来なかった。


「神様助けて下さい。仏様、許して下さい。どうか私を…って事や!」


「わからないよ」


「アホやなー。人間は、誰よりも自分が大好きで大事やって意味じゃ」


伯父さんは、そう言って僕の顔を見つめた。


「人は、一人じゃ生きれないし。愛してたりもするわけだし。好きな人だっているわけだし。家族だって」


「結局、全部自分の為やろ?」


伯父さんは、アホらしいと言わんばかりに僕を見つめてからテーブルの上のミカンを剥き始める。


「どうして、自分の為になるんだよ」


僕は、伯父さんの言葉の意味を知りたくて隣に座った。


「一人じゃ生きれないから、人と群れるんやろ?一人で生きてける奴は、人となんかおらん」


「でも、プライベートは一人でいられても…。それ以外は、無理だよ」


「せやなー。これ買うだけでも、人に関わらなアカンからなー」


そう言って、伯父さんはミカンを口に放り込んだ。


「だから、無理なんだよ」


「ほんなら、認めな!自分の為に生きてますって」


「そんなわけないよ。誰かの為に、生きてるよ」


「アホか!人間はな!タダでなんか動くわけないやろ」


伯父さんは、そう言って僕にミカンを差し出した。


「見返りがあるから、動くんや!例えば、おばあさんが困ってたとする。別に助けんでもええんやけど…。助けるねん。何でかわかるか?」


僕は、首を横に振った。


「ありがとうって言われたいからや!それと、優しい人やねーって思われたいからや」


「善意で動いてる人だっているよ」


「いるわけないやろ?そんな奴。もしおったとしたら、何千人に一人やな」


僕は、伯父さんの言葉に落胆していた。


「人間はな!だいたい、メリットがなかったら一緒におらん生き物や!例えば、涼真と居ったら可愛い女の子と繋がれるとかな!そうやから、友達でおるわけや」


「何だよ、それ…」


伯父さんは、僕の言葉に「43年間、生きてきた真実や」と言った。


「そんなの悲しいだけじゃないか」


僕は、伯父さんの言葉に泣いていた。


「悪意がある人間と何でも口に出す人間の方が、俺は好きやな!あいつらは、腹ん中で何も考えてへんからな。思った事、ポンポン言いよる。俺が嫌いなんは、いい人ぶったり、わかるわかるっていう人間や。他人の事なんかわかるわけあらへん」


伯父さんは、そう言ってまたミカンを剥き出した。


「表に見せてる顔と裏に隠し持っとる顔は違うんや!せやから、ネットの顔がホンマもんちゃうか?だから、だいたいの奴は無関心やろ?何も反応せえへんやろ?芸能人や有名な人間には、媚びへつらっていいねやコメント書くくせにな!」


それは、僕も伯父さんと同じ意見だった。僕は、フォロワーが300人もいるのにいいねは3だ。どう考えたっておかしい。だから、そこは伯父さんと同じ意見だった。


「結局、フォローしてるうえでメリットがなかったら無関心になるんや!関わらんかったら、すむ話やからな!でも、まれに一人か二人ぐらいおるやろ?絡んできたりするやつ!まあ、仲良くなるならそいつやな」


「じゃあ、ネットでは友情は気づけないって事だよね」


僕は、溜め息をついてミカンを剥いた。リアルで、人付き合いが苦手な僕はネットで仲間を見つけたかった。


「まあ、だいたい。リアルやネットやとかゆうて、分ける奴が多いから無理やろなー。俺から言わしてもらったら、リアルもネットも関係ないけどな!そこを線引きする奴ってのは、どっかの国で戦争がおきようが…。住んでない地域で殺人がおきようが…。災害がおきようが…。気にもとめへんのやと思うで」


