止められた呼吸

「ここに居たか!!」

 アトラクとサムが僕と紫炎に声をかけた。

「敵の転生者は四人だったな」

 アトラクが聞く。

「いいや、一人だ」

「いや、四人と聞いたぞ」

 僕の言葉にサムとアトラクは困惑の表情を見せる。

「なるほど、その転生者の能力、わかっちゃったかも!!」

 さっきまで考えていた紫炎が大きく目を見開く。

 初めて会った時から気付いてはいたが、彼女は実は賢い。

 動機は僕を女装させるためってくだらない事だけど、ちょくちょく僕を出し抜き目的を達成する。

「とりあえず、時間がない。 1に鉛の球を飛ばしてくる、2に素早く移動する、3にアルコールを撒き散らして火をつけてくる。 これら三つの特徴を覚えておいてくれ」

 僕はサムとアトラクに言った。

「あちらに、敵の転生者です!!」

 一人の兵士が声をかけてきた。

 四人で顔を合わせて、その方向に向かった。


 転生者が居ると報告があった場所はだだっ広い平地だった。

 その中を一人で立つ人影が見える。

「お前がセプタテラの転生者か? 」

 僕の一言で、その男はこちらを向いた。

「そっちから来てくれるとは、手間が省けたよ」

 左から、僕、紫炎、アトラク、サムの順で並び、その男と対峙する。

 その、間を小さな草が転がった……

 その瞬間、男はこちらに両手を向ける。

 紫炎は左手で僕を庇い、右手で杖を男の方に構えた。

「POM POM POM POM POM POM POM POM」と音が鳴る。

 その音を合図に目の前に紫の炎が広がった。

 紫炎が目の前に炎の壁を作り、僕と自分を守ったみたいだ。

「ジューーーーー」と鉛の玉が溶けるのがわかる。

 紫炎の向こう側では、アトラクは黒い砂のようなもので、サムは目の前で網目状の糸を使い身を守っているのが見える。

「あの転生者の魔道具は『気圧を操る力』…… であってるよね?」

 炎で防衛しながら紫炎は僕に確認する。

「あぁ、そうだ。 今、行われている鉛玉を飛ばすトリックは、空気を圧縮させて、戻す勢いで弾を発射させている」

「それなら、これまでの現象は全て説明できるな」

 アトラクが叫ぶ。

 敵の攻撃音が収まり、一斉に能力を解除する。

 周り一面に鉛の球が転がっていた。

 男は既に両手を下げていた。

「次は何をするんだ……」

 アトラクがつぶやいた瞬間、男の方の空気が一瞬ゆがんだ気がした。

「危ない!!」

 紫炎が僕をアトラクの方に突き飛ばす。

 その瞬間、とても強い風が男の方に向かって吹く。

 僕とサムはアトラクに腕を掴まれる。

 アトラクの足元は黒い粉で固定されていて、僕たちは飛ばされずに済む。

 しかし、突風で紫炎は敵の方に飛ばされた。


 風が止み、僕は男と紫炎の方を向く。

 紫炎は男の近くに立ち、杖を向けていた。

 こんなにもあっさりと終わるわけがない、これは罠だ。

 紫炎もこれに気付いている。


 問題は敵の能力の質だ。

 気圧をただ操るのでなく、近ければ近いほど強く操れるとするなら。

 ゾクッと来た、嫌な予感しかしない。

 紫炎は杖から炎を出そうとするが、その炎はすぐに消えてしまい、杖の先から何かが落ちたのが見える。

 そして、紫炎はそのまま、膝から崩れ落ちた。


 0気圧

 つまり、真空

 その世界では、火は燃えず、呼吸もできない。

 絶望の世界。


「目を閉じて、口を開けろ!!」

 僕は大声で叫んだ。


 真空は空気がない為、音なんか届かない。

 しかし、叫んだ。

 紫炎の耳に届いたか届かないかはわからない。

 元からその知識があったかもしれない。

 紫炎は瞳をキュッと閉じて、大きく口を開いた。


「あれは…… 真空なんだろ、口を開けていいのか? 」

 サムは眼を大きく開く。

「逆だ、真空で口を閉じると、逃げ場を失った空気が肺を破裂させる!! 早く、紫炎を助けよう!!」

 タイムリミットは15秒、真空状態に晒された宇宙飛行士が後遺症もなく助かった時間だ。

 僕は紫炎の方に向かって走り出すがサムに止められる。

「おい、止めるな!!」

「これは、罠だ、お前も真空に晒される」

「わかってる、でも、どうしろと!!」

「だから、俺に任せろと言うんだ」

 サムが糸を出して、倒れる紫炎に巻きつけた。

「もう、わかってると思うが、俺の能力は周囲4メートルにある糸を操る能力だ。 そして、その糸が繋がっている場合はその先までずっと操れる。」

 そして、サムは紫炎に巻きつく糸を思いっきり引っ張った。

 ギターの弦のように、糸が張り、そして切れた……

「おい、切れてるじゃないか!!」

 僕は叫ぶ。

「いいや、これでいい」

 焦る僕を横目にサムはアトラクの方を見た。

「『あれ』を巻きつけた、後は頼むぞ」

「わかった」

 アトラクは頷き、紫炎の方に、手を向ける。

 紫炎の身体がスーっと浮き上がり、こちらに戻ってくる。

 真空を作るのに集中していた男は、焦ったように手を伸ばしたが、間に合わず、こちらに向かってくる。

 アトラクの能力が何かわからない。

 しかし、紫炎は帰ってきた。


「紫炎!!」

 僕は声をかけたが動かなかった。

 異世界に来て、一番、気分が悪くなった。

 僕は、恐る恐る、呼吸を確認し、胸に耳を当て鼓動を確認する。


「ドクン…… ドクン……」


「よかった…… 生きてる!!」

 身体の緊張がいっきにほぐれて、大きく息を吐いた。

「サム、紫炎を医務室のあるテントに連れて行け」

 アトラクが言う。

「こちらで能力を使えるのは二人、相手は一人、二対一の状況を崩す事になるが良いか? 」

 サムは確認する。

 そして、ゆっくりと僕とアトラクの顔を見返した。

「わかった、紫炎を無事に送ろう……」

 僕とアトラクの意思が伝わったのか、サムは紫炎を糸で巻き背負い、この場から姿を消した。

「さて、女王が欲しがったお前の頭脳。 それで俺の能力を活かしてみろ」

 アトラクと僕は目を合わせる。

「あぁ、そのつもりだ、今の僕はすげぇ気分が悪くなってる」

 僕はアトラクの目を強く見る。

 二人で男の方を見た。

「四人まとめて殺すつもりだったが、残念だ」

 男は腰に手を当てて、こちらを眺めていた。

「いや、倒されるのはテメェだ。 その残念な顔が消し飛ばされねぇように注意するんだな」

 僕は男に向けて指をさした。

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