彼女が死んだ。
たたらば
前編
彼女が死んだ。
事故死だった。車に轢かれて17年という短い人生に終止符を打った。
聞かされたのは深夜だった。
その日も彼女と一緒に帰って、途中でファストフードに寄って駄弁った。
そのあと家まで送り届けて明日はどこ行こうかなんてSNSで話してた。
午後8時くらいから返信が来なくなっておかしいなと思っていたけど、風呂か何かだろうなって考えてた。
返信が来るまでスマートフォンの前で待つのもバカみたいだったから俺も風呂に入ってベッドでマンガを読んでいた。
いつまで待っても返信は来なかった。
もう寝ようかなんてあくびをしながらマンガを読んでいると家の電話が鳴った。
こんな時間に誰だろうと対応は親任せにしていたけれど、階段を駆け上がる音でベッドから飛び起きた。
聞かされたのは彼女の訃報だった。
俺は茫然として何がなんだか分からなかった。ただ力なく笑った。
現実を受け入れられずに涙も出なかった。
スマートフォンでSNSを理由もなくスワイプし続けた。
その日は頭の中がぐるぐるして眠れなかった。
翌日は寝不足もあって学校を休みたかった。でも本当は冗談だと信じたくて学校に行けばそこにあいつはいると思って重い体をひきずりながら登校した。
教室の扉を開くとあいつの机には花瓶が置いてあった。誰かは知らないがふざけたことをすると思った。
クラスの話題は彼女の死でもちきりだった。いつどこでどうしてなんて警察しか知らないような情報が飛び交っている。
友達からは元気出せよって励まされたけど、うるさいとしか思えなかった。
朝のHRで担任から彼女の死をまた聞かされる。いらいらした。
授業にこれっぽっちも集中できずに窓の外を眺めていた。心境とは裏腹に雲一つない晴天だった。グラウンドでは体育の授業が行われていて覇気ある声がやけに耳に届いた。
午前の授業は頬杖をついて空を眺めているだけで終わった。いつもなら机に突っ伏して寝ているはずなのに。今日は寝不足にも関わらず、眠気は一切なかった。
昼休みになって弁当を忘れていることに気づいた。購買で何か買っても良かったが腹も空いていない。このあとの授業を受ける気も起きずに俺は鞄を肩にかけた。
陽射しが照り付ける中を歩いた。いつもと同じ帰り道だけど、隣に誰もいない。
本当に彼女が死んだか分からなかった。
家に帰ると誰もいなかった。薄暗いリビングの電気とテレビをつける。ニュース番組を垂れ流しにしてただ見てた。
冷蔵庫を開けて物色してみる。昨晩の残り物やまだ新鮮な野菜や果物など色々あったが何も取らずに閉じた。
気持ちを紛らわそうとソシャゲをつけてみる。ログインボーナスをもらって閉じた。
ニュースは地方の名物品を紹介している。ワイプにうつる芸能人の作り笑いが嫌に鼻につく。だけどテレビを消す気にはなれなかった。
何かをしようとしてはすぐに辞める。そんなことを繰り返して時間が経っていく。
ソファに寝そべってスマートフォンの真っ暗な画面を眺めてみる。そこに映った自分は酷く不細工だった。無表情で自分でも何を考えているのか分からなかった。
気づけば陽が傾き始めている。
ニュース番組はいつのまにか違うニュース番組になっていた。今度は海外の食事をレポートしている。やっていることはほとんど変わっていない。それが少し面白かった。
無味無臭のニュースを眺めていると家の扉が開いた。母親が帰ってきた。父親はおそらくもっと遅くなるだろう。
母親はリビングに入ってくるなり、俺の腕を引っ張って通夜に行くと言い出した。いつのまにか18時になる直前だった。まだまだ太陽は沈もうとしていない。
言われるがままに制服で車に乗り込む。会場に行くまでに帰宅途中の軽い渋滞にはまった。窓の向こうで運転しているあの人はどこに行くんだろう。そんな意味のないことを考えた。