「そんな悲しい事…」


「盟子のニュースとおんなじ事や!例え、世界から一つの命が亡くなったって…。地球は回り続けるやろ?それと、おんなじや!身内やない限り、悲しくも痛くもないねん」


僕は、伯父さんの言葉に何も答えられなくてミカンを口に放り込んだ。酸っぱいミカンだった。


その酸っぱさのせいか、伯父さんの言葉のせいか、僕は泣いていた。


「涼真、大人ってな!思ってる事言わへんくなんねん。うわべだけ取り繕って、撫でていくねん。せやけどな。子供の心持ってる奴や優しい人間はな!それが嫌いやねん。だから、もっと深く踏み込もうとするんや!そしたらな!自分が壊れていくねん。見なくていいものを見てまうからな」


そう言って、伯父さんはミカンを口に入れながら泣いていた。


「なりたくなかった大人に、俺もなってしもたわ。うわべだけ取り繕って、歯にものが詰まった話し方して、善人面して…。わかったふりしてな!そんな世界に絶望するんやろうな。子供ではいれなくなった時にな」


伯父さんの言葉に、臼井君が死を選んだ理由が何となく見えた気がした。


「伯父さん」


「なんや?」


「お願いがあるんだけど」


僕は、伯父さんの顔を真っ直ぐ見つめる。


「なんや?」


「あの、臼井君の家についてきて欲しいです」


「臼井君って、誰や?」


伯父さんは、そう言って僕を見つめる。


「臼井君は、出席番号三番で、僕と三年間同じクラスで、人付き合いが苦手な僕に話しかけてくれて、当番の時は黒板を綺麗に消すような人で、声を聞くだけで優しいってわかる人で、誰かを気遣う言葉を話す人で………お母さんを殺して死んじゃった」


僕は、泣きながらそう言っていた。


「そうか…。大人になりたくない子やったんやな」


伯父さんは、そう言ってミカンをまた食べ始めた。


「臼井君は、そんな人間じゃない。お母さんを殺して……」


「本人が、一番苦しかったんやないか!」


伯父さんは、そう言って立ち上がった。ミカンの皮を持って、キッチンに行く。


「どういう意味?」


「一生懸命、心を磨り減らして生きてたんやろうな…。その年から、そんな磨り減らしてたら俺の年まで生きてへんやろなー」


「臼井君は、生きてなかったって事?」


「そんなに心を磨り減らしてたら、生きたくても生きられへんよ!子供のうちは、人の顔色なんか伺う必要なんてないんやで!」


伯父さんは、冷蔵庫から缶の炭酸ジュースを二本持ってきて僕に差し出した。


「友達には、言いたい事言うて!ぶつかって喧嘩するねん。それが、中学生やろ?」


「そんな事はないと思うよ」


僕は、伯父さんに渡された炭酸ジュースを開ける。


「あのな、涼真。大人になったら、言いたい事我慢して、喧嘩にならんように生きてくねん。せやから、奥歯にものがずっと挟まってて気持ち悪いねん。せやけど、子供の時はな!たくさん、友達と本音でぶつかって喧嘩するんや!それが、許されてるんやで」


