エルフの村の向井さん ~地域振興課が村を盛り上げます~

輝親ゆとり

第一幕 エルフの村の向井さん

第1話 出会いは突然

 目を覚ますと綺麗な青空が視界に広がった。風が吹くと木々の葉が揺れる音。流れ落ちる水の音が耳に聞こえ、なんだか開放的な気持ちになる。

 ここがどこなのかわからない。が、私がいた薄汚れた都会とは空気が明らかに違う。綺麗で身が清まるような感覚は、ずっと味わっていたいぐらいだった。

 そう。このままずっと身をゆだねていたい。次第に身体が重くなり、沈み込んでいく。まるで自然と一体化していくように奇妙な体験だ。

 けして嫌というわけではないが、身体が冷たくなっていくのがわかる。あと呼吸が苦しい。さすがにこのままではいられないと、ぼんやりした頭を覚醒させたところで、自分が水面に仰向けになっていたことに気づいた。

「えっ⁉」

 不測の事態に、半ば混乱して手足をじたばたさせる。泳げない自分に水の上は一つも安らげない。それどころか、命の危機だ。

 ここが海なのか、川なのか、はたまた湖なのか、広さはどれぐらいで深さはどうなっているのか、そんなことを考えている余裕すらない。

 ただ溺れないように身体を動かして、沈まないようにしたが、動かせば動かすほど状況は悪くなっていった。それがさらに私の頭から冷静さを失わせた。

(お、溺れるっ!)

 周りにあるものを掴もうとさぐるが、木の板も、ボートや船なんて都合のいいものはどこにもなかった。

 あれだけ開放的な気持ちになっていたのに、一転して絶望してしまう。これなら都会の方がまだマシだとすぐにてのひらを返してしまう。

 水が口に入り込み、呼吸すらままならない。

 これは本当にもう終わりだ。

 夢なら早く醒めてほしい。

 そう願い強く目をつむるが、一向に何も変わらなかった。

 ただ頭には限界のカウントダウンが浮かんだ。それでも体力の続く限り、と最後までジタバタと水面を掴むように手足を動かした。

 すると、何かを掴もうとしていた手が何かを掴んだ。

 いや、何かを掴んだというより、何かが私の手を掴んだ。

 それと同時に声が聞こえた。

「大丈夫? 落ち着いて」

 若い女の声だった。

 もしかしたら、溺れている私を見つけて助けに来てくれたのかもしれない。

 それでも、足がつかない恐怖は拭えない。

「お、泳げないんだっ!」

 女の手を強く握る。けして離さないようにすると、彼女も強く握り返してくれた。それがとても心強く感じた。だからなのか、彼女の声がもっと鮮明に聞こえた。

「落ち着いて。足がつくわ」

「えっ?」

 そう言われて、せわしなく動いていた私は一瞬で動きを止めた。それから恐るおそる足を水中深くに向けた。

 両足は確かに水底についた。足の裏がしっかりとごつごつした岩場を踏んでいるのがわかる。

 よく見れば、私がいたところは小さな滝壺の近くで、水位は身体の半分――丁度お腹の辺りまでしかなかった。

 私は途端に恥ずかしくなった。

 こんなところで、溺れたと慌てていた自分が情けなくて、わざわざ助けに来てくれた彼女もきっと呆れ果てているだろう。

 とにかくお礼を言わないと。

 私はいまだ握ったままになっていた彼女の手を離し、恥ずかしさを隠しつつ、彼女のいる方に視線を向けた。

「あ、ありがと――」

 最後まで言葉が出てこなかったのは、恥ずかしさを隠すためではない。

 確かに自分の赤くなった顔を見られるのは躊躇ためらわれるが、こんな自分を助けてくれた人にたいして、それは失礼にあたる。

 ではなぜなのかといえば、視線を向けた先には長い金髪の少女が立っていた。年は十代ぐらいだろうか。端正な顔立ちで細く少し吊り上がった眉は凛々しく、小首をかしげてこちらを見る仕草は無垢な愛らしさがあった。

 見惚れるぐらいの美少女だ。美少女なのだが、これではない。これも多少はあるのだけれど、そうじゃなくて、その少女は全裸だった。

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