会場に着くと母親が受付を済ました。母親の下に自分の名前を書いた。
中に入ると何人か同級生の顔が見える。俺は目を合わせないように俯いた。
通夜が始まる。
遺影の彼女は満面の笑みだった。焼香の列に並ぶと今から誰に焼香をするのか曖昧になった。
俺は何も考えずに見様見真似で香を落とす。
僧侶の読経は何を言っているのか分からなかった。
虚空を眺めているだけで通夜は終わった。
すぐに車に乗せられて帰路につく。腹の虫はうるさかったが食欲は湧かなかった。
家に帰ると父親の靴が玄関に投げ出されている。
いつのまにか帰ってきていたようだ。
リビングでソファに座ってテレビを見ながら笑っている。俺にはそれが無性にむかついた。
母親が通夜振る舞いでもらった弁当をテーブルに広げる。両親は豪勢な弁当に盛り上がっていたが俺は箸をつけずに自室へ戻った。
部屋を真っ暗にして制服のままにシーツを頭まで被って目を閉じる。制服についた線香の香りが臭かった。
俺は疲れ果てて気づかぬうちに眠りに落ちた。
______
目が覚めると西日が部屋に差し込んでいた。
スマートフォンを見てみると午後5時を過ぎたくらいだった。
どうでもいい通知がたまっている。
消そうとスワイプすると、あるはずのない通知に手を止めた。
彼女からのメッセージが届いていた。
昨日のものが今頃届いたのかとメッセージを開いてみる。
いつもの公園で待ってる
発信時刻はつい15分前だった。
俺はベッドから跳ね起きた。
着の身着のままで階段を駆け下りて家を飛び出す。
いつもの公園と言えば帰り道に寄ってはベンチで駄弁る何もないあの公園のことだろうと当たりをつけて一直線に走る。
人生で一番速く走れた気がした。
公園の入り口について膝に手をつく。内臓が飛び出しそうに喉が痛い。
いつものベンチには2人が座っていた。
片方は間違いなく彼女だった。ただもう1人が分からない。
目を凝らしてよく見てみると俺だった。
一体何が起きているのか分からずに瞬きを繰り返す。
何度目をこすっても、何度目を開けても、彼女の隣にいるのは紛うことなく俺だった。
街路樹の影に隠れて様子を伺う。話している内容は聞き取れなかったが仲睦まじそうに話している。俺は自分に嫉妬した。
2人が手を繋いで公園から出ていく。俺は後をつけた。
彼女の笑顔がまったく同じ顔とは言え、自分以外に向けられているのが腹立たしかった。
何度も送り届けた彼女の家の前で2人は別れる。俺は独りになった俺を尾行した。
すると俺がさっき飛び出した家に入っていった。さらに訳が分からなくなった。
この世界に俺が2人いる。
ならばどちらかは偽物なのか。
俺は自分が帰った家に入ることも出来ずに街をぶらついた。
_____
中身の少ない財布からわずかなお金を出して漫喫に泊まる。制服のままだと不審に思われるので上着だけ脱いだ。
大人気漫画を読む。最新刊はすでに借りられていたようで手前までを10冊ほど手にして個室に入った。
この先どうしようかと悩んだ。自分が2人いる状況は意味が分からない。ドッペルゲンガーなんて話を聞いたことはあるが、まさか当事者になるなんて思ってもみなかった。
備え付けのパソコンでドッペルゲンガーについて検索してみる。もしかしたら過去に事例があるかもしれない。
ドッペルゲンガーとは自己像幻視なんて言うらしい。つまりは錯覚だ。
じゃあ俺は一体何なんだ。
答えを得ることは出来ない。ただわかるのは俺と俺が出会えばどちらかが死ぬということだけ。
そして、俺はある1つの結論を出した。
あいつを殺してしまえばいい
_____
翌日の夕方。
俺は公園で待ち伏せていた。
普段通りの自分ならば今日もここに寄るはず。彼女と一緒なのは確実だが帰り道は独りになる。
俺は狙いを定めた。
予想通りに2人が公園に現れる。今日も楽しそうに喋ってやがる。