「本音なんか言ったら、嫌われるよ」


僕は、そう言ってジュースを飲む。


「嫌われたらいいねん。なんぼでも嫌われたらいいねん。それでも、好きやってゆうてくれる奴はおるから」


「いないよ。少なくとも、僕は出来なかった」


伯父さんは、僕を見つめながらジュースを開けた。


「涼真は、盟子の事とか川澄のおじいさんとか喜代子の友達とか…。亡くしてもうてるから、臆病になってしもたんちゃうか?失うの怖くてゆわれへんのやろ?」


僕は、伯父さんの言葉に俯いて話す。


「これでも、勇気出したんだ。ほら、ネットで…。僕と仲良くして欲しいって言った事あるんだよ。だけど、さっき伯父さんが言ったみたいにいいねだけもらって何もなかった」


「で、どないしたんや?」


「声を出すのは、やめたよ。だって、僕と仲良くしたくないって事だろ?だから、もうそういうのはいいかなって…」


伯父さんは、僕の頭を優しく撫でてくれる。


「よう頑張ったなー。偉かったな!涼真」


「伯父さん…」


「でも、無反応はキツイよなー。でも、そんなもんなんやろなー。世の中ってな」


「僕には、メリットがないもんね」


「そやな…ないな。だから、しゃーないな!でも、涼真が突然有名になったら掌返したように近づいてくるで!」


そう言って、伯父さんはハハハと大きな声で笑った。


「それは、メリットが出来るからだよね?」


「そうやなー。メリットが出来るからや」


「それなら、それで仕方ないね」


「まあ、そうやな!臼井君がおったら涼真の一番の友達やったかもな」


伯父さんは、そう言って笑いながらジュースを飲んだ。


「伯父さん」


「これ飲んだら行こか」


「うん」


僕は、伯父さんと一緒にジュースを飲み干した。


「ほな、行こか」


「うん」


伯父さんと一緒に家を出る。


「伯父さん、僕ね…」


「うん」


「クラスメイトが死んじゃうなんて思わなかったんだ…」


「そうやろなー。その年でなんかないわなー」


伯父さんは、そう言って腕を組んで歩いている。


「でも、臼井君が死んじゃって」


「うん」


「クラス全員の世界とか変わっちゃったり、おかしくなったりするのかなって思ってた」


「うん」


「だけど、二週間後には…。みんな通常通りに戻ったんだよ」


「うん」


涙が僕の頬を濡らしていく、悲しくて辛くて堪らなかったのだと気づいた。


「死ぬって怖いって思ったんだ」


「うん」


「みんなの世界から一瞬でいなくなるんだって…。きっと、それは生きていく為に必要な事なんだろうけど…。人間って、生き物の中で残酷なんだなって目の当たりにしちゃったんだ。怖いなって…。死ぬ事も…。クラスメイトがいなくなっても、何も変わらない事も…」


伯父さんは、僕に黙ってハンカチを差し出してきた。


「どの生き物よりも、一番人間が残酷なんわ。俺にもわかる」


伯父さんは、そう言ってくれた。


「せやけどな。そんな人間の中でも、一握りだけおるんやで!自分よりも他人をってやつがな」


「そうなの?」


「ああ。せやけどな。そうゆう奴は生きられへんねん」


伯父さんは、そう言って握り拳を作っている。


「優しい奴は、握りつぶされていくだけや!残ってくのは、ずる賢い奴と無関心な奴だけや。優しい奴は利用されていくだけや。せやからな!涼真」


伯父さんは、立ち止まって僕を見つめる。


「他人にホンマの優しさなんか見せたらアカンで!ちゃんとうわべを取り繕える人間になって生きていくんや!」


「伯父さん…」


「優しいふりをするだけやで!わかったな?」


僕は、その言葉に頷いた。


伯父さんは、この時、盟子さんの事を言っていた気がする。盟子さんは、あの日、犯人に声をかけられて優しく微笑んで少しだけ会話をしたとニュースが言っていた。犯人は、優しくされたから一緒についてきてくれると思ったのに叫ばれたから刺したと話した。だから、優しいふりをしろと僕に話したのだと思う。


