魔女の怒り
「この男は捕虜という事で良いな?」
アトラクが言う。
「あぁ、大事な情報源だ、感情的に殺すなんて判断はしてはいけない」
アトラクと僕は、別々のテントに向かった。
医務室として使われていたテントには薬品の匂いが充満していた。
けが人があまりにも多いのか、死体はすぐに外に運び出され、新たなけが人を迎え入れた。
僕は左右を見渡すが、紫炎の姿は無かった。
とても気分が悪い。
胃液が逆流するような感覚と同時に、今ある事実を認めたくなかった。
この場から怪我人が居なくなる理由は二つしかない。
僕は、居てもたってもいられず、すぐにテントから出る。
向かう場所は死体の安置所だ。
そんな場所で、あの顔を見たくないが、確認しなければいけない……
僕が走り出そうとした瞬間、頬にあの冷たい感覚が走った。
「うわぁあ!!」
僕は大きな叫び声を上げ、それを見た顔の良い女性は紫の髪をなびかせてケラケラ笑う。
「入れ違いになっちゃったみたいでごめんね」
彼女はあの時と同じジュースをこちらに差し出した。
「心配かけたらしいね、そのお詫びだよ」
◇
今貰ったジュースを飲み干し、ごみ箱に捨てる。
「これも、もういらないな」と呟き、ポーチに入ってた瓶も一緒にゴミ箱に入れた。
「あ!!」
紫炎が何かに気付いたように声を上げる。
「ここ、怪我してるよ」
紫炎が僕の頬を見たらしい。
あの男が瓶を割った時にできた傷だ。
紫炎は顔を真っ赤にさせてブルブルと震え始めた。
「おい、マコト、あの男はどうする? 」
後ろからサムが声をかけてきた。
「任せろ」
紫炎がいつもと違った口調を発した。
「いや、病み上がりなんだから安静にしてた方が……」
「いいから、任せろ」
僕の言葉を遮り、紫炎は男のいるテントの方に向かう。
僕とサムは息を飲み込んで紫炎についていった。
テントの中では、縄に縛られ身動きが取れなくなった男が居た。
「この瓶にはノーズウェルの港で取れた海の水が入っている」
紫炎が瓶を取り出した。
「あんた、火傷してるんだってねぇ、アトラクから聞いたよ」
紫炎は男の肌に瓶の水を垂らす。
「ぐぅうあわあああああああ」
男が悲鳴を上げた。
「痛いでしょ、でもこれからだから、私の魔道具の出番だね」
紫炎が杖で瓶を叩くと瓶から湯気が上がった。
「塩水を蒸発させると、水分が減った分、塩分の濃度が濃くなるの」
それを見た男が首を横に振った。
「お前を真空に閉じ込めたのは本当に申し訳なかった、口も割るから、もう辞めてくれ!!」
この男に、戦いのときに見せた覚悟は残ってもいなかった。
「私が怒っている理由!! それは私を真空に閉じ込め殺そうとした事なんかじゃない!!」
「えぇ!!」
男は口角と眉を下げ、怯えた表情で驚いた。
「私が怒ってる理由は、マコトちゃんの頬を傷付けたからだ!!」
「えぇええええ!!!!」
男は叫んだ。
「あんな可愛い子の顔を傷付けるなんて信じられない!!」
「いや、男だろ……」
紫炎の一言に男はツッコミを入れた。
「はぁ? お前にはマコトちゃんが男に見えると? あんな可愛い美少女が男に見えるというのか!?」
紫炎は僕の顔を指さして怒鳴った。
「………………」
僕は両手で顔を覆う。
この状況で一番どういう反応をするのか困っているのは僕だろう。
紫炎は杖を男の脚に突き刺し、男は大きな悲鳴を上げる。
「さぁ、この『穴』に塩を入れていこうか……」
紫炎は真顔で男に迫る。
男は助けを求める表情でこちらを見た。
自分を殺そうとした相手だが、流石に気の毒だ。
「紫炎」
僕は呼び止める。
「どうしたの、マコトちゃん」
紫炎は僕の顔を見ると笑顔になった。
「あの、やめ……」
「何?」
「やめま……」
「何?」
紫炎は笑顔で迫ってくる。
圧に負けた僕は、うつむきながらこう言った。
「殺さない程度に……」
「わかった!!」
そして、僕はサムとアトラクを連れて、悲鳴の鳴りやまないテントを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます