魔女の怒り

「この男は捕虜という事で良いな?」

 アトラクが言う。

「あぁ、大事な情報源だ、感情的に殺すなんて判断はしてはいけない」

 アトラクと僕は、別々のテントに向かった。


 医務室として使われていたテントには薬品の匂いが充満していた。

 けが人があまりにも多いのか、死体はすぐに外に運び出され、新たなけが人を迎え入れた。

 僕は左右を見渡すが、紫炎の姿は無かった。

 とても気分が悪い。

 胃液が逆流するような感覚と同時に、今ある事実を認めたくなかった。

 この場から怪我人が居なくなる理由は二つしかない。


 僕は、居てもたってもいられず、すぐにテントから出る。

 向かう場所は死体の安置所だ。

 そんな場所で、あの顔を見たくないが、確認しなければいけない……


 僕が走り出そうとした瞬間、頬にあの冷たい感覚が走った。

「うわぁあ!!」

 僕は大きな叫び声を上げ、それを見た顔の良い女性は紫の髪をなびかせてケラケラ笑う。

「入れ違いになっちゃったみたいでごめんね」

 彼女はあの時と同じジュースをこちらに差し出した。

「心配かけたらしいね、そのお詫びだよ」



 今貰ったジュースを飲み干し、ごみ箱に捨てる。

「これも、もういらないな」と呟き、ポーチに入ってた瓶も一緒にゴミ箱に入れた。


「あ!!」

 紫炎が何かに気付いたように声を上げる。

「ここ、怪我してるよ」

 紫炎が僕の頬を見たらしい。

 あの男が瓶を割った時にできた傷だ。

 紫炎は顔を真っ赤にさせてブルブルと震え始めた。


「おい、マコト、あの男はどうする? 」

 後ろからサムが声をかけてきた。

「任せろ」

 紫炎がいつもと違った口調を発した。

「いや、病み上がりなんだから安静にしてた方が……」

「いいから、任せろ」

 僕の言葉を遮り、紫炎は男のいるテントの方に向かう。

 僕とサムは息を飲み込んで紫炎についていった。


 テントの中では、縄に縛られ身動きが取れなくなった男が居た。

「この瓶にはノーズウェルの港で取れた海の水が入っている」

 紫炎が瓶を取り出した。

「あんた、火傷してるんだってねぇ、アトラクから聞いたよ」

 紫炎は男の肌に瓶の水を垂らす。

「ぐぅうあわあああああああ」

 男が悲鳴を上げた。

「痛いでしょ、でもこれからだから、私の魔道具の出番だね」

 紫炎が杖で瓶を叩くと瓶から湯気が上がった。

「塩水を蒸発させると、水分が減った分、塩分の濃度が濃くなるの」

 それを見た男が首を横に振った。

「お前を真空に閉じ込めたのは本当に申し訳なかった、口も割るから、もう辞めてくれ!!」

 この男に、戦いのときに見せた覚悟は残ってもいなかった。

「私が怒っている理由!! それは私を真空に閉じ込め殺そうとした事なんかじゃない!!」

「えぇ!!」

 男は口角と眉を下げ、怯えた表情で驚いた。

「私が怒ってる理由は、マコトちゃんの頬を傷付けたからだ!!」

「えぇええええ!!!!」

 男は叫んだ。

「あんな可愛い子の顔を傷付けるなんて信じられない!!」

「いや、男だろ……」

 紫炎の一言に男はツッコミを入れた。

「はぁ? お前にはマコトちゃんが男に見えると? あんな可愛い美少女が男に見えるというのか!?」

 紫炎は僕の顔を指さして怒鳴った。

「………………」

 僕は両手で顔を覆う。

 この状況で一番どういう反応をするのか困っているのは僕だろう。

 紫炎は杖を男の脚に突き刺し、男は大きな悲鳴を上げる。

「さぁ、この『穴』に塩を入れていこうか……」

 紫炎は真顔で男に迫る。

 男は助けを求める表情でこちらを見た。

 自分を殺そうとした相手だが、流石に気の毒だ。

「紫炎」

 僕は呼び止める。

「どうしたの、マコトちゃん」

 紫炎は僕の顔を見ると笑顔になった。

「あの、やめ……」

「何?」

「やめま……」

「何?」

 紫炎は笑顔で迫ってくる。

 圧に負けた僕は、うつむきながらこう言った。

「殺さない程度に……」

「わかった!!」

 そして、僕はサムとアトラクを連れて、悲鳴の鳴りやまないテントを後にした。

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