「臼井ってここやな」


伯父さんに、そう言われて僕も立ち止まった。


黄色い門が特徴的な一軒家だった。


ピンポーンー


インターホンを押すと中から、女の子が返事をした。


『はい』


「あの、臼井君のクラスメイトの川澄と言います。臼井君の荷物を届けにきたのですが…」


僕がそう言うと、扉が開いた。


やつれてくたびれたおじさんが出てきた。


「どうぞ」


「お邪魔します」


僕と伯父さんは、その人に家にあげられる。リビングの角に置いてある仏壇に手を合わせに伯父さんと行く。


「お茶いれます」


「気にせんとって下さい。すぐ、帰りますから」


伯父さんは、そう言って僕を見つめた。僕は、あわてて紙袋をおじさんに差し出した。


「これ、預かってきたものです」


「あの、川澄君に聞きたいんだけど…」


おじさんは、僕を見つめてそう言った。


「はい。何ですか?」


「健太は、週刊誌に書かれていたみたいにいじめを受けていたのでしょうか?」


僕は、臼井君の三年間を思い返した。けれど、いじめられていた記憶を見つける事は出来なかった。


「僕が知る限りでは、なかったと思います」


僕の言葉に、おじさんは泣き出した。


「そうですか…。よかったです。いじめられててやったんじゃなくて」


「凄く仲が良かったわけじゃないから…。絶対いじめられてなかったとは言えなくてごめんなさい」


僕は、そう言って頭を下げた。


「いいんです。いじめられてなかったんじゃないかと思えただけで充分です」


「それなら、よかったです」 


僕は、顔を上げておじさんを見つめる。臼井君が年を取ったらこんな人だったのがわかる。シャープな印象の目元に高い鼻…。だけど、伯父さんと同じで頬は痩せこけていた。


「あの…」


「はい」


「僕は、臼井君が大好きでした」


きっと、僕がこの人に言える言葉はこれぐらいで…。


「僕には、臼井君がお母さんを…」


涙が止まらなくなって、僕は話せなくなってしまった。


「真実は、わからないけれど…。健太も、妻を殺したかったわけじゃないと思うんです。健太は、押さえきれない何かを抱えていたんだと思います。その事に私が気づけなかっただけです」


そう言って、おじさんは泣いていた。


「人の気持ちなんかわからないですよ。いくら、家族であっても…。一人の人間なわけですから…」


伯父さんは、臼井君のお父さんにそう言った。


「あなたも、亡くされたんですね」


伯父さんの顔を見て、臼井君のお父さんはそう言った。


「妻を…。突然やったんでね。妻が何を思ってたかとかわからん事ばっかりですよ」


「そうですか…」


「せやけど。残されたもんは、生きてくしかないでしょ。わからん事を、こうやったんかな?ああやったんかな?って考えながら生きてくだけです」


「そうですね…」


伯父さんの言葉に、臼井君のお父さんは泣いていた。


「お互い、死ぬ時に答えが見つかったらええですね」


「そうですね」


「ほんなら、我々はこれで…」


そう言って、伯父さんと僕は立ち上がった。


「あの、また来て下さい。健太も喜ぶと思うから」


僕は、その言葉に「はい」と言った。


「お邪魔しました」


伯父さんと僕は、臼井君の家を後にした。


「ついてきてくれてありがとう」


「いや」


伯父さんは、そう言いながら前を向いている。


「誰か一人が亡くなっても世界は変わらないよ。だけど、伯父さんや僕や臼井君のお父さんや妹さんの世界は変わったでしょ?」


僕は、伯父さんにそう言った。


「せやなー。変わったな」


「だったら、やっぱり僕は生きていて欲しい。僕の世界に関わる人達には…」


「涼真が、そう思ったって!あっちは、何も思ってへんかもしれんで」


「それでもいいよ」


伯父さんは、僕の言葉に「なんでや?」って首を傾げる。


「メリットとかデメリットとか関係なく。そう思いたいんだよ!それに、関係なく優しくしたい気持ちだってあるよ」


伯父さんは、そう言った僕の肩を叩いた。


「涼真は、そのまんまおったらええんやないか!関係なしに接したらええ。ネットもリアルも関係なく、メリットもデメリットも関係なく。ほんなら、いつか、涼真と仲良くしてくれる人が現れるはずや」


「そうだね」


「ただ、メンタルおらんようにせなアカンで!結構、キツイからな!せやけど、忘れたらアカンで。何を差し置いても一番は自分やで」


「わかってるよ、伯父さん」


「自分を愛せんもんは、他人を愛せへんってゆうやろ?あれは、嘘やな」


「えっ?」


「自分を愛せへんから、他人を愛せるの間違いや」


「そんな…」


伯父さんは、そう言ってニコニコ笑った。


「他人を愛するふりが出来るようになればいいんやで!」


「そしたら、いつか本当に」


「愛せるかもしれんなー」



そう言って、伯父さんはワハハハって笑っていた。


「いつかそうなれるように、ふりを続けるよ」


僕の言葉に伯父さんは、「頑張れ、頑張れ」と言って笑って肩を叩いてくれた。



例え、君一人が欠けたとしてもみんなの世界は今日も回っていく。


そして、みんな君を忘れて、大人になっていくだろう。


でも、僕の世界は変わったよ。


そして、僕は生きてる限り君を忘れないと約束するよ。



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