じっと2人が動くのを待った。自分への嫉妬で気が狂いそうだ。
太陽が沈みかける頃にやっと帰ろうと鞄を手にして公園を出ていく。俺は距離を開けて後を追った。
俺が1人になるまであと少し。俺は手が震えた。
彼女の家の前で別れた自分を俺は追いかける。あたりに人がいないことを確認して声をかけた。
振り向いたあいつは仰天している。当たり前だ。まったく同じ顔が目の前にいるのだから。
足がすくんで動けない様子のあいつに俺は近づいて肩を組む。仲良くしようぜなんて心にもないことを吐いた。
肩を組んだまま、先ほどの公園に連れていく。だんだんと陽が沈んであたりは暗くなっていった。
ベンチに並んで座る。がくがくと震える自分を俺は笑顔で見つめる。
そして、俺は決死の思いで首を絞めた。
抵抗されるが何故かこいつは非力だった。やがてぱたりと腕が落ちる。それでも俺は確実に死が分かるまで締め続けた。
だらりと地面に倒れている自分の両腕を肩にかけておんぶの形をとった。
あとは死体を捨てる場所だ。
自分を背負って公園を出る。死体は予想以上に重かった。
防波堤までなんとか運ぶ。幸い誰もいなかった。
俺は衣服を剥がすと百均のはさみでお腹を突き刺す。
内臓がどろっと見える。返り血を制服に浴びたが気にせず何度も腹を裂く。
そして俺は自分を海へと落とした。返り血を浴びた制服とはさみも一緒に海に捨てて、剥がした制服を着る。
俺は走った。
恐怖と達成感で笑いが止まらなかった。
これで俺は1人になった。
_____
家の扉を恐る恐る開ける。母親はすでに帰っていた。
ただいまと玄関から声をかけた。おかえりと返事が返ってくる。
俺は平静を装ってソファでくつろぐ。心臓の音がうるさくてテレビは何を言っているのか分からなかった。
やがて父親も帰ってきて夕食となる。味が無い料理を美味いと言いながら食べた。
風呂に入って自分の部屋へと戻る。
ベッドに座ってSNSを開く。スマートフォンを持つ手は震えていた。
いつもと変わらない友人たちの他愛ない会話を眺める。しかし、俺はそこには参加できなかった。
0時を回って俺は布団をかぶる。
目を閉じると自分の顔が浮かんで眠れなかった。
それでも夜明け前には太陽のわずかな温かみを感じて寝入った。
_____
自分を殺して3日経った。今のところ死体は見つかっていない。たとえ見つかったとしても俺だから不思議なものだ。
3日も経てば少し慣れた。友人関係も変わらず、彼女とも良好だった。
ただ悪夢は何度か見た。
_____
1週間が経った。死体はまだ見つかっていない。
_____
1カ月が経った。死体はまだ見つかっていない。
俺はもう見つからないだろうと安心した。
悪夢はもう見なくなっていた。
_____
俺と彼女は今日も公園のベンチで駄弁っている。幸せだった。
1度死んだと思われた彼女はこうして目の前にいる。
すると彼女が恥ずかしそうに言った。今日は家に親がいないのと。
俺は舞い上がった。
すぐさま立ち上がり彼女の手を引く。初めてSEXが出来ると興奮した。
彼女の部屋は入ったことはあるが、SEXが出来ると思うと違って見えた。
俺はベッドに彼女を押し倒してキスをした。
彼女は嫌がる素振りを見せたがすぐに受け入れる。
俺は胸に顔を埋めてブラジャー越しで堪能する。いい香りだった。
そして、フロントホックを外そうと顔を上げた瞬間、ブラジャーが赤く染まる。
何が起きたか分からずに痛みを覚えた場所を触る。
はさみが俺の首に刺さっていた。口から血が噴き出す。彼女の顔は血で塗られた。
彼女は何度もはさみを突き立てた。泣いていた。
俺は力なく彼女に覆いかぶさった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます